機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島:伝説のエピソードを今アニメ化する理由 安彦良和監督が込めた「複雑な問いかけ」

「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」を手がける安彦良和監督
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「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」を手がける安彦良和監督

 アニメ「機動戦士ガンダム」のアニメーションディレクターやキャラクターデザインなどを担当した安彦良和さんが監督を務める劇場版アニメ「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」が6月3日に公開される。1979年に放送された「機動戦士ガンダム」(ファーストガンダム)のテレビアニメ第15話「ククルス・ドアンの島」が劇場版アニメとして制作されることになった。第15話は、主人公のアムロ・レイが敵対するジオン軍の脱走兵ドアンとの交流を通じて、戦争の哀愁を描いた伝説のエピソードだ。なぜ、40年以上前に放送されたエピソードを改めてアニメ化しようとしたのだろうか? 「複雑な問いかけ」が込められているという同作について、安彦監督に聞いた。

 ◇特別、孤立したエピソード

 「まさかククルス・ドアンの島が映画になるなんて思いもしなかった」。アムロ・レイ役の声優の古谷徹さんのコメントの通り、誰も想像していなかっただろう。「ククルス・ドアンの島」は、ファンの間で語り継がれている伝説のエピソードだ。戦争に巻き込まれた子供、脱走兵、アムロら「名もなき小さな者たち」が非情な運命の中で生きていく姿が描かれた。

 安彦監督は、ファーストガンダムを再構成したマンガ「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」の連載をスタートする際、「ファーストガンダムは、人類の革新、ニュータイプが世界を変えることがテーマである」という論調に対し、「名もなき小さな者たち」を描こうとした。「ククルス・ドアンの島」はある意味、ファーストガンダムを象徴するエピソードではあるが、劇場版3部作、「THE ORIGIN」には入っていない。

 「入れられないですよ。どれを落とすかと言えば、いの一番に落とす。外しても本編が揺るがない話なんです。外しても成り立つのは、アムロのお母さんのエピソード、ベルファストのミハルのエピソードもそうなんだけど、贔屓(ひいき)が付いているから外せない。『ククルス・ドアン』はいらないだろうとなる。特別ですし、孤立したエピソードなんです」

 「いらないだろう」というエピソードのアニメ化を提案したのは安彦監督だった。

 「上から降りてきた話じゃないんです。僕が、作らせてくれ!とサンライズの社長と前社長に言って、すんなりOKをいただいた。『THE ORIGIN』を終えてしばらく、まだ「ガンダム」のエピソードで残っているものが自分の中にあるな……とふと思いついたのが『ククルス・ドアン』だったんです。2019年の春、3年前だったと思います。ずっと気になっていたエピソードだったので、それならこれはどうですか?と提案したんです。映画単発でいけるだろうと」

 安彦監督は、2001~11年にマンガ誌「月刊ガンダムエース」(KADOKAWA)で「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」を連載。同作は連載終了後、OVAとしてアニメ化され、安彦監督は、約25年ぶりにアニメの現場に復帰した。アニメ化されたのは、ファーストガンダムの前日譚(たん)にあたる一年戦争の始まりとなるルウム戦役までの「過去編」だった。

 「THE ORIGIN」の「始動編」から「めぐりあい宇宙編」まで、つまりファーストガンダムの第1~43話にあたるエピソードをアニメ化するとなると、長期戦となるはず。安彦監督は現在74歳。「『THE ORIGIN』のさらに先をアニメ化するとなると、長い話になりますし、10、20年先はとてもじゃないけど保証できない」とも考えていた。

 「2018年に『THE ORIGIN』の制作が終わりましたが、その時点で、僕が仕事をできるギリギリのタイミングかな?とも思っていました。その時もギリギリだったんだけどね。あと何年、仕事ができるか分からないから。その時点だと何年かは何とかやれるんじゃないか?という目算はあったんです」

 ◇作画崩壊に「かわいそうなことをした」

 「ククルス・ドアンの島」が、伝説になった理由はもう一つある。作画崩壊だ。ファーストガンダムの制作当時、スケジュールの都合で外部のスタジオに外注したこともあり、ザクIIが細身で、“鼻”が長いなど作画が安定しなかった。放送から40年以上たった今もネットでネタにされるなど、いろいろな意味でファンに愛されているエピソードだ。

 「あの話に贔屓がいるんだっていうのは薄々感じていた。語り継がれているけど、作画崩壊しているから。ザクの長い鼻がいい!とかね。今回もスタッフから、ドアンのザクは異形でなければ!という話があったけど、元々は単なる作画の崩れなんですよ。当時、ラッシュで見て、ぶっ飛んじゃいましたから。あの頃、どの作品もそうだったんだけど、シリーズものを作るのは無理があって、本筋から離れた“捨て話”を作らないといけない。それでスケジュールを稼ごうとしていた。最初から捨て話として書かれたものだったんです。キャラクターを作ったけれど、後の面倒を一切見ていない。外注に丸投げだった。案の定、これはもう外注の責任じゃなくて、システムがそうなんだから、いい出来になるはずがない。かわいそうなことをした。当時からその気持ちがあった。丸投げをしたものの、いい話だと思っていた。それでずっと気にはなってたんですけども、ちょっとした偶然で、『THE ORIGIN』の本編が無理でも、これならできるかもしれないとなった」

 「ちょっとした偶然」になったのは、ククルス・ドアンの過去を描いたおおのじゅんじさんのマンガ「機動戦士ガンダム THE ORIGIN MSD ククルス・ドアンの島」だった。

 「ちょっと前に連載されていたマンガなんだけど、それもきっかけの一つだった。笑っちゃう話ですが、連載が始まる前に編集部から、こういうマンガが始まると説明を受けてたらしいんですよ。全然覚えてない。偶然、マンガを見て、なんだこりゃ!誰に断ってこんなもの作ったんだ!となった。説明されたことを、覚えていなかっただけなんだけど」

 ◇深く、重く、複雑で答えがない

 ファーストガンダムは1979年に放送された。ベトナム戦争を題材としたフランシス・フォード・コッポラ監督の名作映画「地獄の黙示録」が公開されたのも同年だ。「ククルス・ドアンの島」は当時の空気を感じるところもある。

 「テーマがすごく深いんですね。切実すぎてつらくなる。あの頃は『地獄の黙示録』もありましたが、通じるものがあると思う。たまたまだと思いますが。時代の空気もあったのかもしれません。簡単に答えが出ない話。短絡的に、こういうことが言いたいんだろ?と言われると、ちょっと待ってくれ!となる。複雑な問いかけなんです。それだけ重いんです。大切な人、愛する人を守る。力で守るということは、どうなんだ?という。力で守れないケースもある。だから答えを求めるんじゃなくて、考えてもらうことが大事なんだと思うんですよね」

 40年以上たっても色あせない普遍性がある。

 「荒木(芳久)さんがストーリーを書いた。ファーストガンダムのライターは4人いたのですが、荒木さんだけは、一度もお会いしていないんですね。僕は、ライターとは接点がないので。ほかの3人はよく知ってるんですけどね。だから、どういう方で、どういう作風で、どういう問題意識をお持ちだったかは知らないんです。なるべく早くお話ししたかったんだけども、ここまできたら、でき上がったら、見てもらおうと思っています」

 ◇小さな弱き者たちの日常を描く

 多くのファンが気になっているのが、テレビアニメの1話分のストーリーをどうやって“1本の映画”として見せるかだ。

 「20分そこそこの話ですから。水で薄めてたたいて伸ばすんだ!と言ってたんですが、実際はやってみたら、2時間になっちゃうんですよ。逆に2時間っていうのは長すぎるので、100分の映画にまとめようとした。最後にザクを捨てるシーンは大事なので、そのままいこう決めていました」

 “1本の映画”として再構築する中で、変更したところもある。テレビアニメで、ククルス・ドアンと生活する子供は4人だったが、20人に増やした。

 「子供が少なすぎるんですよね。もっといたような記憶があったんですけど、4人だったんです。これじゃ話にならないので、最低でも20人くらいほしかった。ちょっとした保育園くらいの数ですね。小さな弱き者たちが、いっぱいいてくれないと駄目な話なんで。20人が日常芝居をする。これが面倒なんです。見ている人は、ちょこまかやっているように見えるかもしれないけど、作るのは大変。総作画監督の田村(篤)さんをはじめよくやってくれた」

 小さな弱き者の日常を丁寧に描いた。食べる、畑を耕す、ヤギの乳を搾る……と“生”を感じるシーンも多い。

 「生活芝居は重要なんです。不自然だと分かってしまうんですね。自然にやらないといけない。食事シーンもアニメーターが頑張ってくれました。アナログの時代はセルが完全に透明じゃないから、A、B、C……と重ねてもEくらいまでしか使っていなかった。今はデジタルだから重ねることができる。極端なことを言うと、Zまで使えるんです。食事のシーンは、Yまで使っているんです。20人が別々に動くシーンですから。ウソっぽくなってはダメ。Yまでいって、Zをよく使わなかったよね(笑い)。Yで止めたのが逆に面白いですよね」

 ◇ファーストガンダムの制作現場はホワイトベースのよう

 デジタルだから表現できることもあった。ファーストガンダムの時代はもちろんアナログで制作していた。ファーストガンダムにアニメーターとして参加した板野一郎さんは当時の制作現場を「ホワイトベースのようだった」と語ったことがあった。板野さんは当時、若手だったが、後に、スピーディーな戦闘シーンを得意とすることから“板野サーカス”と呼ばれるほどの名アニメーターとなる。当時の制作現場には、板野さんのような若手が集まっていた。

 「非常に手薄だというところがホワイトベースと似ているんですよ。今の制作体制から見たら本当にひどいものだった。ファミリー的な感じもありました。それで回して最後までできたんですから。ほかも大変でしたが、特にファーストガンダムは大変でした。会社的にも二の次の仕事だったんですね。アシスタントプロデューサーが頑張っていたけど、彼もファーストガンダムが終わってから、会社を辞めてしまいましたから。気の毒なものです。若いのが集まったというよりも、机が空いていて、スタッフがいないから『誰か呼んでこいよ!』となって、何となく来るんです。見込みがあるからとかではなく、そこにいると重宝するから呼ぶ。人選したわけではない。そういうところにベテランを呼べないですから。必然的に便利屋として若い人が来る。ホワイトベースにも難民が集まっていますし、似ているところはあるかもしれません。その中に、たまたま板野君みたいな才能がいたんです」

 「THE ORIGIN」で約25年ぶりにアニメの現場に復帰した安彦監督は、時代の変化を感じている。

 「『ククルス・ドアンの島』とファーストガンダムでは、人の数、体制は比較にならないけど、今時の基準だと少ない方だと思います。業界の問題点はまだまだ積み残されているけど、ある面では随分と時代は変わったなって感じます。今はすごいです。サンライズは最近、大きいビルに移転したけど、この間も見に行って『いい時代になったね!』と言った。素晴らしいスタジオです」

 時代は変わったが、アナログにもこだわった。

 「何だかんだ言っても紙ですよ。原画は紙じゃなきゃ受け付けない!と言っているので、紙で持ってきてくれます。紙はいいですよ。悔しかったら原画展をやってみろ! デジタルではできないだろう!と言っています(笑い)。先日、『キングダム』の原(泰久)さんと対談したんですけど、原さんも紙なんですよね。デジタルは、便利だと思いますが、紙だったら、停電になってもできますから。ただ、紙の素材がなくなっているし、スクリーントーンが廃盤になったり、ジワジワと兵糧攻めを受けているんです。何とかならないですかね? アニメやマンガを『大事な産業』と言うんだったら、何とかしてほしいですよね」

 若いスタッフと仕事をする中で感じることもある。

 「僕と板野君は10歳くらいしか違わないけど、今の若い人っていうと、下手をすると孫の世代ですね。自分がどう見えているんだろう?とも思う。僕らの時は年長者といっても、50代は数人しかいなかった。レジェンドだ……と思っていたけど、今は50歳でも働き盛りですから。同世代、先輩はしぶとい人が多いんですよ。富野(由悠季)氏もそうですね。引き時を考えないとね。あいつがやっているなら!と思っているんじゃないですかね。周りに誰もいなかったら考えるけど、みんながまだやっていると、安心感もあります」

 「ククルス・ドアンの島」を制作して「意外と大変だった部分もあります。やりきったんじゃないかと思いますね」と笑顔を見せる安彦監督。「ガンダム」の映像化は「これで最後かもしれない」「思い残すことはない」と語っていることもあり、“安彦ガンダム”の一つの区切りになるかもしれない。安彦監督が思いを込めた映像を目に焼き付けてほしい。

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