業界関係者から「ファミコン以来の衝撃」との呼び声も高いPS4のヘッドマウント・ディスプレー(HMD)「Project Morpheus(プロジェクト モーフィアス)」のデモコンテンツ「サマーレッスン」を体験してみた。バーチャルの世界と知りながら目の前のキャラクターに思わず視線をそらし、のけぞってしまうほどの臨場感は映画「マトリックス」に出てくる仮想現実空間のようだ。大きく感情を揺さぶられるほどのリアリティーはどこから生まれるのか。同作の開発者に聞いた。
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HMDは、メガネを付けるような感覚で頭部にユニットを装着すると、目の前にCG空間が出現する。従来のようなテレビのモニターとは違い、仮想世界への没入感は相当だ。「プロジェクト モーフィアス」は、加速度センサーやジャイロセンサーなどを装備し、装着している人の頭部や動きを検知し、コントローラーなどを使わなくても、頭を動かすだけで上下左右360度映し出される風景が追従。その動きはスムーズで破綻や乱れもなく、現実世界とまごうばかりだ。
「サマーレッスン」は、部屋の中で可愛い女の子に勉強を教える……という設定の作品。スタートすると、窓から海の見える部屋が出現し、部屋を見回していると、後ろから女の子が声をかけてきて、近づいて目の前に座り、マンツーマンで勉強を教えていく。女の子から質問が投げかけられたときは、首を縦に振って「イエス」、横に振ると「ノー」というふうに受け答えをする。
一見すると女性キャラクターとコミュニケーションを取るだけのゲームに思えるが、プレーすると従来のゲームで体験したことのない臨場感と空気感に驚く。自分の目の前に座るシーンでは、「近すぎる!」と思い、距離を取ろうとのけぞってしまった。他人に近づかれると思わず距離を取ってしまう「パーソナル・スペース」を、あろうことかバーチャルの世界で感じたのだ。
「プロジェクト モーフィアス」は発表直後から取材などの問い合わせが殺到し、SCEが「要望に対応できない」としてゲームショウの出展を見送ったほど注目されている。「サマーレッスン」は「プロジェクト モーフィアス」のデモコンテンツとしてバンダイナムコゲームスが開発したもので、2014年11月末に開催された試遊会では、ファンサイト限定で700人を募集したところ、数倍の応募者が殺到し、「正式なゲーム(商品)でないのに、ちょっと考えられない状況」と関係者が驚くほどの人気ぶりだ。
ゲーム雑誌「ファミ通」を発行するKADOKAWA・DWANGOのファミ通グループ代表・浜村弘一さんは「ずっと先のゲームがポンと出てきた感じ。ゲームが2Dから3Dになったとき以上、任天堂のファミリーコンピュータが生まれたときと同じ衝撃が起きる可能性もあります」と指摘している。さらに「『サマーレッスン』にゲーム特有の物語性が付加されたら、どこまですごくなるのか。昔、ゲーム中毒、ネット中毒とたたかれた時代がありましたが、そういう時代が来てしまうかもしれません」と話している。
「サマーレッスン」を開発したのは、3D対戦型格闘ゲーム「鉄拳」シリーズを手掛けた原田勝弘さんだ。原田さんは子供のころ、疑似3Dのアーケードゲーム「スペースハリアー」や「ハングオン」に衝撃を受けて以来、仮想世界を意識してきたという。そして「仮想空間で面白いことはできないか?」と考える中、3年前にHMDを活用したコンテンツの研究に取り掛かった。ところがゲームで培ってきた技術とまったく違うことに気づいた。既存のゲームキャラクターを登場させても、周りから浮いて臨場感がなくなった。試行錯誤の結果、普通の女の子のキャラクターの方が合っていることに気づいたという。
そして「ゲームの臨場感=緊張感を再現すること」と考え、理詰めで作成した。6畳、8畳という小さな部屋にしたのは、広すぎると違和感を感じるから。一対一の状況にしたこと、途中で女性キャラクターがシャープペンシルを落とすのもプレーヤーの注意をひきつけるためだ。
女性キャラクターにしたのは開発の難度が高いためで、男性キャラクターの作成も容易になるためだ。女性キャラクターは可愛く保つのが難しく、肌の質感を丸みを帯びた感じにした。髪の揺れ、スカートのヒラヒラも臨場感の演出に一役買っている。無論、ゲーム作りで培ったアニメーション作り、フェイシャル(美しい顔作り)のノウハウは生きている。「完全にリアルに近づけると不気味になるんです。だからリアルと仮想のバランスが重要。難易度は高いが、実現すれば応用が利く。だから技術的に難しい選択をしたんです」と原田さんは胸を張る。
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最大の難関は社内の合意を得ることだった。2014年春に、ソニーから「プロジェクト モーフィアス」の発表があると、原田さんはSCEから開発機材を借りて、他のゲーム開発と並行して制作にあたり、プレゼンができるところまでこぎつけた。社内でプレゼンをすると反応はあるが、お金の話になると「原田の情熱とロジックは分かるが……」と渋い顔になったという。HMDの市場がまだないためだ。原田さんは「市場がゼロのところをイチにすることが経営的にリスクと言われる。そうなると開発者はアイデアをひっこめてしまうが、それだと状況は何も動かないんです。じゃあ放っておけない状況を作ればいい」と当時の意気込みを語る。
原田さんが目指したのは、まず社内の話題作りだ。実際に「サマーレッスン」をプレーすれば、その可能性はわかってもらえる自信はあるが、実際に足を運んで体験してもらうこと自体が大変だった。普通に映像を流すのでなく、社内でプレーした人に一言だけ感想を書いてもらい、それを社内に流したところ、興味を持って訪れる人が増え、話題になった。
そして14年秋、SCEの発表会で披露したところ大反響。「スライドだけで、あそこまで反響があるとは正直思っていなかった」と明かす。原田さんにはゲーム業界だけでなく業界外からも問い合わせ、接触が増え、大学からの講演の声もかかるほどに。その結果「社内でプロジェクトが進めやすくなりました。驚いたのは『研究費はいくらいるの?』と上司から声がかかりました」と笑う。
サマーレッスンの期待は高まるばかりだが、原田さんは「HMDの元年で、まだ一歩を踏み出したばかり。映像的な表現も変わるでしょう」と今後の進歩に期待している。
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