戸田恵子さんがアンパンマンの声優を務める劇場版アニメ「それいけ!アンパンマン かがやけ!クルンといのちの星」(矢野博之監督)が30日に公開される。今作はテレビアニメ「それいけ!アンパンマン」(日本テレビ系)開始から30年、劇場版30作目の節目となる作品で、「アンパンマンがなぜ人を助けるのか」など作品を貫くテーマが改めて描かれている。アンパンマン役を30年にわたって担当してきた戸田さんに、30年の感慨やアンパンマン役への思い、そして昨年11月に亡くなったドキンちゃん役の声優の鶴ひろみさんへの思いなどを聞いた。
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テレビアニメ「アンパンマン」の放送開始から30年。長きにわたって主人公のアンパンマンを演じてきた戸田さんは、「あっという間だった」と振り返る。「びっくりはしますね。30年もやったんだ、と思って。毎週1回(収録に)行っていますからね。他のことでも、30年続けたことはないですから」と感慨深げに語る。「アニメーションが始まったときに生まれた子が、もう30歳になっているわけで。ゲストの声優さんも、20代の方もたくさんいらっしゃる。『生まれたときにはもうアンパンマン(の放送)やっていました』という人たちとお仕事させていただいています」と30年という歴史の長さに思いをはせる。
「アンパンマン」は、戸田さんのキャリアの中でも、特に長く関わっている作品だ。「(アンパンマンは)半年、1年、2年、5年と、『あれ?』と思いながら伸びていった。私たちの中では『永久にやるんだろうな』って思っているんです。宝物のように思っていますし、選ばれたんだ、という思いがあるんですよね」と戸田さんは語る。「(役を)他の人に取られなくてよかったな、とみんな思っていると思います(笑い)。よくぞこの役が(自分に)下りてきてくれました、と。それぐらいみんなキャラクターを愛しているし、自分たちの生活の一部になっているから」とキャラクターへの愛着を語り、「命はなかなか100年続かないけれど、(アンパンマンは)100年続いてもおかしくないと思っています。続くために、頑張っていきたい」と改めて今後に意欲を見せる。
今作は、好奇心旺盛でちょっと不思議なクルンとアンパンマンたちが、「いのちの星」の故郷を救うために奮闘する……というストーリーだ。テレビアニメ第1話にも登場し、アンパンマン誕生のきっかけとなった命の象徴のような存在「いのちの星」が物語に大きく関わってくる。
戸田さんは「今回はオープニングの歌にもあるように、『なんのために生まれてきたのか』ということをテーマにしている」と説明。それは「アンパンマン」の原点を掘り下げるテーマでもある。戸田さんは「アンパンマンが『人を助けるために生まれてきた』と改めて言っていて……。クルンちゃんは、いつも『分かんない、分かんない』が口ぐせの女の子。で、なんのために生まれてきたんだろうって言ったとき、たいていの人は分からないけど、唯一、アンパンマンは自分の使命が分かっている」と説明する。
「いつもシリーズの中でも根底に流れているのはそういうものだけど、これまではあえて打ち出してはこなかったと思う。でも、今回は具体的にその話が出てくるので、印象に残る感じではありますね」と戸田さん。「アンパンマンは誰かを助けたとき、みんなが喜んでくれて、自分も心がふわっとした。いいことをすると気持ちが温かくなるんだ、だからそのために生まれてきたんだな、と。今回はそこに返って。そういう意味では、原点回帰かもしれないですね」と語る。
長きにわたってアンパンマンを務めてきた戸田さんは「長くやっていればつらいこと、悲しいこともいっぱいある」と語る。昨年11月には、ドキンちゃん役の鶴さんの急死というつらい出来事もあった。戸田さんは「先週いた人が今週いないというのは、想像を絶する……。悲しみにみんな打ちひしがれ、泣き崩れる人もいて、声も出せなかったり。あんなにつらいアフレコはなかったと思います。でも、本番は録(と)らなきゃいけないので……。30年もやっていれば、つらいこともあります。そういうことを乗り越えて、また絆が深くなって、ここまでやってきている」と言葉をつなぐ。
もともとドキンちゃん役は戸田さんが鶴さんを推薦したといい、「番組始まって十何週目かに、『ドキンちゃんというキャラクターが出ます。どなたか推薦される方はいますか』と監督から言われて、私は『鶴ひろみさんがいいと思います』って言ったんですよね。『キャラクターにぴったりだと思います』と。以来ずっと一緒に……。公私共にですね。アンパンマンでは毎週会うし、亡くなる3日前も一緒にご飯食べました。ずっと仲良くしてきたので、つながりはアンパンマンだけじゃないんですよね」と鶴さんとの思い出を語る。
さらに、「癒えているわけではないけれど、なんとかそこを乗り越えて、頑張っていかなくてはいけない」と戸田さんは続ける。「むしろ鶴さんのことを口に出していこうと決めています。毎週、鶴さんが座っていた席にはドキンちゃんのぬいぐるみを置いて。鶴さんのことを口にしていく、というふうにしているので、『鶴さんだったらこう言っているね、怒っているね、笑っているね』とか。そうやって感じていたいというか」と鶴さんの存在について語り、「映画の録りも、30回目は一緒にできなかったけど、一緒にスタジオにいるね、という感じでやっています。みんなそこは大人というか、みんなでいたわり合うという感じですかね」と明かす。
戸田さんが30年にわたるアンパンマン役で、大切にしてきたこととは? 戸田さんは「アンパンマンって、お金の話が出てこない。利害とか利益とか出てこないんですよ。人間の醜い部分はここにはなくて。物を作ったりするのは『誰かに喜んでもらいたいから』で、それがテーマ。だからそれを押しつけがましくなく、アンパンマンの世界観の中でずっとやっていけたらいいな、と。そこを大事にしていけたらと思います」と明かす。
30年、アンパンマンと共に走ってきた戸田さん。大事にしてきたのは、原作者の故・やなせたかしさんからの“教え”だ。「アンパンマンはやなせ先生の教えが詰め込まれている作品なので、いつもそこに向き合っていれば間違いないなと思っているんです。(やなせさんは常々)『戸田さん、人が喜ぶことをしなさい』とおっしゃっていて。それがすべてだと思いますね。お陰さまで、勇気を持ってもらえたり喜んでもらえたり、そういうお仕事をさせていただいているのでよかったなと思っているし……。誰かが喜んでくれるためにいいことをしなさい、と。(その教えは)アンパンマンそのものだと思います」と明かす。
最後に、アンパンマン役はもちろん、多方面で長く活躍してきた戸田さんに、その秘訣(ひけつ)を聞いた。「日々の積み重ねでここまで来たという感じ」と控えめに語る戸田さんだが、「強いて言うなら、ライブを見るのが大好き。お芝居、コンサート、サーカス、落語……人間の力を見ると勇気が出る。すごいなと思うし、どれぐらい稽古(けいこ)したんだろうと思って、糧になる、感動できる。それが活力かな」とほほ笑みながら語る。続けて「この業界、先輩として輝いている人たちがたくさんいて、『60歳なんてひよっこよ』と。そういう人が上にいるので、ぐじぐじ言えない。素晴らしい先輩が近くにいること、生のステージを近くで見ること。その二つですね。他力本願というか(笑い)。見たり聞いたり刺激を受けることで、自分も頑張ろうかなって思います」と力強く語った。
<プロフィル>
とだ・けいこ。1957年9月12日生まれ、愛知県出身。NHK名古屋放送局児童劇団に小学5年生から在籍し、ドラマ「中学生日記」の前身「中学生群像」で女優デビュー。その後、声優として活躍し、歌手としても数枚のアルバムを発表する。女優としてドラマや映画に数多く出演し、映画「ラヂオの時間」(97年)では日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞している。
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