ハドソン川の奇跡:トム・ハンクス&アーロン・エッカートに聞く「みんなで力を合わせれば…」

映画「ハドソン川の奇跡」について語ったトム・ハンクスさん(左)とアーロン・エッカートさん
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映画「ハドソン川の奇跡」について語ったトム・ハンクスさん(左)とアーロン・エッカートさん

 2009年1月、米ニューヨークで実際に起きたUSエアウェイズ1549便の奇跡の生還劇を描いた映画「ハドソン川の奇跡」(クリント・イーストウッド監督)が24日に公開された。今作で、乗員乗客155人全員の命を救ったチェスリー・“サリー”・サレンバーガー機長を演じたトム・ハンクスさんと、ジェフ・スカイルズ副操縦士役のアーロン・エッカートさんが、映画のPRのためこのほど来日。2人は、事故については当時のニュースで知っていたが、その後、サレンバーガーさんとスカイルズさんが、どれほど大変な目に遭っていたかは知らなかったという。ハンクスさんとエッカートさんに話を聞いた。

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 ◇18カ月間の重さ

 映画は、事故当時の様子から、サレンバーガーさんとスカイルズさんが、国家運輸安全委員会(NTSB)による聴聞会を受けるまでの18カ月間を、時間を凝縮して描いている。しかし、そうした“端折り”をハンクスさんは「軽く思ってほしくない」と話す。

 「あの18カ月間、2人がどんな思いをしていたかを考えてみてほしい。自分たちが間違ったことをしたと判断されたら、評判は失墜するし、年金はなくなる。仕事がなくなるリスクだってあるわけだ。米国では、事故が起きたら必ずNTSBが調査する。それは当然のこと。その調査でサリーは、何をやったのか、なぜそんなことをしたのかと何度も問われ、そのたびにそれに答えなければならなかった。しかも、最終的にどういう判断を下されるのか分からない。それだけの負担を持って生きる18カ月間というのは、ものすごく長く感じられたはずだ」と、おもんぱかる。

 ハンクスさんのその言葉に、エッカートさんもうなずくが、スカイルズさんの場合、事情はもう少し複雑だった。なぜなら、スカイルズさんは、エアバス機長の免許取得のため離陸を経験する必要があり、たまたまそれが事故の日だったからだ。

 エッカートさんは「ジェフは、トレーニングを終えたばかりで、エアバスA320を操縦するのはあの日が初めてだった。サリーがジェフに離陸を頼み、そうしたら、上空3000フィート(約900メートル)で鳥が当たった。頭が真っ白になって当然です。操縦のガイドブックがあっても、そんな状況については全く記述されていない。心臓もバクバクし、パニックモードになり、にもかかわらず、直感に従って、何をすべきかを判断しなければならなかった。もしかしたら、自分は間違ったことをやったのではとずっと悩んでいたのです」とスカイルズさんの不安を代弁する。エッカートさんによると、その18カ月間は、サレンバーガーさんもスカイルズさんも「自分たちに不利な結論が下されるのではと気が気ではなく、お陰で体重は減り、不眠症に陥ってしまった」という。

 ◇プロ意識とは

 エッカートさんはまた、スカイルズさんから聞いたという興味深い話を披露した。「ジェフが言ったんだ。パイロットとして最も怖い音は“音がないこと”だと。普通は、乗客もそうだが、パイロットにもエンジンの音は必ず聞こえている。しかし、あのときはそうじゃなかった。音がないということは、つまり、エンジンに鳥が当たった段階で、エンジンが止まったということ。これはもう、緊急事態以外のなにものでもないわけです」と話す。

 しかし、その緊急事態を2人は乗り切り、飛行機をハドソン川に着水させることに成功した。それは、エッカートさんが話すように、「サリーとジェフには長い経験と訓練があった」からにほかならない。それは同時に、サレンバーガー機長とスカイルズ副操縦士のプロ意識のたまものでもある。プロ意識を持つのは、立場は違えど、演じるハンクスさんもエッカートさんも同じ。ハンクスさんは、自身の演技について「特有のテクニックはない」としながら、「与えられたものをベストを尽くしてやるのが私のやり方。サリーは自分の能力を信じていた。私も自分の能力を信じている。ただ、そのためには、時間をかけて準備をし、万全の状態でセットに入る必要がある。それでも不安はつきまとう」と語る。

 しかしそんなときでも、「映画を作るときは、物事をでっちあげてはいけないと思っている。このような作品は特にね。もし、事実と全く異なるなら、この映画も、こういうタイトル(原題は「SULLY」)にはなっていないと思う。この映画は、人々の経験を再現している。再現するからには、なるべく真実に基づく必要がある。もし、脚本家がそう思っていないと思われる話を書いたなら、私はやらない。やるからには、何が起きたかを一生懸命調べて、関わった人たちがどうしてそうしたのかを、なるべく忠実に演技するのが私の哲学だし、私の責任だと思う」と力を込める。

 エッカートさんも、「プロと言われるのは一番の褒め言葉」としながら、「そう言われるからには、自分の持てる技術を使い、時間をかけて実現しなければならない。サリーやジェフにしてもそう。乗務員もそうだし、救助に当たった方々みんながプロだった。155人全員が生存できたのは、みんなが自分の仕事にプロ意識を持っていたから」と指摘。そして「主役であろうが、小さい役であろうが、与えられた役で、見られる価値がある演技をすること。それがプロ意識だと思うし、俳優として誇りに思っていることです」と明言する。

 ◇ヒーローはたくさんいる

 ハンクスさんは、この映画を見る人々に、「当局や航空会社に対して信頼を持ってほしい」と訴える。その上で、「パイロットは飛行場に飛行機を着陸させることが仕事だが、今回はそれがハドソン川になった。乗客は、乗務員が言う通りに行動した。なぜなら、乗務員を信じたから。万一、落ちたとしても、警察やフェリーの人、事故を聞いた人たちが助けに来てくれる。私たちが住んでいる世界には、どちらかというと、恐れや怒り、不審感が渦巻いている。でも、たとえ小さなことでも、毎日自分がやっていることに誇りを持っている人たちがいる。ですから、皆さんが、正しいことをやっていると信じることが大事なんです」と語り掛ける。

 そして、「自分が出ている映画だから言うわけじゃないけれど(笑い)、信頼の気持ちを持つことの一番いい例を、この映画は表していると思う。サリーが一人で155人を救ったわけじゃない。みんながいたから救うことができた。ということは、ヒーロ-はたくさんいるわけです。それが、まさにこの映画が伝えていること。これは現実にあった話です。みんなが力を合わせれば、こんなにいいことができるのだということを、この映画は証明しているのです」と締めくくった。映画は全国で公開中。

 <トム・ハンクスさんのプロフィル>

 1956年生まれ、米カリフォルニア州出身。「スプラッシュ」(84年)で注目され、「ビッグ」(88年)では、米アカデミー賞主演男優賞にノミネートされる。「フィラデルフィア」(93年)、「フォレスト・ガンプ/一期一会」(94年)で、米アカデミー賞主演男優賞を2年連続で受賞。ほかに「プライベート・ライアン」(98年)、「キャスト・アウェイ」(2000年)、「ダ・ヴィンチ・コード」(06年)、「キャプテン・フィリップス」(13年)、「ブリッジ・オブ・スパイ」(15年)など多数の映画に出演。出演作「インフェルノ」の公開を10月に控える。

 <アーロン・エッカートさんのプロフィル>

 1968年生まれ、米カリフォルニア州出身。「エリン・ブロコビッチ」(2000年)で注目され、「ザ・コア」(03年)や「サンキュー・スモーキング」(06年)、「幸せのレシピ」(07年)、「ダークナイト」(08年)、「世界侵略:ロサンゼルス決戦」(11年)などに出演。「エンド・オブ・ホワイトハウス」(13年)とその続編「エンド・オブ・キングダム」(16年)では米大統領を演じた。

 (取材・文・撮影/りんたいこ)

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