超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発・産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」元代表の小野憲史さんが、ゲーム業界の現在を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は、ゲーム業界とウクライナとの関係について語ります。
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2018年6月11日(現地時間)、米マイクロソフトのフィル・スペンサー氏はE3に先駆けて開催された「Microsoft E3 2018 Briefing」で、ゲームは民族・宗教・性別などにかかわらず、公平にプレーできる環境をプレーヤーに提供すると述べた。筆者にはこれが特別な意味を持っているように感じた。当時、史上初の米朝首脳会談が平壌で開催されていたからだ。社会のデジタル化が進む中で、ゲームには世界をつなぐ力があると期待された。
一方で本原稿を執筆中も、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続いている。日本ではあまり知られていないが、ウクライナには400以上のゲーム会社が存在し、3万人以上が業界で働いている。大手パブリッシャーのUBIソフトが首都キエフにスタジオを構えるのをはじめ、近年では独立系のゲーム会社や、アマチュアのゲーム開発、Eスポーツのコミュニティも活発だ。ネットにはこれらの企業や開発者から、切迫した状況を伝える書き込みが連投されている。
チェルノブイリ原子力発電所の爆破事故をモチーフとした、近未来FPS「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズで知られるGCS Game Worldは、ロシアに対して公式な抗議声明をネット上で表明した企業のひとつだ。同社はウクライナで代表的な独立系ゲーム企業で、同社のタイトルは日本でも発売されている。今回の侵攻で、年末に発売が予定されている続編「S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chernobyl」に影響が出るのは避けられない状況だ。
同じく核戦争後のモスクワを舞台とした近未来FPS「メトロ」シリーズも、日本でファンの多いタイトルだ。ロシアの作家ドミトリー・グルホフスキー氏のベストセラーが原作で、ゲーム版は4A Gamesが手がけている。同社は「戦争はすでに私たちのドアを叩いている」として、ネット上でウクライナと軍の支援を呼びかけた。他に「シャーロック・ホームズ」シリーズで知られるFrogwaresも反ロシアの声明を発表している。
一方で今回の侵攻に伴い、周辺諸国のゲーム会社から援助の動きも見られる。ポーランドのゲーム会社、11 bit Studiosは代表作「This War of Mine」で、1週間分の利益をウクライナ赤十字社に寄付すると発表。同じく「ウィッチャー」シリーズで知られるポーランドのCD Projektグループも、人道支援の目的で100万ズウォティ(約2800万円)の寄付を行った。国際ゲーム開発者協会(IGDA)もロシアのウクライナ侵攻を非難する声明を発表している。
こうしたゲーム産業を支えるのが若い人材だ。2010年代以降、ロシアや東欧圏でもゲーム開発者会議やゲームジャム(短期間でゲームを開発するイベント)が次々と開始され、ゲーム産業を活性化させてきた。ウクライナもその一つで、その国ならではの歴史や文化をふまえた、さまざまなゲームが発売されてきた。今後も、世界的にヒットするゲームが登場することが期待されている。今回の侵攻はそうした可能性を潰す暴挙でしかない。
言うまでもなく、ゲームは平和でなければ楽しめない。一方でゲームをはじめとしたエンタテインメントは極限状態において、心の癒やしにもなる。東日本大震災の被災地で、ゲームが子どもたちに親しまれたことも記憶に新しい。そして、こうしたゲームを創り出すのが人間の力だ。それを否定する、暴力による現状変更は許容されるものではない。そして、ウクライナのゲーム開発者の安全を心より祈願したい。
おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーランスで活躍。2011からNPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)の中核メンバー、2020年から東京国際工科専門職大学講師として人材育成に尽力している。
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