坂本龍一:「戦メリ」「ラストエンペラー」もバッサリ 自身の映画音楽の現在地

映画「レヴェナント:蘇えりし者」の音楽を担当した坂本龍一さん
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映画「レヴェナント:蘇えりし者」の音楽を担当した坂本龍一さん

 米俳優レオナルド・ディカプリオさんに今年の米アカデミー賞で主演男優賞をもたらした映画「レヴェナント:蘇えりし者」(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督)が22日に公開される。映画音楽はベルナルド・ベルトルッチ監督やペドロ・アルモドバル監督といった巨匠たちと仕事をしてきた音楽家の坂本龍一さんが担当した。過去に手掛けた映画音楽は30以上で、アカデミー作曲賞を受賞した「ラストエンペラー」(ベルトルッチ監督、1987年公開)のような世界的な評価を受けた作品もある。「一映画鑑賞者としては、音楽があまり主張していないものが好き。音楽だけ独立して存在していて、取って付けたかのような映画音楽というのも確かにありますが、そうなることを僕は避けたいし、いつもそう思って作っている」と坂本さんは考えを明かした。

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 「レヴェナント:蘇えりし者」は、「バベル」や「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」などで知られるイニャリトゥ監督の最新作。米開拓時代を舞台に、大自然と自らの運命にあらがった男の再生を描く重厚な作品で、狩猟中に熊に襲われ瀕死(ひんし)の重傷を負い、さらに仲間の裏切りにより目の前で息子を殺された主人公のヒュー・グラスが復讐(ふくしゅう)を果たすまでを描いている。キャストの鬼気迫る演技に加え、極寒の地での過酷なロケ、自然光のみを使った撮影や演出は高く評価され、アカデミー3冠を達成。ディカプリオさんの22年越しの悲願だった初オスカーをもたらしたことも大きな話題を呼んだ。

 ◇“背景としての音”をいつも以上に意識 音楽が「10分しか聴こえない」と言われニンマリ

 今回、坂本さんが手掛けた映画音楽を一言で言い表すと、たっぷりと間を使った壮大なサウンドスケープ。シンフォニックな面はあるものの分かりやすいメロディーは奏でてはおらず、緊張感をあおるような不穏な電子音が混ざり合い、まさに凍てついた大地に一人、取り残された主人公が置かれた状況と心境、それらすべてを含む“自然そのもの”を音で表したものになっている。

 坂本さんは、イニャリトゥ監督と撮影監督のエマニュエル・ルベツキさんが生み出した映像美を音楽で表現するにあたって、核となったものの一つに「間」を挙げる。「音と音の間がすごく空いている音楽で、それはイニャリトゥが望んだものでもあるんですけれど。『もっと間を空けろ、もっと間を空けろ。もっと長くしろ』って空けさせられて(笑い)。その空いているところに風の音や、自然音に聴こえるようなノイズなどが入っていて。自然な音と音楽的な音の融合というのも大きなテーマの一つでしたね」と明かす。

 映画を見ていて音楽のみが耳に残る場面がほとんどないというのも特徴で、「映画を見た友達のガールフレンドが『随分、長く作業していたわりには音楽が少ないわね。10分くらいしかなかったけれど』と言っていたのを聞いてニンマリとした」と笑う坂本さん。「間」を含めたイニャリトゥ監督からの要望であり、また綿密に話し合い互いに考えをすり合わせた結果であることを明かした上で、坂本さんは「あたかも自然音のような、息遣いのような、人によっては音楽とは思えないような音をたくさん作って使っているんです。それは意図したもので、『10分しか聴こえなかった』という意見はとてもうれしかったですね」と穏やかな笑顔を浮かべる。

 さらに坂本さんは「今回は全体的にいわゆる音楽が音楽として聴こえない『背景としての音』というものをいつも以上に意識した」といい、「例えば自然の音もシンフォニーのように聴こうと思えば聴こえるわけですよ。海に一日中いても音響的には十分に楽しいっていう。森にいてもそうだと思いますし、今作はそういった部分に近いというか。『サウンドスケープ』というと言葉としてはちょっと優しい気もしますが、過酷な自然、凍てついた冬の寒くてヒリヒリと痛い感じ、そういった空気感が映像に合わせて2時間半あるといえるのかもしれませんね」とも語っていた。

 ◇ターニングポイントとなった作品は? 「結局は映画の“動き”が見えるかどうか」

 坂本さんにイニャリトゥ監督の印象を聞くと、「決して多作な監督ではありませんが、一作一作、つねに新しいことに挑戦し、革新していっている」との答えが返ってきた。映画音楽に対する考え方や姿勢についてもドラムソロを主体とした前作「バードマン」とこの「レヴェナント」を聴き比べてみれば違いは歴然で、坂本さんも「とにかく同じことを繰り返さない、つねに違うことをやっていく。特に今回は既成の音楽のパターンやフォーマットを使わない、排除するという意志の強さを感じました。過去にモデルがないという意味で僕にとっても挑戦でしたね」と話す。

 また坂本さんは、初めて映画音楽を手掛けた「戦場のメリークリスマス」(大島渚監督、1983年公開)当時と今とを比べて、映画音楽を作る上での考え方は大きく異なっているといい、「やっぱり最初は控えめじゃなかったし、自分の音楽のことばかり考えていた。だから戦メリはあんなにも奇妙な、映画音楽としてあまり耳にしたことがないものになってしまった。かなり変で、映画音楽になっていない」とバッサリ。さらに「『ラストエンペラー』の時も分かってない、全然分かってなかった。全然ダメ」と厳しい自己評価を下してみせる。

 そんな坂本さんにとって映画音楽におけるターニングポイントとなったのは「シェルタリング・スカイ」(ベルトルッチ監督、1990年公開)。「プロデューサーのジェレミー・トーマスに『スコアリングをしている』って初めて言われたんです。そこから少しずつ、今まで見えてなかった映画の要素がどんどんと見えるようになった」と告白。続けて坂本さんは「結局は映画の“動き”が見えるかどうか。そこをちゃんと理解していないと本当に切って張ったような音楽になってしまう」と持論を披露すると「僕の場合はある日その動きが“ポンッ”て見えたんです。カメラはこう動いている、照明はこう来ているって、全部を見抜き、それを分かった上で音楽をつけていかないといけない。でもそれは映画を作っている人はみんな意図してやっている、当たり前のこと。僕はそう思っています」と語っていた。映画「レヴェナント:蘇えりし者」は22日に全国で公開。

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