全領域異常解決室
第7話 すべてお話します 物語はここから始まった
11月20日(水)放送分
連続ドラマ「獣になれない私たち」(日本テレビ系、水曜午後10時)で新垣結衣さん扮(ふん)する深海晶が勤務する「ツクモ・クリエイト・ジャパン」の同僚・松任谷夢子を演じている女優の伊藤沙莉さん。劇中では、ニコニコしながらミスの尻拭いや面倒な仕事を晶に押し付ける、一見すると“ムカつく”キャラクターを愛嬌(あいきょう)いっぱいに演じている。登場シーンこそ多くはないが、なぜか印象に残っている人は多いのではないだろうか。子役出身で、ここ数年、特にNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)「ひよっこ」(2017年)以降、出演作品が途切れることのない彼女の、女優としての魅力とは……。
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伊藤さんは1994年5月4日生まれ、千葉県出身の24歳。子役からキャリアをスタートさせ、デビュー作の連続ドラマ「14ヶ月~妻が子供に還っていく~」(日本テレビ系、2003年)や、その2年後に放送された「女王の教室」(同、05年)、主演を務めた「トランジットガールズ」(フジテレビ系、15年)、さらには映画「獣道」(17年公開)などで個性的かつ、繊細に感情を表現した演技を見せ、以前から制作陣の間では高い評価を得てきた。
そんな伊藤さんが、広くその存在を示したのは、17年度前期の朝ドラ「ひよっこ」。有村架純さん演じるヒロイン・みね子の幼なじみ・角谷三男(泉澤祐希さん)に恋する米屋の娘・安部米子役だろう。同作で伊藤さんは、三男が恋心を寄せる同郷の時子(佐久間由衣さん)にライバル心をむきだしにする女の子を、ユーモラスに演じていた。「獣になれない私たち」の夢子同様、演じ方によっては不快感を与えてしまう危険性のあるキャラクターながら、行動や立ち居振る舞いにいじらしさや愛らしさをにじませ、好感度の高い役柄に仕上げていた。
今年7月期の連続ドラマ「この世界の片隅に」(TBS系)で演じた刈谷幸子も、一見、意地悪に振る舞いつつも、その実は心優しいという多面性を見事に表現し、シビアな物語の緩和剤としての役割を果たしていた。
出演時間の長短にかかわらず、作品の世界観を壊すことなく物語に深みを与えることができるのが伊藤さんの魅力だ。この点について、本人も制作側の「沙莉ならなんとかしてくれるだろう」という期待を、「かなりのプレッシャー」と話しつつも、やりがいに感じていると語っていた。
ではなぜ、多面的な人物を造形できるのか。それは伊藤さんが役柄に向き合う際、「どんなキャラクターでも一面的ではない」という強い信念を持って臨んでいるからではないだろうか。強烈ないじめをする子でも、そこには理由があるだろうし、どこかには良い心もある。逆に清廉潔白だと思われている子でも、ドス黒いものは心のどこかにはある……。
ベースとなるキャラクター設定をブレずに演じる中で、さまざまな方向から、いい部分、悪い部分の“人間味”を物語が破綻しない程度に染み込ませていく。そのさじ加減が絶妙であるからこそ、伊藤さんのキャラクターは心に残る。
こうした伊藤さんの役へのアプローチ方法への信念を強く感じたのが、今年の4~5月に放送された連続ドラマ「いつまでも白い羽根」(東海テレビ・フジテレビ系)の制作発表会での発言だ。その席で伊藤さんは、演じた千夏という役について「真っすぐで黒い部分がない人」と表現しつつも、「いい人は、どうでもいい人になってしまう危険性がある」と徹底的に役柄と向き合い、ただの“いい人”ではない“危うさ”を含むキャラクターを造形した。
朝ドラ「ひよっこ」以降、「片想いの敵」(フジテレビ系、17年)、「隣の家族は青く見える」(同、18年)、「いつまでも白い羽根」に「この世界の片隅に」、そして「獣になれない私たち」と、途切れることなく地上波の連続ドラマに出演し続けていることを見ても、伊藤さんがどれだけ制作サイドにとって欠かせない女優であるかが分かるだろう。
もちろんドラマだけではなく、映画女優としても評価は高い。今年だけでも「パンとバスと2度目のハツコイ」(今泉力哉監督)、「blank13」(齊藤工監督)、「榎田貿易堂」(飯塚健監督)、「寝ても覚めても」(濱口竜介監督)と実に4本の作品に出演している。どの映画でも、伊藤さんらしいキャラクター造形で物語に彩りを添えている。非常に質の高い映画賞として、ファンのあいだでも注目を集めるTAMA映画賞では今年、最優秀新進女優賞を受賞。過去には、満島ひかりさんや安藤サクラさん、二階堂ふみさん、橋本愛さん、黒木華さんらも受賞しているだけに、今後の活躍も大いに期待される。
子役時代には、とてもつらい経験をしたこともあったと話していた伊藤さん。現在の活躍も「まだまだ」と満足することなく、「この役は伊藤じゃなければというところまで確立したい」と志は高い。こうした負けん気の強さ、トーク番組などで見せる屈託のない笑顔、そして人物に向き合う真摯(しんし)な姿勢……。自身も多面的な“人間味”を兼ね備えている伊藤さんだけに、快進撃はさらに続いていくだろう。