第15回日本ミステリー文学大賞で新人賞を受賞した前川裕さんの小説を、俳優の西島秀俊さん主演で映画化した「クリーピー 偽りの隣人」(黒沢清監督)が全国で公開中だ。元刑事の犯罪心理学者が、刑事時代の同僚から6年前に起きた一家失踪事件の分析を依頼されたことで、自身も“奇妙な隣人”による謎に巻き込まれていく姿を描く。犯罪心理学者の高倉を西島さんが演じ、その妻・康子役で竹内結子さん、高倉家の隣人・西野役で香川照之さんらも出演。高倉の元同僚で刑事・野上役を演じた東出昌大さんと、メガホンをとった黒沢監督に話を聞いた。
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今作の出演が決まり、東出さんは「もともと黒沢監督の映画が好きだったので、それはそれはうれしかった」と喜んだという。「もちろん緊張感もありましたが、流れるように統制がとれている現場というか、監督の下、一つのものを作っているという一致団結した感じで、ほかの現場にはなかなかないものがあった。ずっと現場にいたいと思いました(笑い)」と撮影を振り返る。
黒沢監督は、東出さんを起用した理由を「(NHK連続テレビ小説)『ごちそうさん』や、その前にも『桐島(、部活やめるってよ)』(2012年)とか、(東出さんの出演作は)いろいろ見ていたのですが、『ごちそうさん』で登場した瞬間から『この人おかしい!』と大笑いしてしまうほど、本当に面白かった」と切り出し、「その後、『寄生獣』(14年)も拝見したら、『全然違う。こういう役もありなんだ』と。変な言い方ですが野上という役は主役じゃないので、東出さんほどの人にお願いするのは難しいかな……という思いはありました」と当時の心境を明かす。
続けて、「それでも、ある程度年を取るとそういう方はいらっしゃいますが、(東出さんのように)この若さで、ものすごく幅のある存在感の人は、多分ほかにいないと思い、奇跡的に出ていただければと思い、お願いしました」と説明する。
東出さんが演じる野上は、高倉(西島さん)とともに謎を追い掛ける刑事。いい人なのか悪い人なのかは映画ではっきりと描かれてはいないため、「野上がどっちに振れていた人なのか、結果分からずじまいというのが、ものすごくいい感じに嫌な後味になっていると思う」と黒沢監督が話すと、「こう見せようというほどのことを考えていたわけではありませんが、野上は仕事人間で仕事が好き。監督は(野上を)『一人称』、つまり『自分』という人物だとおっしゃっていて、それがすごく腑(ふ)に落ちた」と東出さんは納得の表情を浮かべる。
さらに東出さんは「怖い趣味かもしれませんが、サイコパスとか、そういう人の本を読むのが好きで(笑い)。FBI心理捜査官の本があるのですが、獄中の猟奇殺人犯に会いに行ったときに“サメのような目をしていた”とか、『羊たちの沈黙』のアンソニー・ホプキンスもそうですし、『なんだろうこの人』という人物に興味がある」と明かし、「野上もそこは共通なのでは。捜査1課で仕事しているうちに、そういう人物を見るのが生きがいになっている部分もあるし、彼自身、引っぱられておかしくなってる部分もあると思う。そういうキャラクターかなと思ってやらせていただきました」と役作りについて語る。
聞いていた黒沢監督も、「西島さん扮(ふん)する高倉も冒されている人ですけど、高倉は喜々としてとしてのめり込み、『野上、やったな!』というように結構喜んでいる(笑い)。でも野上は(冷静に)『はい』と、野上のほうが底知れず、高倉はわりと単純で隙(すき)だらけ」と同調し、「そういうバランスを最初から考えてキャスティングしたわけではないですが、キャストの方たちがそれぞれの個性を存分に発揮していただいて、自分で言うのもなんですが、こういう内容の映画なのに『どう、この豪華なキャスト!』というのが、ちょっと自慢です」とちゃめっ気たっぷりに笑う。
西島さんとの共演シーンが多かった東出さんは、「西島さんは黒沢組をよく熟知されていて、『LOFT ロフト』(05年)とか、黒沢映画での西島さんが大好き」と切り出し、「西島さんが、ある種の緊張感を持って現場にいる僕に初対面で話しかけてくださったのですが、『僕もできる限りのことを現場でしようと思っているので、なるべく野上でいようと思っています』と言っただけで会話は終わってしまい、打ち上げの席で謝りました」と苦笑いで振り返る。続けて、「西島さんの居ずまいや、お芝居の雰囲気、ご一緒していて『黒沢映画に僕も参加できている』という思いはありました」と感慨深げに語る。
すると黒沢監督が「今、おっしゃったように(東出さんは)本当にしゃべらない。最低限の『ああして、こうしてください』というに対して、(東出さんは)『はい』と言うだけ」と東出さんの現場での様子を明かし、「ほかのキャストの人たちはカットがかかれば、ものすごく陽気に、特に香川さんを中心に竹内さんもすごく朗らかに談笑しているのですが、東出さんは少し離れてポツンといるので、ものすごく気になりました(笑い)」という。
さらに、「僕も動向をすべてチェックしてるわけではありませんが、その日の出番が終わってもいなくなるわけではなく、『なんで10メートル先に東出さんが?』と気になってしょうがない現場でした(笑い)」と黒沢監督が続けると、東出さんは「現場が楽しくて。暑い盛りの中、一致団結して汗みどろになってやっている(黒沢)組に長くいたくて、物撮りしかしていなくても、独特な緊張感が面白かった」と笑顔で弁明した。
黒沢映画が好きだと話す東出さんは、「ドキュメンタリーを撮るというわけではないし、ものすごく誇張した『これを見ろ』いうようなお芝居でもない。そんなふわふわしてるようで、どこかリアリティーがあって、どこか“映画”って感じがするところがすごく好き」とその理由を説明する。
今作の撮影でも、「テストで懐中電灯を照らすシーンがあったのですが、懐中電灯の光がカメラをまたいだんです。(カメラは)1秒間に24回シャッターを押してるから(光で)映像が乱れてしまったのですが、本番ワンテークやったら監督が『さっきのがよかったから、それをやり直して』という指示が出た」と明かし、「映画的に映像がぶれるのが楽しいと監督がお思いになっているのか、そこが映画なんだな、と。小さなことですけど、こうやって黒沢映画はできていくのかと目の当たりにした気がしてうれしかった」と黒沢組の醍醐味(だいごみ)を感じたことを東出さんはうれしそうに話す。
奇妙な隣人の立ち居振る舞いが謎を深めていく今作だが、隣人体験について、黒沢監督は「マンションに住んでいるので一軒家とは少し違うかもしれませんが、普通にあいさつをしたり、なんとなく知っているけれど、それ以上は知らない。だから、その人が家の中で何をしているかは知りもしないし、想像したこともないし、きっと向こうもこっちをそう思っていて、僕がなぜ昼間から家にいるんだろうとか思っているのでは(笑い)」と話す。
一方、東出さんは「実家に住んでいた頃はご近所さんに母が、しょう油が足りなくなったら借りに行ったりしていたので、そういう古きよき関係もいいなと思う」と懐かしむも、「東京に出てきた頃は男友だちと住んでいたのですが、隣の家に住んでいる人が何をやっている人か分からなくて、廊下の共有スペースのところにガラスケースに入ったいっぱいの動物のはく製が置いてあった」と東出さん。続けて、「(隣人が)何をやっている人か分からないというのは、東京に出てきて当初はちょっと怖かった半面、ワクワクして楽しかった」と意外な反応を口にする。
そんな隣人のえも言われぬ恐怖を描くため、「お隣が怖い、怪しいという設定ですが、お隣といってもごく普通の家なので、だんだん不気味に底知れないように見せていくのにはどうしたらいいかというのを考えました」と黒沢監督は注力した点を挙げ、「門までたどり着く、門から玄関までたどり着く、玄関から中に入る。そこに一人ずつ、どうしたことか入っていく、と。一人が入っていくたびにちょっとずつ奥が見えていくみたいな感じを一つの見せ方の基本にしました」と解説する。
タイトルの「クリーピー」とは「ぞっと身の毛がよだつような」「気味が悪い」という意味合いの言葉だが、「ファストフード店で友だちと一緒にいたら、横に白髪頭のご夫婦が来て、ベビーカーを持っていた」と東出さんは語りだし、「ベビーカーの中に人形が乗っていて、ちょっと怖かったのですが、(そういうのは)割と好きで。つい見ちゃいます」という。
黒沢監督も「何年か前のことなのですが、一番気味が悪かった」と前置きし、「早朝、出かけようとしたら、小雨が降っている中、電柱の脇でトレンチコートを着た金髪の女性の人がうずくまっていて、その脇には黒い服を着た男がぼんやり立っていた」とシチュエーションを説明。続けて、「あまりに怖くて、女の人が電柱の下あたりで何かをしているのですが通り過ぎて振り返ったら、その女の人がこっちを見たんです。そうしたらアフガン・ハウンドでした(笑い)」と種を明かし、「犬にトレンチコートを着せて散歩させないでほしい」と話して再び笑った。映画は全国で公開中。
<黒沢清監督のプロフィル>
1955年7月19日生まれ、兵庫県出身。大学時代から8ミリ映画を撮影し始め、「スウィートホーム」(89年)で初めて一般商業映画を手がける、その後、97年公開の「CURE」で注目を集め、海外映画祭からの招待が相次ぐ。98年の「ニンゲン合格」、99年の「大いなる幻影」「カリスマ」が国内外で高評価され、2000年「回路」では第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。日本、オランダ、香港の合作映画「トウキョウソナタ」(08年)で第61回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」審査員賞と、第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞。また連続ドラマ「贖罪」(WOWOW)が第69回ベネチア国際映画祭「アウト・オブ・コンペティション部門」にテレビドラマとしては異例の出品を果たしたほか、多くの国際映画祭で上映された。最近は、「リアル~完全なる首長竜の日~」(13年)、「Seventh Code」(14年)、「岸辺の旅」(15年)などを手がけている。
<東出昌大さんのプロフィル>
1988年2月1日生まれ、埼玉県出身。2004年に第19回メンズノンノ専属オーディションでグランプリを獲得し、モデルとして活躍。12年に映画「桐島、部活やめるってよ」で俳優デビューを果たす。第67回毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞、第36回日本アカデミー賞新人俳優賞など受賞。その後、「すべては君に逢えたから」(13年)、初主演作「クローズEXPLODE」(14年)をはじめ多くの話題作に出演し、第27回日刊スポーツ映画大賞石原裕次郎新人賞などを受賞。今年、NHK放送90年大河ファンタジー「精霊の守り人」、映画「ヒーローマニア-生活-」に出演。また、16年に出演した映画「デスノート Light up the NEW world」、今秋、映画「聖の青春」の公開が控えている。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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