ヒュー・ジャックマンさんが米マーベルの人気キャラクターにふんした「ウルヴァリン:SAMURAI」が公開中だ。今回の舞台は日本。不老不死であるはずのウルヴァリン(ジャックマンさん)が、今作では何者かのわなにはまり驚異的な治癒能力を失ってしまう。今作でのウルヴァリンは、自分を陥れた者との熾烈な戦いを繰り広げる一方で、出会った日本人女性マリコとのロマンスも描かれている。今作の台本を読んだとき、ある一文が浮かんだと語るジェームズ・マンゴールド監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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「私が最初に思い浮かんで台本の裏に書きとめたのは『Everyone I love will die.(私が愛する人はみな死んでしまう)』という5文字だった」と当時の記憶をたぐり寄せながら話し始めたマンゴールド監督。これまで、「17歳のカルテ」(1999年)や「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」(05年)、「3時10分、決断のとき」(07年)といった登場人物の心情に寄り添う作品を多く手掛けてきた。その姿勢は今作でも変わらず、メガホンをとる際、スタジオには「私はキャラクターに重きを置いた作品を作る人間だ。いわゆるブロックバスター(超大作)的な作品を作るつもりはない」と断りを入れたそうだ。
とはいえ、もちろん今作にもブロックバスター的な作品を好きな人が好みそうなアクションシーンはある。中でも目を見張るのは新幹線を使ったシーンだ。監督いわく「あれだけ高速なのに静か。それが日本中を北から南へ行ったり来たりするんだ。日本という文明社会が作り上げた素晴らしい乗り物だ。ぜひ米国にもあってほしいものだよ」とベタ褒めする新幹線が、時速300キロものスピードで駆け抜ける中、ウルヴァリンはカギ爪をその屋根に突き刺し、強風で吹き飛ばされるのを防ぎながら敵と死闘を繰り広げる。そのアクションすら「普通の男なら1秒ももたない。あの爪があるからこそ、彼はああいうことができるんだ」とウルヴァリンの“特徴”を見せるための一材料としての位置づけした。
そんなウルヴァリンを一人強いキャラクターとして描くのではなく、「女性たちの強さも描きたかった」と話すマンゴールド監督。その部分で大いに存在感を見せるのが、長く海外で活動してきた日本人ファッションモデルのTAOさんと福島リラさんだ。TAOさんは今作でウルヴァリンと恋に落ちる日本人実業家・矢志田の孫娘マリコを、福島さんは矢志田のボディーガード、ユキオを演じている。「TOAもリラも日本の強い女性だが、まったく異なるタイプ。一口に強い女性といってもいろいろなタイプがいることをお見せしたかった」とフェミニストとしての一面ものぞかせる。
以前に福島さんを取材したとき、福島さんは、マンゴールド監督は、自分には厳しいがTAOさんには優しいと話していた。せっかくなのでその真偽を監督ご本人に聞くと、「確かに2人の扱い方は違った。TAOはタフなのでしかって何かを引き出すということはしなかった。むしろ自尊心を高めてあげる必要があった。一方のリラは、すごく才能ある女性だが集中力が途切れやすいところがある。だから(しかることで)少し恐怖を感じてもらって(笑い)、集中力を取り戻してもらっていたんだよ」とのこと。ただそのあとに、「リラも、私がTAOに接するすべてを見ていたわけじゃないからね。TAOにだって厳しくしたことはあったよ。だからそれ(リラさんのコメント)は、いってみれば仲のいい姉妹が、パパは私と彼女のどちらに優しいかと言い合っているようなものだよ」とゆったりとした笑顔で弁明していた。
ところで今作にはブロックバスターに珍しく英語字幕が3分の1ほどつく。登場人物が日本語を話す場面が多いからだ。それについてマンゴールド監督は次のように説明する。「米国では、いわゆるブロックバスターで字幕が出ることはまず考えられない。だけど私は自分の信念においても、いまの観客はリアリズムを重視するから、日本人同士が日本で会話をしているのなら日本語で話すのは当然と考えた。それに母国語での演技の方が、キャストからもよりよい演技が引き出せるからね」と話す。
だが、それを最初から公にするのは思いとどまったという。「スタジオともめることは避けたかった」からだ。そこでマンゴールド監督が取った作戦は、すべてのシーンで日本語と英語の両方のバージョンを撮ることだった。そして「スタジオには英語版のラッシュ(撮影したままの未編集の映像)だけを送った。その後、いよいよ編集する段になったとき、日本語の方をつなげ、完成版としてスタジオに見せたんだ」という。なんとも綱渡りの危険な賭けだったが、幸いにも「スタジオには気に入ってもらえて」、胸をなで下ろしたという。
そんなふうにあくまでも日本という国と日本人を大切に描いたマンゴールド監督。もともと日本映画に対する思いも強く、今作では黒澤明監督の「蜘蛛巣城」「天国と地獄」「七人の侍」や小津安二郎監督の「浮草」といった作品にも影響を受けていると話す。日本が舞台で、ウルヴァリンのロマンスがあり、強い女性も描く……これまでのウルヴァリンが登場したシリーズとはひと味違う「ウルヴァリン:SAMURAI」が完成した。13日から全国で公開中。
<プロフィル>
1963年、米ニューヨーク市生まれ。カリフォルニア芸術大学で映画と演技を学び、21歳のときにディズニーと脚本家、監督としての契約を結ぶ。1995年、「君に逢いたくて」(日本未公開)で監督デビュー。作品に「17歳のカルテ」(99年)、「ニューヨークの恋人」(2001年)、「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」(05年)、「3時10分、決断のとき」(07年)、「ナイト&デイ」(10年)などがある。
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