最愛の子:ピーター・チャン監督に聞く「どんな人にも善良な面がある」

映画「最愛の子」について語るピーター・チャン監督
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映画「最愛の子」について語るピーター・チャン監督

 誘拐された子どもが数年後発見されて家に戻ってきた……。中国で実際に起きた信じられない事件を基に、生みの親と育ての親の葛藤を描いた「最愛の子」が16日から公開された。ラブストーリーからアクション大作まで幅広い作品を手がけるピーター・チャン監督の最新作で、中国で年間約20万人の子どもが行方不明になっているという社会問題をあぶり出しながら、親の愛情の深さに焦点を当てた人間ドラマ。このほど来日したチャン監督に作品について聞いた。

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 ◇前半は生みの親、後半は育ての親にスポットを当てた

 映画の基になったのは、2008年に起きた誘拐事件だった。当時3歳だった男の子が行方不明になり、3年後の11年に発見され、親元に戻ったという実話を基にしている。そのドキュメンタリー番組を見たチャン監督は、「誘拐された息子を捜す両親が養母に出会う」という信じられない光景と、事件のドラマチックな部分に引かれたという。

 「農村に住んでいた養母は、夫が誘拐してきた子どもだとは知らず、我が子として育てていました。養母には子どもがなく、夫がもらってきた子だと思っていたのです。農村部では男尊女卑が当たり前。子どもがいない女性は立場がありません。養母もまた被害者ではないかと感じました」と語る。

 今作は誘拐犯の妻である養母を断罪することはない。あきらめずに捜し続ける生みの父親。離婚をして再婚した新しい夫との間に妊娠を望まない生みの母親。我が子同然に育てていた養母。誰かに偏ることなく、3人の親の愛情を平等に浮かび上がらせた。

 「中国では『誘拐は悪いことだから、知らなかったとはいえ養母は悪い』という感想もありました。一般的な意見としては分かりますが、実際に養母と会ったり、調べたりするうち、彼女を人間らしい良い母親であると思いました。生みの親側から描いた前半と、養母側から描いた後半、全く異なった角度で展開されるのは、相手の立場になって考えてもらいたかったからです。人間は自己中心的だけれど、どんな人にも善良な一面があるのだと信じたいのです」

 中国で1980年代以降に急増した子どもの誘拐と人身売買について、チャン監督は「買う人がいるから売る人がいる」と憂える。長年続いた一人っ子政策や男尊女卑、貧富の差、経済発展から取り残された地域といった社会問題を挙げながら、「問題をわざわざ描き出そうとはしたのではなく、事件のディテールを描くうちに社会背景が映り込んだ」と説明する。

 ◇子どもにとって大事なのは一緒に過ごした時間

 しかし「生みの親が離婚している設定」や「ラストへの展開」などのフィクションによって、より社会背景が際立つ内容になった。特に「人によって見え方が違うと思う」とチャン監督自身が話すラストは、演じるビッキー・チャオさんと意見が分かれたとか。

 そのチャオさんは「中国四大女優」の一人。必死に子どもを取り戻そうとする養母役に全編ノーメークで挑み、香港のアカデミー賞と呼ばれる金像奨で最優秀主演女優賞など数々の賞を受賞した。生みの父親を演じたホアン・ボーさんは「西遊記 はじまりのはじまり」(13年)など出演作すべてを大ヒットさせ、中国で今、最も集客力があるといわれる俳優だ。人柄の良さをにじませる芝居に引きつけられる人も多いだろう。

 「香港が中国に返還される前は、中国は閉ざされていて遠い存在でしたが、今や世界中で中国語が聞かれる時代になりました。まだまだ私の中国への理解が足りないかもしれない」と話すチャン監督。「人間の情や温かさが社会に希望をもたらしてくれるのは、どの国も同じ」と語る。

 自身には9歳の娘がいる。もともと「親の愛情は関心のあるテーマだった」という。

 「娘が生まれる前は、養子をとろうと思っていたこともありました。生まれてからも養子をと思い、公平に愛せる自信があったのです。でも、実際に我が子を育てていくうちに、その自信はなくなりましたね。子どもにとって大事なのは血縁うんぬんではなく、一緒に過ごした時間です。暮らしの中の悩みを自己探求できることが、私にとって映画作りの醍醐味(だいごみ)なんでしょうね」を実感を込める。

 出演は、チャオさん、ボーさん、トン・ダーウェイさん、ハオ・レイさん、チャン・イーさん、キティ・チャンさんら。16日からシネスイッチ銀座(東京都中央区)ほかで公開中。

 <プロフィル>

 1962年生まれ、香港出身。米ロサンゼルスの大学の映画学科で学び、21歳で香港に戻り、ゴールデン・ハーベストに入り助監督を務める。91年、「愛という名のもとに」で監督デビュー。「君さえいれば 金枝玉葉」(94年)、「ボクらはいつも恋してる!金枝玉葉2」(95年)と立て続けにヒットを飛ばし、90年代の香港映画界に新風を巻き起こす。「ラヴソング」(96年)で香港電影金像奨の最優秀作品賞、最優秀監督賞ほか9冠に輝き、TIME誌が選ぶ97年のベスト10に選ばれる。米ドリーム・ワークスに招かれ「ラブレター/誰かが私に恋してる?」(99年)を監督、ハリウッド進出を果たす。「ウィンター・ソング」(2005年)、「ウォーロード/男たちの誓い」(07年)、「捜査官X」(11年)などがある。プロデューサーとして、韓国のホ・ジノ監督作「春の日は過ぎゆく」(01年)などを手がける。中国・香港・台湾のアカデミー賞と呼ばれる三つの映画賞において最優秀監督賞を受賞した唯一の監督である。 

 (インタビュー・文・撮影:キョーコ)

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