昨年9月に公開された園子温監督の映画「地獄でなぜ悪い」が、DVDとブルーレイディスク(BD)でこのほどにリリースされた。國村隼さん演じるヤクザの組長、武藤が、愛する妻のために、愛娘主演の映画を作ろうとしたことから始まる騒動を描いた今作は、「冷たい熱帯魚」「恋の罪」や、「ヒミズ」「希望の国」で知られる園監督が、ここ最近の作品とはガラリと趣を変え、観客を楽しませることに徹して作った痛快エンターテインメント作品だ。娯楽作として「限界までやった」と語る園監督に、今作について改めて聞いた。
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園監督がいう「限界」とは製作費。つまり、「予算の中で頑張れることを全部やった」ということだ。例えば、米ハリウッドでそれなりの娯楽アクションを作るとなると、製作費は数十億円は下らない。“大作”と呼ばれるものになると100億円を超えることもある。一方、園監督が「そんな予算、僕らにはないですから」というように、今作に限らず日本映画は総じて低予算で作られている。しかも今作は、園監督いわく「めちゃくちゃな映画」「血みどろの作品」だから、おのずと製作費が集まりにくい。そうなると、限られた予算の中で、いかに効果的に演出するかに知恵を絞ることになる。「いつもそういう戦いに挑んでいるんです。だから、練習施設もちゃんと整っていない国の選手が、公園や路上で練習して頑張っている姿を見ると、しみじみ自分に近いなとシンパシー感じちゃうんです」と自身の境遇をスポーツ選手になぞらえて園監督は表現する。
それでも、「冷たい熱帯魚」「恋の罪」のときの製作費よりは高かったという。お陰で、「本来なら建てられない」セットも建てられた。そのセットは映画の終盤で武藤たちがなぐり込みをかける、敵対組織・池上組の武家屋敷のような事務所だ。「借りた建物であんなに汚して壊したら、怒られて弁償もの」のところが、惜しげもなく壊し、血まみれにできたのはセットを建てたからこそだ。
出演者について聞くと、武藤の愛娘ミツコ役の二階堂ふみさんについては、「希少価値のある女性」と表し、「彼女が着る服についてはすごくこだわった」という。二階堂さんと東京・渋谷の「109」に行き、一緒に洋服を選び、それによって二階堂さんも「だいたいのイメージがつかめたようだ」と話す。また、出番は少ないながら強烈な印象を残す武藤の妻役の友近さんについては、「彼女の魅力はいろいろあり過ぎます。まだ秘めているものが多いので、ほかの人(監督)にがっつり使われる前に……」と何かを仕掛けてやろうという思いを見せた。さらに、騒動に巻き込まれる気弱な青年、公次役の星野源さんについては、東京・下北沢にある書店(ヴィレッジヴァンガード)でポスターを見たのが“出会い”だったといい、「店員の女の子に『この人はいいの?』と聞いたら、『いいよ』というので、じゃあ決めたと。単純ですよ。そういうのって偶然だけど結構大切なんです」と起用の経緯を説明した。一緒に仕事をし終えた今、「(起用して)本当によかった。彼は一見すごく地味。でも中はすごく熱いマグマのように燃えているのでそのへんがいい」とコメントした。その星野さんは、今年2月に開催されたヨコハマ映画祭で、今作と「箱入り息子の恋」の演技で最優秀新人賞を受賞した。
今作の台本は園監督が17年前に書いたもので、若いころの園監督の思いや体験が投影されている。従来の園監督の作品に比べ、父と娘、夫婦愛が強調されているような気がするが、と指摘すると「元の自分はそっちだったということですよ。今の自分じゃないんです。昔の自分は、どっちかというと恋愛もあまりしていない分、夫婦愛に憧れというか幻想があったのかな」と過去の自分を振り返る。そして、昔の台本で映画を撮ったことを、「そういう意味ではフレッシュですよ。自分で書いたにもかかわらず自分じゃないというか。まるで、他人の脚本家を雇ったみたいなものです。そこが面白いところだと思います」と明かした。
娯楽に徹した今作は、2013年9月にカナダで開かれた第38回トロント国際映画祭のミッドナイト・マッドネス部門で観客賞に輝いた。この受賞を園監督は「うれしい。プロフェッショナルとしては大事な賞だと思う」と素直に喜びを口にする。同映画祭は、審査員が選ぶコンペはない代わりに、市民が投票で決める「観客賞」がある。園監督が受賞した部門は、数年前から設けられたアクションやホラーといった娯楽作品の部門で、インドネシアのアクション映画「ザ・レイド」(11年)が受賞している。また、1978年からある「観客賞」には、これまで北野武監督の「座頭市」(03年)や「英国王のスピーチ」(10年)、「世界にひとつのプレイブック」(12年)などが輝いており、第38回観客賞には、今年の米アカデミー賞作品賞受賞作「それでも夜は明ける」が選ばれている。
「2作ぐらい同じことをやったら、次は手法もテーマもまったく違うことをやりたくなる」と語る園監督。常日ごろから「定番」や「園監督だったら」という言葉を嫌い、「みんなが思わないような自分でありたい」と考えている。ちなみに、今年公開予定の井上三太さん原作の人気マンガの映画化「TOKYO TRIBE」は今作の「延長戦」で、「もう1本、もっとがっつりアクションをやろう」と思って撮った作品。ハリウッド映画の中には、テイクを重ね、細かい編集でアクションシーンをごまかすものもあるが、「TOKYO TRIBE」は「こっちは金ねえし、生身の体を使って、いかにそれでやれるか」に腐心し、「ごまかさないアクション」を追求。そのため今作以上のアクションが期待でき、園監督いわく、「日本映画じゃないみたいな作品。いってみれば、『ザ・レイド』とか、そういった映画に対する挑戦」的な作品になっているという。
その「TOKYO TRIBE」の“前哨戦”的作品である今作の、DVD・BDならではの楽しみ方をたずねると、「たぶんDVDやBDになったとき、止めたり、スローで見られるおそれもあるので、非常にちゃんと作ってあるつもりです。その意味では、このシーンのアクションをもう1回スローで……みたいなときにいいんじゃないかと思う。あともう一つ、今回の音楽は全部自分でやったので、映画音楽として僕の音楽を何回も聴いてくださいという感じです」とアピールした。
<プロフィル>
1961年、愛知県出身。87年「男の花道」でぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞し、90年、ぴあスカラシップ作品として「自転車吐息」を製作。以降、「自殺サークル」(2002年)、「紀子の食卓」(06年)、「エクステ」(07年)、「ちゃんと伝えるなど」(09年)などを世に送り出す。「愛のむきだし」(08年)はベルリン国際映画祭カリガリ賞、国際批評家連盟賞に輝いた。また、「ヒミズ」(11年)では、主演の染谷将太さん、二階堂ふみさんがベネチア国際映画祭最優秀新人俳優賞を受賞した。他の作品に「冷たい熱帯魚」(11年)、「恋の罪」(11年)、「希望の国」(12年)がある。初めてはまったポップカルチャーは、「なんだろう」と思案した末に「今では全然興味ないですが」と断ったうえで、小学校のときに大好きだった「チャップリンの映画」を挙げた。
*……「地獄でなぜ悪い コレクターズエディション」DVD:4700円(税抜き)、BD:5800円(税抜き)▽「地獄でなぜ悪い スタンダードエディション」DVD:3800円(税抜き)▽3月12日リリース▽DVDレンタル同時開始▽発売元・販売元:キングレコード株式会社▽(C)2012「地獄でなぜ悪い」製作委員会
(取材・文・撮影:りんたいこ)
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