幸せへのキセキ:原作者ベンジャミン・ミーさんに聞く「あきらめることは失敗を意味する」

映画「幸せへのキセキ」の原作者ベンジャミン・ミーさん
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映画「幸せへのキセキ」の原作者ベンジャミン・ミーさん

 米俳優のマット・デイモンさんが妻に先立たれた2児の父親にふんし、廃園寸前の動物園の再開に向けて奮闘する姿を描いた感動作「幸せへのキセキ」が、8日に公開された。英国の新聞コラムニスト、ベンジャミン・ミーさんの体験記の映画化で、メガホンをとったのは「あの頃ペニー・レインと」(00年)や「バニラ・スカイ」(01年)などの監督として知られるキャメロン・クロウさん。映画化の話を聞いたとき、「正直、大変躊躇(ちゅうちょ)した」と話す原作者のミーさんに、当時の胸の内や、完成した映画を見た感想などを聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 「ハリウッドは一つの大きなマシン。人の人生を破壊しかねない。(映画化の)許諾書にサインするときには手が震えました」と当時を振り返るミーさん。しかし、出来上がった映画を見てからは「僕は本当にラッキーでした。それもこれも、クロウ監督やデイモンという温かい人たちが誠意を持って作ってくれたお陰です」と考えを改めた。

 5月に初来日した際には、11歳の息子と9歳の娘も連れて来た。映画化のそもそもの発端は、08年に出版されたミーさんの著書「We Bought a Zoo」だった。この本には、作家暮らしをしていたミーさんが、廃園寸前の動物園を買い取り、それを再開させた体験が記されている。

 04年にミーさんは、動物の心理についての本を書くために、妻キャサリンさんと2人の子供とフランスで暮らしていた。そんな中、キャサリンさんが脳腫瘍(しゅよう)と診断される。闘病生活を続けていると、英国南西部デボン州にある動物園付きの家屋の物件案内が、ミーさんの妹から送られてきた。「僕の最終的な目的は動物の研究」というミーさんにとっては、またとない物件。だが、キャサリンさんは反対した。「僕たち夫婦は、僕がクレージーなアイデアを出すと、彼女がそれを止める、というようなバランスが取れた関係でした。そもそも英国からフランスに引っ越したのは本を書くため。その本も書いていないのに今度は動物園を買うだなんて何事ですかと、彼女にはいわれました」と振り返る。それでもミーさんはこの件を押し切った。その理由は「自分が買わなければ動物園は閉園され、飼育されている200匹の動物たちも殺処分されてしまう。それが僕には耐え難かったのです」と話す。そんな夫の思いを、最終的にはキャサリンさんも認めてくれた。

 そして06年10月、動物園を購入した。一家は再び英国へ。購入資金は同居話が出ていた母親が当時住んでいたロンドン近郊の家を100万ポンド(約1億2300万円)で売って工面した。そのほかにも、園の修繕費に100万ポンドが必要だった。「銀行からは50万ポンドの融資が限度。借りられても、(07年)夏までにオープンできないと資金繰りが続かなくなり、破算というリスクを抱えてのスタートでした」という。だが、ミーさんはそれをやってのけた。その一方で、病気が小康状態だったキャサリンさんは、7月の再オープンを前に40歳で亡くなった。

 そうした体験を基に今回の映画が作られたわけだが、デイモンさんが自分を演じたことについて、ミーさんは「シュールを超えたシュール」と表現する。「映画を見ていると、物語に引き込まれて自分のことであることをつい忘れてしまうんです。ところが、マットが電話をとって『ベンジャミン・ミーです』という場面に出くわすと、またも現実に引き戻され、これは僕の話だと実感する。それはすごく不思議な感覚です」と笑う。

 再開した「ダートムーア動物園」には、現在、ライオンやヒグマなど47種の動物が、合わせて250匹ほどいる。経営状態はここ5年ほど上向きで、とりわけ今年は映画公開のお陰で25万人の来園者が見込めるというが、それでも問題は抱えている。この取材の2日前には、税務署から今年の税金を一括で払うようにいわれたそうだ。「今年のイースター(復活祭)の連休はお客さんがたくさん来てくれて利益も上がりましたが、それだけでは税金をまかなえません。でも、これまでも数々の修羅場をくぐり抜けてきているから、今回も妖精が飛んで来て魔法をかけてくれるだろうと楽観的に構えています」と前向きだ。

 インタビューの途中、ミーさんは「常に持ち歩いている」という1枚の紙を見せてくれた。それは動物が持つユーモアのセンスについての、出版社からの本の執筆依頼書。日付には2010年とある。「自分の目的はこれだといい聞かせながらこれまでやってきました。将来的には、オランウータンやゾウも動物園で飼育し、彼らと日々遊べたら。また、それが仕事と呼べるなら、それに越したことはありません」と話す。「あきらめることは失敗を意味する」、または「実行してみれば、たとえ不可能に思えることでも成功するチャンスはある」、そう考えているミーさんの挑戦はまだまだ続く。

 <プロフィル>

 1965年、オーストラリア・メルボルン生まれ英国育ち。英国の日刊紙「ガーディアン」でコラムニストを務めていたが、英デボン州にある荒れはてた動物園つきの物件を購入。07年7月、その「ダートムーア動物園」を再開させる。その間、妻キャサリンさんを脳腫瘍で失うなど多くの試練を乗り越え、その様子をつづった本「We Bought a Zoo」は08年に刊行され、英国でベストセラーとなった (日本では興陽館から「幸せへのキセキ−動物園を買った家族の物語」として刊行)。現在は動物園の経営と講演に時間を割く日々。2児のよき父親でもある。

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