注目映画紹介:「淵に立つ」世の夫婦の残念な見本? 浅野演じる男の出現でむしばまれていく家族

映画「淵に立つ」のメインビジュアル (C)2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMAS
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映画「淵に立つ」のメインビジュアル (C)2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMAS

 俳優の浅野忠信さん主演の映画「淵に立つ」(深田晃司監督)が8日から公開される。浅野さんが演じる前科を持つ男が現れたことで、ある家族が徐々にむしばまれていく様子が、淡々としかも緊張感みなぎる演出で描かれていく。深田監督自らが脚本を書き、編集も担当した。ほかに古舘寛治さん、筒井真理子さん、さらに、太賀さん、三浦貴大さんらが出演。第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞に輝いた話題作だ。

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 郊外で妻・章江(筒井さん)と小さな工場を営む鈴岡利雄(古舘さん)。2人には10歳になる娘・蛍(篠川桃音さん)がおり、彼女は、近く開かれるオルガン発表会の練習に余念がない。そんなある日、利雄のもとを、旧知の友人、八坂草太郎(浅野さん)が訪ねてくる。草太郎は最近刑務所を出所したばかりで、仕事を求めてやって来たのだった。利雄は、章江に断りなく草太郎を雇った上に、彼に自宅の空き部屋を提供する。最初は迷惑そうにしていた章江だったが、草太郎の慇懃(いんぎん)な態度に次第に心を許し始め……というストーリー。

 突然現れた男によって崩壊していく家族。いや、それ以前からこの家族は崩壊していた。そもそも、利雄が章江に秘密を持った瞬間から、2人の関係は成り立ち得なかったのかもしれない。不穏な空気があたり一面に立ち込め、それは徐々に気圧を上げていく。中盤のある出来事で、覆っていた被膜が裂け、一瞬“ガス抜き”ができるが、その後はまた、別の種類の空気が流れ込む。

 先の読めない展開にぐいぐいと引き込まれた。家族が集う食卓にも、事務机越しに向き合う夫婦にもほとんど会話はなく、見ていて息苦しさを覚える。登場人物たちは不条理な出来事に翻弄(ほんろう)されているように見えるが、間違いなく、原因と結果は結びついている。柔らかい笑顔を浮かべ、何を考えているか分からない草太郎がただただ不気味で、普段、脇役で目にすることが多い古舘さんと筒井さんが、今作では信頼のおける演技力で存在感を発揮している。夫婦とはいえ、もとをただせば赤の他人。秘密はあって当然だ。すると、利雄と章江は案外、世の中の夫婦の残念な見本なのかもしれない。8日から有楽町スバル座(東京都千代田区)ほか全国で公開。(りんたいこ/フリーライター)

 <プロフィル>

 りん・たいこ=教育雑誌、編集プロダクションを経てフリーのライターに。映画にまつわる仕事を中心に活動中。大好きな映画はいまだに「ビッグ・ウェンズデー」(1978年)と「恋におちて」(84年)。

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