小野憲史のゲーム時評:適正な評価になったメタバース “始まりの1年”になるために

 超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発・産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」元代表の小野憲史さんが、ゲーム業界の現在を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は話題を呼んだメタバースブームを振り返り、今後の動向を語ります。

ウナギノボリ

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 今年もいよいよ押し迫ってきた。そこで本稿では2022年の総括と2023年への期待について所感を述べよう。

 振り返れば今年はゲームの広がりを実感させられる事例が多かった。キーワードは「メタバース」だろう。2021年10月に「フェイスブック」が「メタ・プラットフォームズ」に社名変更すると、一気に期待感が高まった。今年の3月から4月にかけて、メタバースに関するさまざまな会議やフォーラムが開催され、産官学で議論が高まった。

 こうしたブームに伴い、ゲームも注目を集めた。メタバースに必要な技術やサービスとビデオゲームには重複部分が多く、一部のタイトルはメタバースの先兵的な扱いも受けた。9月の「東京ゲームショウ」でVRヘッドセットのハイエンドモデル「Meta Quest Pro」が出展され、注目を集めたことも記憶に新しいだろう。

 もっとも10月にメタ社が第3四半期の決算を発表すると、メタバースに関する期待が一気に収束した感がある。純利益が前年比52%減の大幅減益となったからだ。中でもメタバース事業は前年比48.9%の減収となり、業績低下の主犯とされた。同社は2023年後半に「消費者向け次世代VR製品」を投入する予定だが、業績回復にどの程度貢献するかは未知数だ。

 ただし、これをもってメタバースを失敗とするのは早計に過ぎる。むしろ、大きすぎた期待感が適正値に落ち着いたと見るべきだ。これまでにも1980年代のニューメディア、1990年代のマルチメディア、2000年代のブロードバンドと、高まった期待値がはじけ、そこから徐々に社会に浸透し、定着していく歴史を繰り返してきた。今回もそれと同様の経緯をたどるはずだ。

 ゲーム業界もまた情報通信技術の先兵として、期待と落胆のサイクルの渦中にさらされてきた。2000年前後の「これからはオンラインゲーム」という掛け声が、いつの間にか「オンラインゲームはこれからだ」とトーンダウンしていったのは一例だ。しかし、そこからソーシャルゲームがブレークし、今ではオンラインゲーム一色となった。20年前では想像し得なかった事態だろう。

 一方でサービスの普及と社会の受容は別の話だ。“暴力ゲーム”“ゲーム脳”“ネットいじめ”など、ゲーム業界は成長の過程で、社会との摩擦を幾度も経験してきた。今年12月には「フォートナイト」で知られるエピックゲームズが、児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)に違反したとして、米連邦取引委員会(FTC)から約710億円の罰金を科せられている。

 本件に関してエピック側は「ここに行き着くことを狙ってゲームを作る開発者はいない」と釈明した。まさに、子どもたちを楽しませようとした努力が、巡り巡って非難の原因になったのだ。この意味を日本のゲーム業界も深くかみしめる必要がある。ゲーム産業が成長する中で、ゲーム開発者の倫理が、ますます問われる事態になっていくだろう。

 メタバースもゲームも作り手側が仮想世界のルールを決められる点に特徴がある。いわばクリエーターは「神」になれるのだ。その上で、神ならぬ人が営利目的で仮想世界を作り、運営する点に摩擦の原因がある。そうした問題を回避するための知見が、ゲーム業界には蓄積されているはずだ。2023年はそうした知見を社会と共有していく“始まりの1年”になることを期待したい。

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 おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーランスで活躍。2011からNPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)の中核メンバー、2020年から東京国際工科専門職大学講師として人材育成に尽力している。

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