米俳優ブラッド・ピットさんが宇宙飛行士役に挑んだ映画「アド・アストラ」(ジェームズ・グレイ監督)が、9月20日に公開された。作品のPRのために緊急来日したピットさんに話を聞いた。
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映画は、ピットさん演じる宇宙飛行士のロイ・マクブライド少佐が、かつて地球から43億キロ離れた太陽系の彼方で消息を絶った父(トミー・リー・ジョーンズさん)を救出するために宇宙へ飛び立つ……というストーリー。
取材会場に「ハロー・エブリワン!」と笑顔で姿を現したピットさんは、ハンチング帽をかぶり、着慣れたシャツにジーンズというラフないでたち。この取材のあと、場所を日本科学未来館(東京都江東区)に移した来日会見でも、同じシャツのボタンを締め、ジャケットこそ羽織っているものの、ほぼ同じ格好で登場した。そんな飾らないところが、ピットさんの魅力だ。
――父を探す旅は、自分自身を探す旅でもあります。ロイという人物のキャラクターをどのように解釈し、アプローチしていったのでしょう。
ロイは、非常に内向的な人間だ。今まで、自分の心の痛みを封じ込め、自分の周りに壁を作って生きてきた。そのために他人とうまく関係を築けない。でも、そのことをやっと理解できる年齢になり、(関係を築けないのは)すべて自分のせいだと気付き始めるんだ。
――この映画は、父との関係について描いた作品でもあります。あなた自身も父親ですが、人類のために仕事に人生をかけた(ピットさん演じる)ロイの父の生き方をどう思いますか。
トミー・リー・ジョーンズが演じた(父親の)クリフォードは、僕が思うに、自分のことしか考えない、自分の仕事こそがすべてだと思っている男なんだ。たぶん、子供を持つべきではなかったと思う。ロイは、そういう父との、痛みを伴う関係を理解したいと思っているんだ。子供のころというのは、すべて自分のせいだと思い込みがちだ。でも、年を重ねるにつれ、親のいいところや欠点が見えてくる。そしてそれによって、自分自身を理解できるようになり、子供のころ、自分のせいだと思っていたことが、必ずしもそうでないということに気付いていくものなんだ。
――グレイ監督や共同脚本を務めたイーサン・グロスさんは、「地獄の黙示録」(1979年)や「2001年宇宙の旅」(1968年)を参考にしたそうですが、あなた自身が参考にしたものはありますか。
その2本は、最高の映画だよね。ジェームズ・グレイや脚本家は、今回の映画を作るにあたりそういうものを参考にしたけど、僕の俳優としての作業は、より内面的なものだった。
かつて(米女優)ジェーン・フォンダが、映画「コールガール」(1971年)のインタビューで、自分の体験と(演じる役の)娼婦の体験とを織り交ぜて演じたと話していたけど、僕は、1970年代の映画、僕自身が育ってきた中で見てきた映画をかなり意識した。ロイという男は、善でも悪でもなく、非常に複雑な人間だ。欠点も多い。でも、人間の本質って、そもそもそういうものだと思う。僕自身、常にそういう人間的な部分を探して(演じて)いる。
僕は最初にジェームズに、「すごく抑えるよ」と言ったんだ。「かなり内面的な演技をするから、カメラにそれが映るか見てくれ。もしかすると平坦過ぎて、退屈するかもしれない。そういうときは言ってくれ」とね。ジェームズと僕は、そういう認識のもとで撮り始めたんだ。
――今作には、水中のシーンや基地の中のシーンなど、これまでのSF映画にはなかった場面が描かれています。それは意識して取り入れたのですか。
意識したよ。世の中にあるSF映画を見ると、どれもみんなよくできている。だから僕としては、このジャンルに何か新しいものを付け加える作品でなければやりたくないと思っていた。
その点、ジェームズは面白いアイデアをたくさん持っていた。往々にしてSF作品は、近未来的でカッコよくて、洗練されたセクシーなデザインとか、そういうものになりがち。でも僕らは、旅をするやっかいさといった現実的な部分を重視することに集中したんだ。
SFものって、だいたい宇宙人が出てきて、それがいい宇宙人のときもあれば、敵対するときもある。でも、宇宙にそういうものが一切存在しないとしたら? 我々だけだとしたら? その場合、果たしてベストを尽くしているといえるか? そういうことを、ジェームズは(観客に)投げかけたかったんだ。
――ピットさん自身がこれまで宇宙に抱いていた印象はどのようなものでしたか。そして、今回、フィクションとはいえ宇宙での生活を体験し、そのイメージは変わりましたか?
面白い質問だね。子供のころ、僕は、月を三日月に描いていた。でも、今では完全に球体に見える。とてもとても遠くにあることを意識させられる。他にも惑星が何億とあって、銀河系があって、宇宙はいまも膨張を続けている。その先がどうなっているかは誰も分からない。そういうことを考えると、我々がいかにちっぽけな存在かを意識させられる。すると、我々が問題にしていることも、さほど大した問題じゃないかもしれないと思えてくるんだ。
――行ってみたい惑星はありますか。
(テーブルをたたきながら)やっぱりここ(地球)がいいな(笑い)。
――ロイは内面に複雑なものを抱えていますが、いちずに父を探します。そういういちずさにピットさんは共感しますか。また、今、ピットさん自身が興味のあること、集中できるものはありますか。
この役に引かれたのには理由があって、それは、自分の父親との関係を見直すきっかけにもなるし、自分が父親として、我が子にどう映っているか、親として子供を育てる責任や大切さを考えるきっかけになると思ったからなんだ。
今、関心があるのは、自分の心の平穏。(2016年に亡くなった英ミュージシャン)デビッド・ボウイは、すべてを受け入れて、とても優雅に去ったような気がする。そういう生き方に憧れています。
――あなたはこれまで、どちらかというと“イカれた”役をよく演じてきました。その点では、今回のロイは、あなたにとっての新境地だと思います。宇宙飛行士というのは、男の子が憧れる職業の一つですが、その宇宙飛行士を演じてみて、どういう印象を持ちましたか。
(イカれた役のほうが)楽しいよ(笑い)。
宇宙飛行士になりたいという男のロマンみたいなものは、とうの昔に置いてきてしまったな。僕自身は、このSFというジャンルに、どれだけ新しい、価値あるものを加えられるか、自分自身を探す旅だと感じながら演じていたんだ……って、実はちょっと時差ボケで、これで今の質問の答えになっているのかな(笑い)。大丈夫? 僕、ちゃんと答えられてる?
――では、宇宙ものは初体験だったと思いますがご苦労は?
この作品は、とても詩的な感覚で撮られたものなんだ。宇宙には果てしない闇が広がっていて、孤独というものを有機的に表現するのに効果的だった。だから僕自身は、その部分に集中して(演じて)いた……って、答えになってるかな?(笑い)
――最近、あなたが俳優業からの引退を考えているという記事を読んだのですが……。
(インタビューで)何を言ったのかはっきり覚えていないし、その記事も読んでいないから、どういうふうに書かれているのか分からないんだけど、若者が主役の作品の方が多いし、年齢と共に出演作が減っていることは事実。それに、年をとるにつれ、(俳優業以外の)他のものに興味が湧いて、学びたいと思っていることもある。(俳優のように)表に出ないようなこともやりたいと思っているんだ。
――では、俳優業は続けると?
イエス。そのつもりでいます。
――安心しました。今回の「アド・アストラ」で精魂尽き果てたのかと思いました。
そうじゃないよ。僕が日本の文化が大好きなのは、自然に対する感謝の気持ちや静けさ、それによってもたらされる心の平穏。年輩に対する敬意。あるいは職人技。そういう“質”を大切にするところなんだ。(部屋にある花瓶を指さし)その花瓶もそうだし、ジーンズだってそう。僕は、僕の人生において、日本のそういうところに憧れるんだ。
――先ほど「抑えた演技」とおっしゃっていましたが、そのお陰で私たち観客は、ロイの気持ちに共鳴することができると思います。あなた自身は、観客にどういうふうに感じてほしいですか。
演技について僕が言えることは二つある。一つは、役者が本当に感じていれば、それは本物として観客に伝わるということ。だって、ニュース番組で事件が報道されて、喪失感を抱いている人が映ると僕たちも彼らに共感するよね。
で、二つ目……なんだけど、忘れちゃった(笑い)。名言だったのに。なんだっけ。きっとあとで思い出すよ。
――あなたは「それでも夜は明ける」(2013年)や「ムーンライト」(2016年)、「ビール・ストリートの恋人たち」(2018年)といったオスカー作品を世に送り出している映画製作会社「PLAN B」の代表でもありますが、「PLAN B」は、なぜ成功できたと思いますか。
僕自身、びっくりしているよ。計画したわけでもないしね。ただ、これにも二つの理由があって、これは忘れないように覚えておかなきゃ(笑い)。まず、ストーリーを語ることへの情熱。それも、複雑な物語のね。
それから、ここ20年くらいの映画業界を見ると、ストリーミング(配信)が入ってきてまた状況は変わってきているけど、とにかく、製作費を安く抑えないと語れないストーリーがたくさんある一方で、映画会社の屋台骨を支えるような(稼げる)作品がある。今はその二極化の状況にある。でもその間には、作家性の高い、いい作品がたくさんあるんだ。僕たちは、そういった作品を作る人々を助ける立場にあり、彼らアーティストの素晴らしい物語があったからこそ、それらを世の中に出すことができた。だから僕らにとってもラッキーだったんだ。それに、(PLAN Bには)2人のパートナーがいるけど、彼らも僕と同じような感性を持っている。とにかく、僕も成功には驚いているよ。
(取材・文:りんたいこ)
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