小野憲史のゲーム時評:「ノキアショック」教訓に人材育成 フィンランド地方都市の取り組み

オウル応用科学大学のゲーム開発者教育プログラムでゲーム作りに取り組む学生たち
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オウル応用科学大学のゲーム開発者教育プログラムでゲーム作りに取り組む学生たち

 超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発と産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」元代表の小野憲史さんが、ゲーム業界の現在を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は、「ノキアショック」を教訓に人材育成に取り組むフィンランドの地方都市・オウルについて語ります。

ウナギノボリ

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 氷点下20度の中、氷の張った海面に穴を開け、起業家が海水に身を沈めて凍えながら事業アイデアをアピールする――今年で5回目となる企画「Polar Bear Pitching(北極熊ピッチ)」が2月6、7日に北極圏まで100キロのフィンランド・オウルで開催された。世界中から12チームが参加し、効率的に植物を育てるためのLEDを開発するアイデアを出した米ニューヨークのチーム「ArtiSun Technology」が優勝。1万ユーロ(約130万円)の賞金と、アジアのシリコンバレーと言われる中国・南京への往復航空券が贈られた。

 オウルは人口25万人の地方都市で、エア・ギター世界大会開催地。製紙会社として起業したノキアが、初めて無線通信技術の開発部門を設立し、通信インフラ大手に躍進する土台にもなった。これを支えるのがオウル大学などの高等教育機関で、学生数は2万5000人と人口の10分の1を占める。郊外には同社の5G(第5世代)基地局を製造する工場が稼働中で、産業用ロボットとAI(人工知能)を組み合わせた、世界最先端の製造風景が広がる。

 Polar Bear Pitchingも、新たなノキアを育てるため行政の肝入りでスタートした企画だ。背景には、地域経済を襲った「ノキアショック」がある。同社は2011年まで世界の携帯電話シェア第1位を誇りながら、スマートフォンの波に乗り遅れ、2013年にマイクロソフトへ携帯電話事業を売却した。そのため、優秀なエンジニアがオウル市外、フィンランド国外へ流出した。雇用創出と地域経済活性化のため、自治体の起業家育成策が本格化したのだ。

 無線通信技術だけでなく、ゲーム分野でも産官学連携は進行中だ。オウル応用科学大学のゲーム開発者教育プログラム「オウルゲームラボ(OGL)」はその一つで、フィンランド第3位のゲーム企業「フィンガーソフト」と協業中だ。学生はプロのゲーム開発者の指導を受けながら、1年間の授業が受けられ、単位も取得できる。仙台のIT産業振興共同事業体「グローバルラボ仙台」と連携し、日本でゲーム開発レクチャーをする「OGL Lab CAMP」も展開中だ。

 私の取材では、「ゲーム開発ツールをベースとした、プロジェクトベースでの教育」「英語での授業」「校舎の敷地がフィンガーソフトに隣接し、密接な連携が取られていること」の3点が印象的だった。チームを組み、前後期で2本のゲームを作りながら、必要に応じてプロがアドバイスする「習うより慣れろ」のスタイルで、業界内就職率もほぼ100%を誇る。参加者はエンジニア志望が大半。グラフィッカー志望がそれに続き、ゲームデザイナー志望が少数派という点にも、開発文化の違いが感じられた。

 日本でも首都圏と関西圏以外に、札幌や仙台、名古屋、福岡でもゲーム会社が集積するが、企業からは「優秀な学生から順番に首都圏や関西圏へ流れてしまう」という声が聞かれる。

 もっとも、これには学生に魅力あるプロジェクトや就労条件を提供できない企業側の責任もある。ただし、人材問題に1社だけで取り組むには限界があるのも事実だ。そこで重要なのが産官学連携だ。海外の人口25万人の地方都市にできて、なぜ日本の政令指定都市でできないのか。地域産業がオウルから学べる点は多々ありそうだ。

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 おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーのゲームジャーナリスト。08年に結婚して妻と猫4匹を支える主夫に。11~16年に国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表として活躍。退任後も事務局長として活動している。

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