ちびまる子ちゃん:ナレーション交代、どうして“炎上”しなかったのか

作品側の姿勢もあってファンもネガティブな気持ちよりも、「お疲れ様でした、ありがとう」という気持ちの方が強まったのでしょう
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作品側の姿勢もあってファンもネガティブな気持ちよりも、「お疲れ様でした、ありがとう」という気持ちの方が強まったのでしょう

 テレビアニメ「ちびまる子ちゃん」のナレーションを1990年1月7日の番組放送開始から約31年にわたって務めてきたキートン山田さんが3月28日の放送を最後に番組を卒業。4月から後任としてきむらきょうやさんがナレーションを務めている。人気アニメのキャスト交代にありがちなファンからの“拒絶反応”だが、今回は比較的目立たなかったようだ。アニメコラムニストの小新井涼さんがその理由を考察する。

ウナギノボリ

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 テレビアニメ「ちびまる子ちゃん」のナレーションを放送開始から30年以上つとめてきたキートン山田さんが、声優・ナレーター業の引退に伴い、先月3月末をもって番組から卒業されました。“キートン山田さん”がトレンド入りした3月28日放送回を最後に、4月からは新たなナレーションをきむらきょうやさんがつとめています。

 「ちびまる子ちゃん」のナレーションといえば“あの声”が脳内で再生されるほど作品と強く結びついたキートンさん。その後任ということで、きむらさん本人も「炎上を覚悟していた」とのことですが、実際に放送が始まると、ネガティブな発言よりも前向きに受け止める声が多かったようです。

 番組やキャラクターにイメージが強く定着した声ほど、キャスト交代時には反発が起こりやすいものですが、今回このような反応がみられたのはいったいなぜでしょうか。

 理由としてまず考えられるのは、今回のキートンさんの卒業が本人からの申し出であったことです。

 キャストの交代が、第三者の作意を感じない本人の意向である場合、交代への反発はキャスト本人の意思を否定することにもなってしまいます。そのため、かつてアニメ「クレヨンしんちゃん」でしんのすけの声が交代する際もそうだったように、今回も反対するよりは、惜しみながらも受け入れようとする声が多かったのでしょう。

 加えて今回は、キートンさんを送り出す「ちびまる子ちゃん」側の姿勢も後押しになっていたように思います。キートンさん卒業回で流れたいつもと違う特殊エンディングや、「キートン山田さんありがとうございました」のメッセージ、そしておそらく多くの人がぐっときたであろう「ありがとう、まるちゃん」というまるちゃんに“直接”伝えられたセリフなど……。いたずらに盛り上げて話題にするのではなく、こうした感謝を込めて温かく見送る作品側の姿勢もあって、ファンも寂しいものの「嫌だ、何で」というネガティブな気持ちよりも、「お疲れ様でした、ありがとう」という気持ちの方が強まったのでしょう。

 もう一つの理由は、後任のきむらさんによるナレーションに、“ガラッと変わる”というよりは、“引き継がれた”と思える安心感があったことではないでしょうか。

 この安心感は、“声が似ている・似ていない”というよりは、まるちゃんたちの世界とナレーションとの距離感だったり、彼女ら彼らへのツッコミだったりが、きむらさんの声でも変わらず行われていることへのものだと思います。たとえば極端な話、キートンさんの卒業後、新しい声に合わせてナレーションの雰囲気を大きく変えたり、声が違うことで違和感を与えてしまうならばと、ナレーションをしばらくなくすという選択もできたかもしれませんが、そうはなりませんでした。

 きむらさんの初ナレーションに対して、反発ではなく“安心した”というような声があったのは、たとえ最初は声の違いに多少違和感があったとしても、そうして“「ちびまる子ちゃん」のナレーションらしさ”が変わらず、きむらさんの声でも引き継がれていることへの安心感からも来ていたのではないかと思います。

 30年を超える放送で、すっかり「ちびまる子ちゃん」のナレーションとして定着していたキートンさんの声は、もはや唯一無二であり、“代わり”なんていないし、後任が同じ声を無理に再現しようとするのも厳しい話です。そんな難しい状況でも今回大きな炎上が起きなかったのは、卒業がキャスト本人の意向であり、声が変わっても作品の雰囲気が大きく変わってしまうことなく「ちびまる子ちゃん」“らしい”ナレーションが無事に引き継がれていることが大きかったのだと思います。

 今回の「ちびまる子ちゃん」以外にも、近年長寿となるアニメが増え、やむを得ないキャスト交代も増えてくるにつれて、よっぽど理不尽な理由でない限り「あのキャラの声はあの声優さん以外認めない」という強い反発も、昔よりは目立たなくなってきました。とはいえいくら慣れたところで、寂しかったり惜しむ気持ちはどうしても生まれてしまいますし、しょうがないと理解はできても、完全に納得することはいつまでたっても難しいものです。

 そんな中でも、もし一番前向きに交代を“受け止められる”方法があるのだとしたら、それは今回のような場合なのかもしれません。

 ◇プロフィル 

 こあらい・りょう=埼玉県生まれ、明治大学情報コミュニケーション学部卒。明治大学大学院情報コミュニケーション研究科で、修士論文「ネットワークとしての〈アニメ〉」で修士学位を取得。ニコニコ生放送「岩崎夏海のハックルテレビ」などに出演する傍ら、毎週約100本(再放送含む)の全アニメを視聴して、全番組の感想をブログに掲載する活動を約5年前から継続中。「埼玉県アニメの聖地化プロジェクト会議」のアドバイザーなども務めており、現在は北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程に在籍し、学術的な観点からアニメについて考察、研究している。

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