万能鑑定士Q モナ・リザの瞳:佐藤信介監督に聞く「僕なりのパリを撮る」ことに腐心

最新作「万能鑑定士Q モナ・リザの瞳」について語った佐藤信介監督
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最新作「万能鑑定士Q モナ・リザの瞳」について語った佐藤信介監督

 累計400万部を突破した松岡圭祐さんの人気ミステリー小説「万能鑑定士Qの事件簿」シリーズを、綾瀬はるかさんをヒロインに迎えて映画化した「万能鑑定士Q モナ・リザの瞳」が、5月31日から全国で公開された。メガホンをとったのは、前作「図書館戦争」(2013年)をヒットさせた佐藤信介監督。ヒット作直後の今作を作るにあたっての心境と撮影裏話を聞いた。

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 今回の映画について佐藤監督は「純粋に、この作品(原作)にほれて作りたいと思いました。映画が当たる、当たらないということに関しては、あまりほめられたことではないかもしれませんが、運を天に任せて的な部分があります。でも、ことこの作品に関しては、やりたいことをやって作り上げたという自負があります」と胸を張る。

 映画「万能鑑定士Q モナ・リザの瞳」は、綾瀬はるかさんふんする“天才鑑定士”凜田莉子が、松坂桃李さん演じる雑誌編集者・小笠原悠斗とともに、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画“モナ・リザ“に隠された謎と、贋作をめぐる陰謀に迫るミステリーだ。原作小説は12巻まであるが、今回はあえて9巻目に挑んだ。「当然ですが、原作の9巻は、1巻から8巻があってのもの。それまでのキャラクターや情報が積み重なった上でシーンが書かれている。ですから、今回僕らがやらなければならなかったのは、新たに、この人たちはこういう人物だと打ち出すシーンを作り出すことでした」。

 そう佐藤監督が指摘するように、莉子と小笠原、それぞれの初登場シーンでは、2人がどのような人物かを端的に説明するエピソードが用意されている。その上で、莉子と小笠原それぞれの活躍の場を作るなど、「映画における2人のバランス」を考えながらストーリーを組み立て、最終的には「初対面の2人が、この映画を通じてコンビになっていく。そんな2人の活躍を応援したいと思ってもらえる2時間にしたかった」と狙いを明かす。

 「GANTZ」シリーズ(11年)や「図書館戦争」では、俳優たちの体を張ったアクションが見どころの一つだった。それに比べると今作は、アクションシーンはないに等しい。それについて佐藤監督は「僕らはよく『舌戦』という言葉を使っていましたが、(相手との)語り合いが戦いにならないかと考えた」と話す。そう聞くと、しゃべりだけでは動きがないと思いがちだが、佐藤監督は「そこにもちゃんと動きはある。その人の表情や特徴、そのとき歩いたのか振り返ったのか、あるいはハッとしたのか……そういう多彩な動きがある」と説明する。その上で今作における鑑定シーンでは「細かいところを見つける鑑定士の目線やイメージといった、ある種、莉子の脳内が垣間見られる映像」を意識し、カメラをスライドさせたり、被写体にぐっと寄っていったりなど、「趣向を変えて、いろんなパターンで攻めていった」という。

 その、カメラを向けた一人が、莉子を演じた綾瀬さんだ。佐藤監督が綾瀬さんと組むのは、09年に綾瀬さんがヒロインの声を演じたアニメーション「ホッタラケの島」(09年)以来。今回、実際に動く綾瀬さんを撮って感じたのは「綾瀬さんはほがらかで、ぽわっとしているイメージが先行していますが、意外と演技に対して、ある種、われわれが役者に対して一歩引いた見方をするのと近い、非常にドライで客観的な視点を持っている」ということだった。

 例えば鑑定シーンでは「品物を一つ一つ手に取ってせりふをしゃべったり、相手が理解できなくても早口でしゃべったり」といろんなパターンで撮っていったそうだが、その都度、綾瀬さんは「軽快なスポーツ感覚」で応じていたという。そんな綾瀬さんの器用さに佐藤監督は「こちらが出すいろんな要望を『オッケー、オッケー』とそつなくこなしてくれる。そういうことは、まず、腕がないとできないことですし、ある種の感性がなければなかなか決まらないものですが、綾瀬さんは気軽にできているような印象を受け、そのあたりにすごさを感じました」と感心する。

 一方、松坂さんに対しては、これまで演じてきた役から「クール」という印象を抱いており、小笠原役に決まった当初は「うだつが上がらない小笠原のイメージにそぐわない気がした」と打ち明ける。しかし実際に会ってみると「非常に柔らかく朗らかな方」で、小笠原という役がむしろ、「(松坂さん)本人のいい部分が出せる役。おっちょこちょいっぽく振る舞って小笠原を演じるというのではなく、役に自然に溶け込んでいて、それがすごくよかった」と最初に抱いたイメージがいい意味で覆されたことを喜ぶ。

 また、松坂さんは小笠原を演じる上でいろいろなアイデアを自ら出したそうで、「最初からキャラクター作りに非常にまっすぐな意見と世界観を持ってから挑まれている」と強く感じたという。小笠原がかけているメガネも、実は松坂さんのアイデアで「最初は、うだつが上がらないからメガネというのはやり過ぎじゃないかと思った」そうだが、「撮影していると、その世界観がだんだんはまってきて」、最終的には「小笠原といえばあの感じ。ホームズに対するワトソンのように、探偵のコンビ感が醸し出されている」と思えるようになっていったという。

 敬愛するエリック・ロメール監督の作品を意識したというパリでの撮影では「観光的なカットはありながらも、自分がこれまで映画を撮ってきた美意識のなかでのフランスらしいパリ、僕なりのパリを撮る」ことに腐心したと話す。そのため、あたかもパリで暮らし、その空間を熟知した人が撮った映像になるよう、「あれほどロケハンしたことはないというほどロケハンをした(笑い)」パリのカフェに始まり、「この映画に合わせた空間のとらえ方を毎カット毎カット設計」して撮影を進めていったという。

 とりわけアピールするのは、ルーブル美術館の撮り方だ。入り口から入ると、手前にピラミッド、奥に美術館が見えるという、「いつも撮られているカット」ではなく、あえて裏口から入るという、佐藤監督いわく「ルーブルのカットはここで撮るのが正解なんじゃないか」と考えたカットを採用した。肝心のルーブル内部の撮影については、万一、脚本審査で許諾が下りなかった際の、「パリや日本でルーブルっぽいところを探す」というバックアップも考えていたそうで、「今考えると非常に無謀なこと。(それで撮影した場合)これのどこがルーブルだと思われるでしょうね」と苦笑する。しかしそういった心配は、ルーブル側からの許可が下りたことで徒労に終わり、シナリオの流れに沿った撮り方ができたという。

 さて、事件の真相につながる伏線がいろいろとちりばめられた今作だが、そのちりばめ方にはさりげなさが要求された。音がヒントになるところも「音を出せば出すほど(観客は)それを覚えてくれますが、それではいかにも“伏線フラグ”が立ってしまう(笑い)」。そのため、「ちょっと分からないけどちょっと分かる」というニュアンスになるよう試行錯誤しながら編集していったという。

 愚問と思いつつ注目してほしい伏線を聞くと、「それを話すと、観客のみなさんがそこを見てしまいますからね。逆にそこは見てほしくないんです」と笑顔を見せる。そして、「この映画は、どういう話が進んでいるのだろうと投げ出されたまま見たほうが面白いと思いますし、そういう構造にしています。もちろん、原作を読んでからでも、『あれがこうなったんだ』という面白さはありますが、(情報を仕入れず)何も知らないまま見にいくのは、一つの楽しみ方だと思います」と、佐藤監督なりの鑑賞の仕方を教えてくれた。映画は5月31日から全国で公開。

 <プロフィル>

 1970年生まれ、広島県出身。武蔵野美術大学在学中に脚本・監督を務めた16ミリ短編映画「寮内厳粛」が「ぴあフィルムフェスティバル94」でグランプリ受賞。2001年「LOVE SONG」で監督メジャーデビュー。「修羅雪姫」(01年)、「COSMIC RESCUE The Moonlight Generations」(03年)、「砂時計」(08年)、「GANTZ」(10年)、「GANTZ:PERFECT ANSWER」(11年)などを監督。09年の「ホッタラケの島~遥と魔法の鏡~」は、モントリオールファンタジア国際映画祭長編アニメーション部門特別賞などを受賞。脚本家としても活躍しており、手掛けた作品に「春の雪」(05年)、「県庁の星」(06年)などがある。12年にはテレビドラマ「ラッキーセブン」のシリーズ構成、演出を担当した。13年公開の「図書館戦争」は興行収入17億円を超えるヒットとなった。

 (インタビュー・文・撮影:りんたいこ)

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