フランスでベストセラーとなった小説を、著者自身が演出し映像化した「100歳の少年と12通の手紙」が全国で公開中だ。わずか10歳で余命宣告をされた少年オスカーは、多くの大人たちが自分をはれものに触るように扱う中、自分に正直に接してくれたピザ屋の女主人ローズだけには心を開く。彼女から残り少ない日々を「1日を10年間と考え過ごすこと」、「毎日神様にあてて手紙を書くこと」と勧められ、灰色だったオスカーの入院生活は生き生きと色づき始める……という物語。ユーモアあふれる語り口とカラフルな色彩を多用したことで、いわゆる「難病モノ」にありがちなお涙ちょうだいとは無縁のチャーミングな作品に仕上がっている。「十数年前に私の戯曲が上演されたとき以来の2度目の来日」を果たしたフランスを代表する劇作家で、今作の監督を務めたエリック・エマニュエル・シュミットさんに話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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−−ご自身による小説の映画化です。そもそもこの物語を執筆したきっかけは?
子供のころ、小児病院で運動療法士をする父に、よく病院に連れて行かれました。そこでたくさんの病気の子供たちと触れ合ったことが、まず、記憶の中にありました。それと、大人になってからの体験。長く患う友人や知人に病院で付き添ったときに感じたことが、この物語のベースになっています。
−−病院には、どうしても暗いイメージがつきまといます。
私自身は、病院をネガティブな場所とはとらえてはいません。むしろ、内に秘めたいろんなことを気づかせてくれる場所、自分の感情に対してものすごく素直になれ、(見舞う)相手をどれほど愛しているかを気づかせてくれる場所なのです。人生というのは非常にはかないもの。だからこそ私は、自分の作品の中では愛や人生に対する賛歌を表現したい。病院では、多くの人たちが生まれ、死んでいきます。人生の基本的な何かがそこにはあるのです。ですから、この作品によって多くの人々が抱く病院に対するネガティブなイメージをふっしょくしてもらえたら本望です。
−−ミシェル・ラロックさんが演じるローズが着ているピンク色のスーツやピザなど、病院には似つかわしくないものが登場します。それも、病院に対するネガティブなイメージを消すためですか。
フランスでも、(公開時に)ピンク色やピザといったものが病院にはふさわしくないと言われました。でも、入院患者はあそこで生きているのです。彼らにだって色彩はたくさんある。死を象徴するような色だけではないのです。彼らの笑いや喜び、それらを象徴するものが病院の中にあってもいいはずです。フランスでは、ボランティアグループが、ピンク色のガウンを着て子供たちと一緒に遊んだり、勉強を教えたりします。それが、ローズ色の洋服のヒントになっています。ほかにも、ピエロの格好をした大人が患者の子供たちと過ごしたりしています。病気の子供に、健康な子供と同じように接する彼らの役割を、私は重要視しています。物語の中で、オスカー(アミールさん)と両親の関係がよくないのは、両親の意識がオスカー本人よりも病気のほうに向いてしまっているから。それが結果的にオスカーを傷つけてしまっている。多くの(病気を持つ親の)場合がそう。だからこそ、子供を子供として見るボランティアが、重要になってくるのです。
−−子供は、大人が思うほど弱くはないと。
子供たちは、大人たちにはいつも正直であってほしいと思っているはずです。オスカーは、大人たちが本当のことを話してくれないから、自分は孤立していると考えるようになってしまった。ところがローズは、もちろん最初は彼女も彼の病気のことは知りませんが、まっすぐに自分に言葉を投げてくれた。だから彼も彼女に心を開くことができたのです。子供は、率直にものを言ってくれる大人を、たぶん、すごく好きなんだと思います。それは、多くの子供たちと病院で過ごした私自身が感じたことです。
−−03年に、この物語は舞台でも上演されています。舞台演出に興味は?
戯曲は書きますが、舞台の演出には関心がありません。というのも、作家が(紙に)物語を書き残すように、映画監督はフィルムに自分の物語を書き残しているのです。一方、舞台の演出は、水の上に文字を書いているようなもので、書いた途端に流されてしまいます。そのライブ感が演劇の醍醐味(だいごみ)なのでしょうが、私自身は自分の作品は残しておきたいほう。もちろん、(本や映画は)残るものである以上、作品を読み返したり、見返したりする中で、ああすればよかったと後悔することはあります。でも、残すという行為を成し遂げた満足感のほうが、私の場合、後悔に勝るのです。
−−では、その「残す」映画の今作で、最も気に入ってるシーンは。
ローズが初めてオスカーの病室に入っていくシーンです。あのときのオスカーは、体調がすぐれない。そんな彼を見てローズはすぐに病室を出て行こうとするのですが、同時に強く引かれる。あの場面がとても好きです。
* *
最後にメッセージをお願いすると、しばらく考えてから、「私は日本の小説を読むと、日本人になった気になります。ですから、このフランス映画を見ることで、皆さんにはフランス人になった気持ちになってもらえれば」とシュミット監督は語った。フランス人にはなれないまでも、病気を抱えながら毎日を生き生きと過ごしたオスカー少年と、彼を温かく見守ったローズの気持ちには寄り添えるはず。それが子供であれ、大人であれ、相手を思いやる心、尊重する心へとつながっていく。この映画は、思った以上に普遍性のある作品だった。
<プロフィル>
1960年フランス・リヨン生まれ。フランスを代表する劇作家。演劇界デビューは91年。2作目の「Le Visiteur(訪問者)」でモリエール賞演劇賞・作家賞・新人賞をトリプル受賞し脚光を浴びる。96年、「謎の変奏曲」が本国で大ヒット。日本でも杉浦直樹さんと沢田研二さんの共演で上演された。一方で、94年からは小説家としてのキャリアをスタートさせ、01年には著書「モモの物語」が舞台化され、03年に映画化もされ、日本では「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」(フランソワ・デュペイロン監督)のタイトルで上映された。02年、原作となった小説「100歳の少年と12通の手紙」を発表。これは40カ国語に翻訳され、本国では160週にわたってベストセラーランキングに名を連ねた。03年には舞台化、08年には米ブロードウェーにも進出した。06年、映画「地上5センチの恋心」を初監督。今作が監督2作目となる。なお、最新小説「Le Sumo qui ne Pouvait pas Grossir」は、日本の相撲をテーマにした物語で「次回はそれを映画化しようと思っている」そうだ。
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