芥川賞作家・吉田修一さんの代表作を、「フラガール」(06年)の李相日(リ・サンイル)監督が映画化した「悪人」が全国で公開中だ。原作者の吉田さんが李監督と共同で脚本を書き上げ、原作よりも骨太な作品に仕上がった。主演は自らこの殺人事件の犯人役を望んで演じたという妻夫木聡さん。また、先ごろのモントリオール世界映画祭で最優秀女優賞に輝いたヒロイン役の深津絵里さんは、殺人事件の犯人を愛してしまった女の複雑な感情を見事に演じ切った。共同で脚本を書いた吉田さんと李監督に話を聞いた。(毎日新聞デジタル)
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−−主演の妻夫木さんが原作を読んで興味を持ち、自ら「祐一を演じたい」と申し出たとか。
吉田 僕は担当の編集者を通して聞きまして、素直にうれしかったですね。自分が頭の中で作り上げたキャラクターを、これまでの作品も見ていた妻夫木さんのような有名な方がやってみたいと言ってくれるのは単純にうれしかったですね。
−−妻夫木さんのこれまでのイメージと今回の役柄は大分違いますけど、大丈夫なのかなというような懸念は?
吉田 そういうのは一切なかったですね。例えば小説の中で外見の特徴を書いたとしても、(映像化にあたって)それにぴったり合う人がどうしても必要だと思っていなくて。その人が持っているにおいだとか、そういうものは最初から妻夫木さんに感じてたんだと思うんです。
−−李監督はやりたいと言っている妻夫木さんに対してどう感じました?
李 大変だよ、と。いや、冗談です(笑い)。すごくいいことというか、彼が祐一役をやりたいという、そういう方向に向いたことが、いいんじゃないかと。ちゃんと常に新しい自分を見つけようって欲求しているんだなっていうのがうれしかった。難しいと思うんですよ。祐一と(妻夫木さん)は全く違う生き方をしてきたわけですから。僕も吉田さんがおっしゃるように外見とかは二の次で、たぶん顔(表情)だったり、目の光だったり、そこにすべて表出されると思っていたので、そういう意味でもすごく難しい。これまで違う生き方をしてきた人間を、しかも(妻夫木さんが)そこまでの役ってたぶんやったことないはずなんで、トライするという心持ちがいいし、彼が自分でやるって言い出したことがいいし、その挑戦に何か(自分が)いいかけ算になれればなと思いました。
−−光代役の深津さんはイメージにぴったりでした?
李 そのまんまじゃないですか(笑い)。
吉田 深津さんは本当に監督がぜひとおっしゃってましたよね。
李 そうですね。妻夫木くんもそうですけど、僕らがイメージしたり、一般的にイメージされたりとか、一般的な見え方と全く違う部分がご本人の中にあるはずなので。“そのまんま”っていうのは冗談ですけど、光代が人知れず欲求しているようなことが深津さんの中にもあって、いい意味で、それが形が変わったら向上心になるんだろうし、何かに対して強い欲求を、人として、女優として持っている人なんじゃないかと感じてたんで、ぜひ深津さんにお願いしたいと依頼しました。この役をやることで深津さんもいままでと全く違う見え方になるだろうし、この映画にとっての光代というのはかなり重要なキャラクターで、映画にとっても“勝率”も上がってくるというか。
吉田 (妻夫木さん、深津さん、それ以外のキャストも)いまはもう他の人では考えられないという感じですね。
−−お二人の共同脚本ですが、吉田さんにとっては初めての長編ですよね。共同脚本で苦労した点、よかった点は?
吉田 苦労した点は、小説というものが最初から最後まで一人で書くものなので、今回、監督と一緒に書いて、プロデューサーを含めて話し合いがあってというのは初めてで、慣れるまでには、少し苦労しましたけど、ああ、こういう脚本の進め方ってあるんだなっていう発見の方が多かったような気がしますけどね。
−−原作者の方と一緒に書かれた監督は?
李 前半の方はほぼ吉田さんが書かれて、僕とかプロデューサーがすきをうかがいながら一緒にやれたんですけど、僕も原作ものを映画にするとなったときに、一度自分一人で原作と向き合って、自分を追い込みたいという思いがあったんで、参加させていただいた。良かった点は、何をどう確認したわけじゃないんですけど共通のビジョンがあって、ある時点から同じ方向に向かっていたので、齟齬(そご)が生まれるような状況がなかったような気がします。
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−−後半の灯台シーンが映画のキーになっていると思うんですけど、灯台のアイデアはどこから出てきたんですか。
吉田 僕は長崎の出身なので、あのへんをドライブしているときに灯台は目的地になるんですよ。それで何カ所か行ったことがあったんで、その寂れた感じというかそういうのなんとなく知っていたので、そこにあの2人が逃げ込んだらどんなドラマがあるんだろうとは思ったんですよね。
李 拡大解釈かもしれないですけど、吉田さんは無意識だと思うんですけど、灯台ってそこにだけ光があるっていうか、そういうのを光代も祐一もずっと探してるじゃないですか。物理的な行為としての逃げる場所というのはもちろん、ずっと何もない真っ暗なところにいた2人が光に照らされてそこにたどり着いたというのは、全然違和感はなく、なぜ灯台か、いままで全く説明する必要がないなと思っていて(笑い)。
吉田 なるほど。改めてこういうふうに(他の人から)話を聞くじゃないですか。そうすると自分で気づいていなかったことに脚本を作っていく間に、いろいろ気づかせてもらえたんですよ。その経験も面白かったですね。「光代の光は灯台の光だ」っていうプロデューサーの解釈も面白かった。なるほどと思って。
−−タイトルがインパクトありますよね。吉田さんの中の「悪人」ってどういう人ですか。
吉田 難しいな。それとは何だろうかということを1年間かけて連載をしてきたんで、答えは一言でいうのは難しいですね。
−−監督の中の「悪人」とは?
李 それはなんだろうと思って1年間かけて映画を作ってきたので(笑い)。答えは出せないっていうのが答えかなと。ただ、僕は勝手に「悪人」っていうタイトルはこの作品の入り口で、出口は全く別のところにある気はしてるんですよね。小説もそうだし、映画もそこから入って違うところに何かを見いだそうとしているんじゃないかと思うんですけど。
吉田 それいいですね。「悪人」は入り口って。僕も(フレーズとして)使わせていただきたい(笑い)。
−−一番印象に残っているシーンは?
吉田 ラストの方のすごくドラマチックなところはすべて好きなんですけど、わりと地味なシーンで好きなのは、2人でラブホテルに最初に行った日、光代が車を降りて自転車置き場に行った後に、祐一がサイドミラーをちらっと見る、ああいうところの表情とかがわりと(あの脚本が)へえ、こんなふうになるんだって面白いなって。本当、細かくいうとキリがないですけどね。
李 一番という意味ではないんですけど、原作を読んで、他に迷いが出たとしてもここは絶対にやろうと思ったのは、佳乃の幽霊とお父さんが会うところですね。リアリティーを徹底的に追求している映画のはずなのに、そこだけ唯一リアリティーがないというか、佳乃は幽霊じゃないですか。だからこそ、あそこを表現したいというか。もしかしたら脚本会議の中でいらないという話になるかもしれないけれど、ブレずに必ず、そこだけはやろうと。しかもCGとか使わずにアナログチックに。ある意味、リアルにリアルじゃないものを表現しようと決めたところですけどね。
吉田 なでられる佳乃の表情がすごくいいですもんね。
李 そうですよね。いい顔してましたよね。
−−見どころを、これから見る人にメッセージを込めてお願いします。
吉田 「悪人」というタイトルではありますが、登場人物それぞれの愛の形というか愛の物語だと思うので、見終わった後にいろんな愛の形が分かる。ぜひそこを見てもらえればと思います。
李 なんて言ったらいいんだろう。やっぱり人間は“つがい”なんですね。ということを作りながら強く感じました。「一人では生きられない」っていう決まり切った言葉じゃなくて、なんか「つがい」なんだなっていう。もともとね、夫婦があって子どもができたりするじゃないですか、でもそこでのつながりもあるんですけど、やっぱり人が人を求めるのが“つがい”っていうか、そこから人間って始まっていくというか。僕は基本、恋愛映画とか絶対に無理なんですけど、「つがい」はいけるみたいな(一同爆笑)。
吉田 「つがい映画」って言わないだろうって話ですけどね(笑い)。
李 いや、でも愛です。愛と言った方が。
吉田 いや“つがい”がいいと思うな。
−−次回作とか構想を聞かせてください。
吉田 僕はもうすでに週刊誌(「週刊朝日」)で連載を開始してます。
李 僕は全然決まってないです。燃え尽き症候群なんで(笑い)。僕はこの作品に4年かかったんですね、(サッカーの)ワールドカップ並みに。かけるつもりはなかったのに。「フラガール」(06年)のときは「頑張れ、ジーコジャパン!」って(イベントで)言わされて、今回は「岡田ジャパンにエールを」みたいなことが宣伝のときにあって、これは次はブラジル大会になってしまうと思って、そうならないように、(12年の)「EURO」には間に合うようにしたいなと思ってます(笑い)。
<吉田修一さんのプロフィル>
1968年9月14日、長崎県出身。97年、「最後の息子」で第84回文學界新人賞を受賞し、作家デビュー。02年に「パレード」で第15回山本周五郎賞、「パーク・ライフ」で第127回芥川賞を受賞。「悪人」は作家生活10周年を記念した長編小説で、朝日新聞で連載した。07年4月に単行本が発売され、第61回毎日出版文化賞と第34回大佛次郎賞をダブル受賞。そのほかにもいくつかの賞を受賞し、現在は単行本、文庫(上・下)を含め発行部数を伸ばし、ベストセラーになっている。
<李相日監督のプロフィル>
1974年、新潟県出身。大学卒業後、日本映画学校に入学し映画を学ぶ。卒業制作の「青~chong」が99年のぴあフィルムフェスティバルでグランプリのほか4部門を独占。その後、「BORDER LINE」で03年に新藤兼人賞を受賞するなど高い評価を得る。04年に村上龍さん原作、宮藤官九郎さん脚本、妻夫木聡さん主演の「69 sixty nine」でメジャー作品を初監督。06年に公開された「フラガール」で日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ国内の映画賞を総なめにした。
長崎に住む土木作業員の清水祐一(妻夫木さん)は、恋人も友人もほとんどおらず、祖父母の面倒を見ながら暮らしている。福岡で保険会社の会社員をしている石橋佳乃(満島ひかりさん)と会うはずだったが、佳乃は祐一との約束をすっぽかして、好意を寄せる大学生・増尾圭吾(岡田将生さん)の車に乗っていってしまう。その後、佳乃が県境の峠で遺体で発見される。増尾に容疑がかかるが真犯人ではなく、新たな容疑者として祐一が浮かび上がる。一方、祐一は出会い系サイトで、佐賀で紳士服量販店の店員をする馬込光代(深津絵里)と知り合い、光代が祐一と交際を始めるようになってまもなく、警察が追ってくる……というストーリー。
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