小野憲史のゲーム時評:今年の注目はシリアスゲーム 基礎研究で静かな盛り上がり

 超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、現在はゲーム開発と産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」代表の小野憲史さんが、ゲーム業界の現在を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は、教育・医療・公共政策などの社会問題解決のために作られたコンピューターゲーム「シリアスゲーム」について語ります。

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 2014年がはじまった。年初ということで「今年のゲーム業界の動向」について占ってみよう。テーマはPS4などのゲーム機ではなく、あえて「シリアスゲーム」を挙げたい。最も業界では過去10年以上、「これからはシリアスゲームだ」と言われ続けてきた。しかし、そのたびに「シリアスゲームは(まだ)これからだ」とトーンダウンしてきた。

 シリアスゲームは教育・医療・公共政策などの社会問題解決のために作られたコンピューターゲームのこと。企業や自治体などに納品されるものと、一般向けに販売されるものがある。国連世界食糧計画が開発し、飢餓撲滅のための食糧支援活動が学べる「Food Force」は前者の好例だ(日本語版はコナミデジタルエンタテインメントが製作)。九州大学が主導して開発したリハビリゲーム「リハビリウム起立くん」も医療・介護施設向けに販売されている。後者には2005年ごろから社会現象となった「脳トレ」ゲームなども含まれる。

 これと近い概念に「ゲーミフィケーション」があり、こちらは非エンターテインメント分野にゲーム開発技術を応用する行為全般を指す。日本コカ・コーラが展開中で、スマートフォンに専用アプリをインストールして自動販売機を“行きつけの店”にできる「話せる自販機GEORGIA」アプリもその一つだ。

 さてシリアスゲームといえば、やはり「脳トレ」をはじめ、知育ゲームブームが記憶に残る。しかしバブルにすぎず、知育系ゲームの発売本数は激減した。一方で欧米ではシリアスゲームの産業化が進み、アジアでもシンガポールを中心に業界団体が活動中だ。「一人一台」のPC普及を掲げ、シリアスゲーム開発に乗り出す国もあるが、いち早く市場を立ち上げた日本での失速ぶりが目立っている。

 背景にはゲームの効果測定がおざなりだったことがある。「~に効果がある」とうたいながら、実際にどの程度の成果があったか、検証されることが少なかった。その一方で企業側は「~先生監修」といった分かりやすい“お墨付き”を得ることに奔走。当初は物珍しさで売れても、次第にユーザーの信頼を失っていった。そのため、タイミング良く生まれたソーシャルゲームバブルに企業が鞍替えすると、市場が一気に冷え込んでしまった。数少ない優れたシリアスゲームも、すっかり割を食ってしまった。

 もっとも学術界では近年シリアスゲームの基礎研究が静かな盛り上がりを見せている。モーションセンサーデバイスのキネクトを活用したリハビリ研究などは、ゲーム系だけでなく、福祉・医療系の学会でも発表が見られる。東京工科大学メディア学部では、2012年10月に次世代ゲーミフィケーション研究室を設置した。元ナムコで「ファミスタ」シリーズの生みの親として知られる岸本好弘さんを中心に、さまざまな研究活動が行われている。

 企業も再び動き出した。背景にあるのがスマートフォン・タブレットの低価格化だ。先行したのは通信教育大手のベネッセコーポレーションで、2013年4月から中学1年生向けに学習支援用タブレットを提供しており、2014年4月からは小学生から高校生まで9学年の講座に拡大する。モバイル・ソーシャルゲーム大手のディー・エヌ・エーも2013年12月、児童向け教育サービスへの参入を発表した。NHKエデュケーショナルから教材提供を受け、新小学1年生を対象にスマートフォン・タブレット向け教育アプリ「アプリゼミ」を提供する。両社の競争で知育ゲーム市場の再活性化が期待される。

 シリアスゲームの停滞要因の一つとして、しばしば社会のゲームに対する拒否反応や、無理解などが語られる。しかし企業の姿勢にも反省点はあるだろう。求められるのは中長期的な視野に立った、産学連携によるデータの蓄積だ。そのためには学会やカンファレンスなどによる、分野を超えた横断的なコミュニティーの育成が求められる。企業の関心が再び向きつつある中、2014年を振り返った時に「シリアスゲームの年」と総括されるような結果を期待したい。

 おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長をへて2000年からフリーのゲームジャーナリスト。08年に結婚し、妻と猫3匹を支える主夫に“ジョブチェンジ”した。11年から国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表に就任、12年に特定非営利活動(NPO)法人の認定を受け、本格的な活動に乗り出している。

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