悪童日記:ヤーノシュ・サース監督に聞く 双子の少年の「頭の中で起こっている戦争を描いた」

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 1986年にフランスで刊行され、世界的なベストセラーとなったハンガリーの作家アゴタ・クリストフさんの「悪童日記」が、同じハンガリー人のヤーノシュ・サース監督によって映画化され、3日に公開された。第2次世界大戦下、疎開のために祖母の家に預けられた双子の兄弟のサバイバルを描きながら、残酷な大人社会を映し出していく。このたび来日したサーシュ監督は「戦争そのものは出てこないが、これは戦争映画。登場人物の頭の中で戦争が起こっていることをデリケートに描いたつもりだ」と話している。

ウナギノボリ

 ◇暴力的でありながら美しく愛ある原作にほれ込んだ

 映画の舞台は戦時下のハンガリー。「大きな町」で両親とともに幸せに暮らしていた双子の少年が、母方の祖母が住む「小さな町」に預けられる。祖母と母親は折り合いが悪かったらしく、兄弟は祖母から歓迎されない。肉体労働を課せられ、大人からは暴力をふるわれる。2人は生きていくために「学び続けなさい」という母親との約束を守りながら、お互いを殴り合う肉体鍛錬や、死に慣れると称した精神鍛錬など奇抜な方法を試みながら、厳しい生活をサバイバルしていく。

 この原作の映画化には、ポーランドのアグニェシュカ・ホランド監督やデンマークのトマス・ビンターベア監督などの名前が挙がったが、15年かけて映画化権を獲得したのは、原作者と同じハンガリーのサース監督だった。

 「原作を読んだときから、映画化を熱望していました。簡潔に客観的に書かれている小説のスタイルに魅了されたんです。冷たく、生々しく、暴力的でありながら、同時に美しさもあった。冷淡さの中に、愛の熱があるのを感じました」

 映像化するにあたり、特に大事にしたことは、原作の持つ簡潔さだった。監督の自分が前に出ず、自然な流れで撮っていくことを大切にした。脇役のベテラン俳優たちには、素人である双子役の少年たちの芝居に合わさせ、演じ過ぎないフラットな演技を求めた。

 主役の“悪童”役を演じるアンドラーシュ&ラースロー・ジェーマント兄弟は、ハンガリー中の小学校を探し回って見つけ出した。劇中、兄弟は自分たちの頭で考え、決して大人に屈したり従属したりしない。そんな強い精神力を持つ役柄が、目鼻立ちの整った2人によって、より強固に印象づけらる。

 「ジェーマント兄弟は感受性も豊かでとても美しい。演じようと考えない彼らの持つ純潔さを大切にしていきました。彼らは実際に貧しい村出身で肉体労働にも慣れていました。継父からたたかれて育ったそうです。だから、暴力がどんなもなのかをよく知っていました。彼ら自身に闘った経験があるから、背景にある戦争について細かく説明する必要はありませんでした」

 ◇これは戦争の出てこない戦争映画だ

 映画は、双子の少年たちが次第に暴力性を強めていき、冷血になっていく姿を、日記をつづるという形で客観的に追っていく。原作に描かれている性描写や暴力描写は思い切ってカットした。暴力描写をどうバランスをとって見せていくかに苦心したという。

 「暴力の背景にあるのが戦争。原作には戦争が直接出てはきませんが、私は戦争の出てこない戦争映画を作ることを意識しました。大人たちのモラルは戦争によって形づくられ、戦争は彼らの頭の中にあって、その行為の中にもあるのです」

 原作者のアゴタ・クリストフさんとは何度も会って、友情を深めていったという。しかし2011年7月、映画の準備段階でクリストフさんの訃報が届く。「最初はクリストフさんに脚本を依頼していた」とサース監督は明かす。

 「断られました。クリストフさんはとても聡明な方で、映画と小説は違うことをとてもよく理解していました。そのため、脚本家のふりをすることもなかったのでしょう。出来上がった脚本を見せると、とても気に入ってくれましたよ。ただ一つだけ、少年たちが豚と一緒に穴ぐらで寝るシーンについて、『そんな臭いところで寝られるわけがないでしょう! あなたは本当に都会育ちなんだから!!』と怒鳴られましたが(笑い)。私はしょっちゅうクリストフさんに連絡をしました。死を前に悲観的になっていたから励ましたかった。キャストも見せられなかったし、完成に間に合わなくて、とても残念で悲しいです。クリストフさんにこの映画を見て喜んでほしかった。そして、私をハグしてもらいたかったです……」

 出演はアンドラーシュさん、ラースローさんのほか、ピロシュカ・モルナールさん、ウルリッヒ・トムセンさん、ウルリッヒ・マテスさんら。3日からTOHOシネマズシャンテ(東京都千代田区)ほかで公開中。

 <プロフィル>

 1958年生まれ、ハンガリー・ブダペスト生まれ。演劇映画アカデミーで演出を専攻後、ブダペストの国立劇場で4年間を過ごす。80年代半ばから映像作家として活躍。「Broken Silence」(2002年、スティーブン・スピルバーグ製作)、「Opium−Diary of a Madwoman」(07年、ポルト国際映画祭優秀作品賞ほか)などがある。また、ブダペスト演劇映画アカデミーにおいて俳優上級クラスの講師も務めている。

 (インタビュー・文・撮影:キョーコ)

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