神谷浩史:「うる星やつら」 新作アニメは「困難」「生半可なことはできない」 古川登志夫へのリスペクト

「うる星やつら」の新作アニメで諸星あたるの声優を務める神谷浩史さん
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「うる星やつら」の新作アニメで諸星あたるの声優を務める神谷浩史さん

 高橋留美子さんの人気マンガ「うる星やつら」の完全新作となるテレビアニメが、フジテレビの深夜アニメ枠「ノイタミナ」で10月13日から放送される。新作は、同作を刊行する小学館の創業100周年を記念して、約36年ぶりにテレビアニメ化されることになった。原作のエピソードを選び抜き、全4クールでテレビアニメ化し、神谷浩史さんが主人公・諸星あたる、上坂すみれさんがヒロイン・ラムを演じることも話題になっている。「うる星やつら」は伝説の作品で、その後の数々の作品に影響を与えた。熱狂的なファンが多いこともあり、新作アニメに拒否反応を起こす人もいるかもしれない。新作アニメは、新しい「うる星やつら」を目指しているというが、それはいばらの道なのか? 原作、1980年代放送のアニメのファンというあたる役の神谷さんは「非常に困難だと思う」「生半可なことはできない」と向き合った。神谷さんに「うる星やつら」、新作アニメに懸ける思いを聞いた。

ウナギノボリ

 ◇“神谷少年”が受けた「うる星やつら」の衝撃 

 「うる星やつら」は、高橋さんの代表作の一つ。高橋さんは、1978年に「勝手なやつら」でデビューし、「うる星やつら」は1978~87年に「週刊少年サンデー」(小学館)で連載された。趣味はガールハントの高校生・諸星あたると、地球に来た鬼族の娘・ラムの日常が描かれた。テレビアニメがフジテレビ系で1981年10月~1986年3月に放送された。新作アニメは、「ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風」などの高橋秀弥さん、木村泰大さんが監督を務め、david productionが制作する。

 「うる星やつら」の連載が始まった当時、衝撃を受けた人も多い。当時、子供だった神谷さんも衝撃を受けた一人だった。

 「コミックスもアニメーションも両方とも楽しんでいました。アニメは、僕がチャンネル権を持ってない時間帯に放送されていたんです。チャンネル権を持っていたのは午後7時~7時半だったんですね。『アラレちゃん(Dr.スランプ アラレちゃん)』は見ることができたけど、実は『うる星やつら』はリアルタイムで毎週見ていたわけではないんです。うちの親からしてみたら、ちょっとエッチなアニメという印象があったようで、あんまり見られなかったんですね。母親がお風呂に入ってる間とかに、こっそり見たり。それでもこれだけ印象に残っているということは、相当好きだったんだと思うんです。もちろんその後もアニメも見る機会が当然あったのですが。コミックスの方が自由に読むことができたんです。お小遣いの範囲の中でコミックスを買えば、いくらでも読めますし」

 神谷さんがあたるを演じることが発表された際、「『うる星やつら』並びに高橋留美子作品全般が、僕の根幹を形成する上で大きな影響を与えているのは間違いありません。なので僕にとって『うる星やつら』は、僕の一部なんだと思います」とコメントしていた。

 「当時、書店で『高橋』と書いてあるだけで反応してましたから。そしたら高橋葉介先生だったり。いや、いいんですよ。『夢幻紳士』、面白いですし(笑い)。それくらい、高橋留美子作品を求めていたんですね」

 高橋さんは「うる星やつら」のほか「めぞん一刻」「らんま1/2」「1ポンドの福音」「犬夜叉」「境界のRINNE」などのヒット作で知られ、現在は「週刊少年サンデー」で「MAO(マオ)」を連載中。デビューから常に第一線で活躍を続けている。

 「怖いくらいですよね。週刊連載は大変だと思うのですが、何十年も続けているんですから。今現時点でも信じられないことが起きていて、伝説に立ち会ってるんだと思います。現在進行形だから、普通に受け止めてしまっていますが、いやいやいや、すごいことなんです。僕が子供の頃から週刊連載をやってるんですよ。とんでもないことです」

 ◇古川登志夫の声、芝居は100%再現できない

 1980年代に放送されたテレビアニメでは、古川登志夫さんがあたる、平野文さんがラムを演じた。古川さん、平野さんの印象が強すぎることもあり、神谷さん、上坂さんの演技が注目される。

 「そもそも新しく『うる星やつら』を作るということでしたので、スタッフのオーダーとしては『以前のアニメのことは気にしないでください』と言われたんです。とはいえ、みんなの中にラム、あたるが刷り込まれています。だから『自由にやってください』と言われても、それは難しい。例えば、ラムは『うち』『だっちゃ』としゃべるけど、あの『うち』のアクセントはほかにはないんですよね。ほかの発音になると、いやそれは違うでしょ……と拒否反応を示すと思います。僕も刷り込まれているので、マンガを読んだら、平野さん、古川さんの声で再生される。ほかのキャラクターも僕の中で構成されてしまっているから、それを覆して全く新しいものを作っていこうとは多分不可能なんです。以前のアニメは完全にマスターピースとして出来上がってしまってるので、それを超えていく、新しいものを作るという作業は、非常に困難だと思うんです」

 神谷さんは「新しいあたるを作っていけたらと思っています!」ともコメントしていた。「困難」ではあるが、神谷さんはどのように新しいあたるを成立させようとしたのだろうか?

 「今回、アニメ化するにあたって、原作の中からよりすぐりのエピソードをお届けするというコンセプトがあり、それを今のアニメーションの技術で作っていきます。原作、以前のアニメ、新しいアニメの三つが存在することになります。原作の好きなシーンをアニメで見た時に、アニメでは意外に印象に残っていなかったり、そうじゃないシーンが印象に残っていたり……ということもあるわけですね。ただ、今回のアニメに関しては、原作で印象に残ってるところは、そのままの形でお届けすることを目標にしている。原作のニュアンスを今のアニメに変換するという作業が必要になってきます。このせりふの言い回しは、以前のアニメだったらこういう形で成立してたけど、原作を踏襲した今回のアニメに当てはめると、もしかしたら齟齬(そご)が出てくるかもしれないと思っていて、僕らの中に刷り込まれているラム、あたるの声、テンション、リズムはあるけれど、今のアニメに落とし込んだ時に、どういうふうに自然に成立させるのか?を考えなきゃいけないところだと考えました」

 もちろん、古川さんへのリスペクトもある。

 「古川さんのリズムはもちろん大切にします。それは、僕の中でも抜けないものなので。ただ、ものまねとしてやるつもりは一切なくて、僕もできない……と実は諦めちゃっているところもあります。古川さんの声、お芝居を100%再現できるんだったら、やりたいけれども、それはできない。あくまで僕のフィルターを通したあたる像というものを作らなきゃいけない。それが新しいあたるにつながっていくんじゃないかなと思います。僕は古川さんじゃないので、やっぱり別物にはなるし、新しいものになっていくはずです。今できる最大限の『うる星やつら』を作っていくプロジェクトだと思ってるので」

 ◇声優を続けてこられてよかった

 原作、1980年代に放送されたアニメへの愛がある。愛が強すぎるから、新しい作品に拒否反応がないわけではない。それでもやりたい……という複雑な思いがある。

 「ウワサで『うる星やつら』をまたやるらしい……と聞こえてきた時、やめろやめろ、生半可な気持ちでやれるもんじゃねえから!と思っていました。僕は、原理主義者ではないけれど、原作、過去のアニメを大切にしている世代だし、新しいものに対して、いや、それは違うだろう……と言い始める老害に近いので。だけど、オーディションのお話をいただくと、それはそれでまた話が違うわけです。もし、関わることができるんであれば、やりたい。事務所の先輩である古川登志夫さんが過去に演じられていた役ですし、やっぱりほかの人に渡したくないわけです。絶対、僕がやりたい!となるんです」

 「当然のことながら下手なことはできない」という強い思いもある。

 「僕自身、やっぱり古川さんのお芝居が大好きなんですよね。あそこまでいい加減な少年を演じ切って、古川さん自身はもうそういうところがみじんもない方ですし、そのギャップがすごくて、やっぱり古川さんはすごいんです。プレッシャー以外の何ものでもないのですが、好きな作品だし、憧れていたので、自分がやれるという多幸感はとてつもないです。古川さんが、僕という存在を認識してくださっていて、ある程度のキャリアを積んできているところも尊重してくださっていて、『自由にやればいいんじゃないの』とお話しいただいている。その言葉を受けて、皆さんに楽しい時間を提供することを念頭に置きながら、作っていきたいと思っています」

 実際に収録が始まると「やりたい!」という気持ちがさらに強くなった。

 「現場に行って、そこで初めてキャラ表を見たんです。これが今回のアニメの新しいラムちゃん、あたるなんだ!となり、そこに『浅野直之』の名前があるんです。浅野さんじゃん! このスタッフは本気なんだ!となったんです。浅野さんは天才なんです、猛烈にうまいんです。宇宙人、人間、人間以外の生き物から何でも全て表現できてしまう人なんです。この作品、この世界を表現するにあたって、この人のほかにいない。すごいことが起きるかもしれないぞ!と改めて思ったんです。喜怒哀楽の表情もそこに描いてあって、この絵で動くんだとしたら、これは絶対面白いぞ!と。絶対やりたい!という気持ちがさらに強くなりました」

 葛藤もあったようだが、神谷さんは真摯(しんし)に役に向き合っている。

 「『もうちょっと若めにお願いします』などとオーダーを受けて、こういうふうにやったら若くなるかな?と考えながら本番のテークを録(と)って……と僕にとってすごく楽しかったんですよね。みんなのDNAに刷り込まれている『うる星やつら』のキャラクターたちがあって、僕の肉体を使って、最大公約数にどこまで近付けるか……という作業が楽しくて。しかも浅野さんの絵で動くわけで、これは面白いぞ!となったんです。楽しくて、気がついたら汗だくでした。この年になって、自分が声優になる前に、大好きで憧れて読んでいた作品に関われるという経験ができるとは思っていなかったんです。新人の頃でしたら、自分がまだ仕事していなかった頃の作品がアニメ化されて、関われるという期待もありましたけどね。声優を続けてこられて、こういう経験させてもらえるんだ!と本当に続けてよかったと思いました」

 ◇ラムちゃんだ!となった上坂すみれの演技

 新作アニメは、三宅しのぶ役の内田真礼さん、面堂終太郎役の宮野真守さん、錯乱坊役の高木渉さん、サクラ役の沢城みゆきさんら豪華キャストが集結した。神谷さんは、収録の様子を「この作品に対する思い入れ、気合がすごい。せっかく関わるんだから、何かやってやろう!という感じがすごくある。昔のアニメ以外認めないみたいという原理主義者の方はいっぱいいると思います。実は、僕もその一人です。だから、生半可なことはできない。楽しんで、もっと面白くしてやろう!という考えの人が集まっています」と語る。

 共演者から刺激を受けている。例えば、面堂役の宮野さんは……。

 「面堂は、育ちと見た目がいいけど、あたるとは中身はほとんど変わらない。演じるマモちゃん(宮野さん)のアプローチが全く新しいんです。力技で面堂を成立させているんです。もう、マモちゃんなんですよ。神谷明さんが演じる面堂は神谷明さんで、神谷明さんは唯一無二すぎる。あの面堂に寄せるというのは、かなり困難だと思います。マモちゃんは、ギャグもシリアスも両方できる今の声優界の一流の声優です。今の一流の声優が面堂をやったらこうなる……というものを見せてくれるので、すごく楽しいんです」

 チェリーこと錯乱坊役の高木さんの存在感も強烈だという。

 「以前は永井一郎さんが演じていらして、永井さんはやっぱり国民的なお父さん像というものを背負いながら、シリアスからコメディーまで何でもできる俳優さんで、僕も大好きです。チェリーは難関じゃないですか。単なるおじいちゃんでもないし、怪しさ、説得力、ギャグに振った時の瞬発力、突破力が必要です。それを兼ね備えた人は誰だろう?と思ったら、高木渉がいたんです! 渉さんが、力技でチェリーを演じるんですよ。無茶苦茶だなと思って(笑い)。渉さんが出てくる度に面白くて」

 ラム役の上坂さんの演技も注目される。

 「上坂すみれに対するそれまでの印象が全然なくて。なんか変なヤツだなぐらいにしか思ってなかったんですよ。それを本人に言ったら『私もそう思う』と……。まあ自虐的な人なんで。でも、声を聞いたら、もうラムちゃん以外の何ものでもないんですよね。びっくりしちゃいました。実は試験的に作ったPVがあって、それはオーディションのせりふを流用したもので構成されているんです。それを聞いても、ラムちゃんだ!となった。オーディションの段階で、上坂すみれは、ラム以外の何ものでもなかったんです。バランス感覚がすごく絶妙で、上坂すみれ、すげえ……となった。そのラムちゃんがいてくれたからこそ、僕はあたるになれた。隣のマイクで収録している時は、ラムちゃんとして認識しています。彼女の顔は全く浮かばないです。すごく不思議な感覚です」

 新作アニメは、豪華キャストに豪華スタッフが集まり、原作、1980年代に放送されたアニメに対する愛とリスペクトを込めて、新しい「うる星やつら」を作ろうとしている。

 「毎回、『今回は楽しかったな。お疲れ様でした!』と帰るんです。僕もそうだし、キャストもみんなそうなんです。みんな、この作品が好きで、関わって楽しいし、関われることが幸せなんですよね。やっぱり、みんなが原作の魅力に取りつかれているんだと思うんです。この作品には抗(あらが)えない魅力があるんです。今回、『うる星やつら』をリアルタイムで体感できるチャンスですし、このタイミングで見られることが、とても幸せだと僕は思っています。ラムちゃんは世界的なアイコンじゃないですか。『うる星やつら』、ラムちゃんに人生を狂わされた人がいっぱいいます。それぐらい影響力があった作品が、再びアニメ化する。見ておいて損はないです。何かが始まるんだ!と思っています」

 神谷さんの力強い言葉を聞いていると、新しい「うる星やつら」に期待が高まる。これまでのファン、「うる星やつら」を知らなかった世代も楽しめる作品になるはずだ。

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