女優で、歌手としても活動する上白石萌音さんが、3枚目のオリジナルアルバム「name」を7月13日にリリースした。4日に終幕した「千と千尋の神隠し」の舞台公演では橋本環奈さんとのダブルキャストで主人公の千尋を演じた上白石さんに、新作アルバムや最近の活動について、また演技と音楽の両立、今後について聞いた。
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4月まで放送していたNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「カムカムエヴリバディ」で上白石さんが演じたのは、戦争で夫と死に別れ、娘を置いて米国へ渡るという激動の人生を送った初代ヒロイン・安子。「少女が母になり、未亡人になり、子供とも離れるという運命を、この体で味わえたのは、本当に貴重でしたし、これからの支えになると思います。“生きること”についてのドラマだったので、私自身も生きていく上でのパワーをこの作品にたくさんもらいました。“お守り”のような作品になったなと思います」と振り返る。
放送中は「街で『安子ちゃんだ』って言われることが多くて。しかも見てらっしゃる世代が本当に幅広いんです。また、現場に行くと、『家族で見ています』と言ってくださる方がとても多くて、朝ドラって本当にお茶の間の文化だなって思いました」と実感したという。
全国5都市で上演された舞台「千と千尋の神隠し」では10歳の主人公・千尋を演じた。大衆演劇で優れた業績を示した芸術家を表彰する「菊田一夫演劇賞」の大賞を受賞し、「演劇人なら誰もが夢見る、名誉ある賞なので、すごくうれしかったですね。ものすごく多くの人が関わっていた作品で、何より関係者一同としていただけたこと、みんなで喜べたことがうれしかったです」と声を弾ませる。
同時に、劇場版アニメが世界的に知られている名作の舞台化で「めちゃくちゃプレッシャーはありました」と明かす。「最初は『あの映画を舞台にするんだ!』みたいな感じで、もうガチガチだったんですけど、映画の偉大な力が“道しるべ”みたいに思えるようになって。それからは、精神的にすごく落ち着きました」と語る。
千尋を演じたことで「体力がついた」という上白石さん。「10歳の子の体力って底知れなくて、マラソンみたいにずっと走ってるんです。でも毎回、変わらずにこの作品に純粋に感動できている自分がいて、それはもう物語が持つ力だなって。最後まで新鮮な気持ちでできたことは、これからもすごく大切にしたいなと思います」と手応えを感じている。
ニューアルバム「name」は、シンガー・ソングライターの森山直太朗さん、音楽プロデューサーの小林武史さん、「MONGOL800」のキヨサクさん、スカバンド「東京スカパラダイスオーケストラ」(スカパラ)の谷中敦さんと川上つよしさんなど、上白石さん自身がリスナーとして聴いてきたミュージシャンからの楽曲提供が実現した。
朝ドラ「カムカムエヴリバディ」が一つのきっかけになり、共演や制作に至った楽曲も収録されている。上白石さんは同ドラマの「サントラをいまだに聴いている」ほどその音楽にほれ込んだといい、劇伴を担当した金子隆博さんに楽曲をオファーし、ジャズのナンバー「ジェリーフィッシュ」が完成した。
また、元はミュージカル曲でジャズスタンダードのカバー「Tea For Two」は、劇中の上白石さん演じる安子と、後に夫となる稔が、喫茶店での初デートでコーヒーを飲むシーンで流れていた曲だ。「放送を見た時、『なんて粋なんだ』と思って。もともとすごく好きな曲だったんですが、『カムカムエヴリバディ』を経て、とても大切な曲になりました」と明かす。
ジャズ、スカ、洋楽カバーなどバラエティー豊かなラインアップで、「新たなステップというか、今までやってこなかった歌い方にも挑戦できて、おのずと成長できたアルバムです。今できるベストは尽くせたと思います」と充実感をのぞかせる。
MONGOL800のキヨサクさんが作詞・作曲した「チョイス」は、「人生の選択」をテーマにした一曲。上白石さんは「コロナで『家にいなさい』って言われた時期があって、それを経てちょっと自由になったからこそ、自分の選択や自主性がすごく大事な時代ですよね。例えば、飲み会に行くか行かないかとか。そんな世の中ですごく刺さってくる曲だなと思います」と曲の印象を話す。
また小林武史さん作詞・作曲でTBS系報道番組「news23」のエンディングテーマ「夕陽に溶け出して」では、実際に歌っていて自分自身にリンクするフレーズがあったという。争い事を避けてきた主人公の心情を歌う歌詞の一節だ。
「私も争いが嫌いで、『議論を戦わせるよりは自分が我慢した方がいい』ってのみ込むタイプなんです。それでうまいこと切り抜けてきたとも言えるし、やり過ごして逃げたとも言えるなって。時には主張することが大切だし、でものみ込むことが必要な時もある。この歌詞にはすごくハッとしましたね」と語る。
「本の栞紐(しおりひも)」を意味するタイトルの楽曲「スピン」では自ら作詞を担当し、初のエッセー「いろいろ」(NHK出版)を執筆して思ったこと、2011年のデビューから10年という節目に感じたことを歌詞につづった。
「小さい変化って、生きていくと忘れていくものですが、どこかに書き留めていたら、ふとした時に思い出せるなと思って。エッセーを書くことでそれをやらせてもらって、覚えておくってすごく大切なことだと思ったので、その気持ちを書いてみました」
続けて、「このお仕事って、日常を映していると思うんです。その人がどう生きてどう生活しているかは、音楽やお芝居ににじみ出ると思います。でも、それを抜きにしても、日々を大事にできる人でありたい、というのはあります」と語る。
同曲のサビの一節では、地元・鹿児島から上京してきた高校生当時の心情も表現されている。「環境がガラッと変化して、外にいることがもうつらい、みたいな感じで、家に帰って泣いていたこともよくありましたね。帰ったら、緊張の糸が切れたみたいに自分の部屋で泣く。つらかったですね……。でもそういうことって、演じる糧にもなるし、無駄じゃなかったなと思います」としみじみ語った。
アルバムのラスト曲「君の名前」は、デュオ「ハンバート ハンバート」の佐藤良成さんの作詞・作曲で、「当て書きで書いてもらった」という。上白石さんが「ここ最近、名前がキーになる作品とご縁があって、“名は体を表す”じゃないけれど、“名付けられた通りに育っていく”みたいな感覚がある」という話を佐藤さんに伝え、そこから膨らませたものだという。
名前「萌音」の由来は、「萌え出ずる音=“命が芽吹く”というのと“音楽が好きになってほしい”という意味合いです。また、(画家の)クロード・モネもいるし、外国でも通じる名前というので付けてもらいました。でも由来の話は良成さんにはしていないんです。だから、そこから(自分に)つなげて書いてくださったんだなと思って、初めて聴いた時は涙が出ました」と明かす。
9曲を収録した今作は、「大きな(テーマの)曲が多いと思っていて、全体を通して『生きなさい』というメッセージが詰まっていますし、聴く人それぞれに、いろんな重ね方ができるアルバムだとも思います。本当に全曲大好きで、一生大事にしたい曲に恵まれたことを、すごく幸せに思っています」と喜びをにじませる。
もともとは舞台女優志望で、「歌が仕事になるとは夢にも思ってなかったですし、自分の名前が載ったCDが出ることも考えたことがなかったです」という上白石さん。だが「ミュージカルが好きだったこともあって、歌うことも同じくらい好き」で、両者は「直結している」「両輪でやっていける」ものだという。
「想像力の働かせ方、呼吸や声色の使い方、あと純粋に言葉を感じるセンサーは、両方で学んだことをお互いに還元しているようなところがあって。『カムカムエヴリバディ』で母を演じたり、自分の人生だけではまかなえない経験をさせていただいていることは、感情の引き出しとして、歌う時に支えてもらっている感覚はあります。私の中ではどっちも好きで、切り離せないものになりました」と語る。
今後の展望は「この10年以内に、半年か1年くらいの間、絶対に留学をしたいんです。語学と演劇、歌やダンスといった芸を磨きたい。劇場がたくさんあって舞台をたくさん見られる場所、ニューヨークかロンドンがいいですね」と目を輝かせた。
(取材・文・撮影/水白京)