もういっぽん!:リアルな柔道をアニメで表現 青春の空気感を描く

「もういっぽん!」の一場面(C)村岡ユウ(秋田書店)/もういっぽん!製作委員会
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「もういっぽん!」の一場面(C)村岡ユウ(秋田書店)/もういっぽん!製作委員会

 「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載中の村岡ユウさんの柔道マンガが原作のテレビアニメ「もういっぽん!」。自身も柔道経験者であり、「むねあつ」「ウチコミ!!」といった柔道マンガを手がけてきた村岡さんの最新作が原作で、女子高生たちが柔道に青春を懸ける姿が描かれている。1月にテレビアニメがスタートし、躍動感あふれるリアルな柔道シーンが話題を呼んでいる。アニメを手がけるタツノコプロのレーベル・BAKKEN RECORDの大松裕プロデューサーは、「もういっぽん!」をアニメ化する上で「原作の空気感を壊さないこと」「柔道をごまかさずに描く」ことにこだわったという。制作の裏側について聞いた。

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 ◇自然体の女子高生を描く原作の魅力

 「もういっぽん!」は、2018年10月から「週刊少年チャンピオン」で連載中のマンガ。中学最後の試合を機に、柔道を辞めることを決意した主人公・園田未知は、青葉西高校へ進学後、部員不足で活動を休止していた柔道部へ入部し、仲間と共に再び柔道に青春をささげることになる。

 大松プロデューサーは、「もういっぽん!」のアニメ化の企画が立ち上がり、原作を読んだ時、「ピンとくるものがありました。アニメーションになりそうだなという予感がありました」と語る。大松プロデューサーが感じた原作の魅力の一つが「女の子の描き方」だった。「もういっぽん!」のキャラクターは、女性的な体形を過度に表現しておらず、“柔道をやっている女子高生”がリアルに描かれている。

 「さまざまなアニメ文化を否定するわけではないのですが、女の子を極端に表現をするようなデザインが個人的に苦手でして、なるべく自然体で描かれているようなキャラクターに魅力を感じるんです。『もういっぽん!』はキャラクター及びデザインに好感を持てるというか、親近感を持つことができました。やはり村岡先生も柔道をされていた方で、いろいろなことをロジカルに、リアリスティックに考えられる方だと思うんです。『もういっぽん!』は、等身や足の長さなど絵にもすごくリアリズムがあって、非常にいいなと思いました」

 「勝利至上主義ではない形のスポーツマンガ」としての魅力も感じたという。

 「『もういっぽん!」も弱小チームが強いチームを倒していくようなアンダードッグプロットというジャンルの作品ではあると思うのですが、それでいて必要以上にキャラクターたちがガツガツしていない。もちろんみんな向上心はあるのですが、それよりは一人一人の青春であったり、一人一人の思いを、勝利至上主義ではない形で描いている。僕自身がこれまで読んできたサッカーマンガや野球マンガとは違う、良い雰囲気があるなと今でも思っています」

 ◇難しい柔道シーンを逃げずに表現

 大松プロデューサーが説明するように、「もういっぽん!」には、往年のスポ根マンガとは異なる魅力がある。アニメ化する上で最も重要視し、かつ苦労したのは、柔道シーンだった。

 「柔道をごまかさずに描くということ。これは最初から考えていたことです。実は、柔道アニメってほとんどないんです。恐らく柔道アニメと言われて、99%の人が思い浮かぶのが『YAWARA!』だと思うのですが、近年はほぼありません。だから、アニメにおいて柔道演出はなかなか発展しなかったんです。『YAWARA!』も今見ると、当時のスタッフの方々がいろいろなことを研究されて制作されていたことを感じるのですが、今の時代では、もう少し突っ込んでやらないと許されそうにないなと思いました。止めの絵で流背(=流線背景の略。背景の流線でスピード感を表現する)でごまかすやり方ではなく、柔道のリアルな動きをトレースした形で逃げずに表現することを目指しました」

 柔道アニメは、複雑な動きが多く、スポーツアニメの中でも最も描写が難しいという。制作スタッフは、柔道の試合の映像を見たり、女子校の柔道部に取材し、原作のシーンを再現してもらったりと、リアルな柔道シーンの再現のため研究を重ねた。

 「ふんだんに資料がある状態から始めたのですが、柔道の描写をアニメで成立させることはかなり大変で、そもそも絵コンテの段階から計算しなければダメなんですよね。柔道のことに詳しい演出家ばかりではないので、『これはどんな動きをしているのか分からない』という絵コンテが上がってくることもあり、荻原(健)監督が修正をすることも多かったです。柔道は、相手の道着をつかんで、背中に乗せて、投げるというような、そもそもイメージしづらい動きも多い。こっちの手はここを持っているけど、もう一方の手はどうなっているんだ?と。さらに、キャラクターのバランス、ポーズも計算しなければいけないので、相当なスキルがないと描けないんです。絵コンテから作画、演出としてチェックしていくのも、非常に難易度が高い」

 監督はじめ制作スタッフが、試行錯誤しながら時間をかけて作り上げた柔道シーンは、思わず息を止めて見入ってしまうような迫力がある。さらに、臨場感を表現するため、観客、会場の描写にもこだわったという。たしかに、試合のシーンでは、主人公の未知ら青葉西高校、対戦相手のチームのほかにも、待機している他校の選手、審判まで“うそがなく”表現されている。

 「アニメのモブシーンは、商業アニメが始まって以来、ずっと“泣きどころ”なんです。キャラクターが後ろにたくさんいるというのを、どう表現するかは商業アニメにおいては苦闘の歴史です。今回はそこのさばきをどうするのか? 非常に四苦八苦して、かなり時間をかけてやりました。ちょっとバカ正直にやりすぎたという気持ちがないわけでもないのですが(笑い)、やはり令和の時代に柔道アニメやるのであれば、これぐらいやらなきゃいけないのかなという思いもありました。結果として、情報量も増えましたし、よかったなと思っています」

 ◇キャラクターの心情をじっくり見せるテンポ感

 リアルな柔道シーンに加え、アニメ化のもう一つの軸となったのが、「原作の空気感を壊さないこと」。原作では一人一人のキャラクターの心情が丁寧に描かれており、読む側も思わず手を止めてしまうような印象的な見開きのシーンが多く登場する。じっくりと見せる原作のテンポ感は、アニメでも表現されている。

 「テンポに関しては、アニメでことさらこうしようということではなくて、原作の良さをトレースしていくと、結果として、いい意味でゆったりしたテンポ感になりますし、空気感にもなる。また、アニメーションになると、間(ま)をいかに置くかが非常に大事なんです。村岡先生の原作のテンポが素晴らしいことは大前提で、荻原監督がそれぞれのキャラクターが話すタイミングや間にすごく気を使って作ってくれていると感じます。その結果、視聴者の方にしっかりとキャラクターを見ていただけるようなムードを作ることができているのかなと思います」

 大松プロデューサーは「原作の持つ青春感を大切にしたい」といい、「青春は、人間が一番エネルギッシュな時。時間がたってから『あの時はこうだったよな』とノスタルジーに浸っていただくのが、青春モノの醍醐味(だいごみ)です。青春を通過した方々に、振り返ってみて自分にもあんな時があったのだなと思ってもらい、それが今という時間に活力として循環してくれれば青春モノとしての意義も深まると思うので、アニメでは、そういうところも楽しんでいただけるとありがたいなと思います」と語る。

 「もういっぽん!」が描く等身大の女子高生のリアルな青春をアニメで表現するべく、制作スタッフは難易度の高い作業に果敢に挑戦している。今後、アニメでは青葉西高校が高校柔道3大タイトルの一つ、夏の金鷲旗(きんしゅうき)に挑むことになる。柔道に青春をささげる少女たちの活躍を最後まで見守りたい。

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