阿部寛:「柘榴坂の仇討」で5年ぶりに時代劇出演 「泣ける時代劇はなかなかない」

「柘榴坂の仇討」について語った阿部寛さん
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「柘榴坂の仇討」について語った阿部寛さん

 浅田次郎さんの短編集「五郎治殿御始末」の中の一編が原作の「柘榴(ざくろ)坂の仇討(あだうち)」(若松節朗監督)が20日に公開された。時代が江戸から明治へと移り変わる中、桜田門外で主君・井伊直弼を殺害した刺客を捜し続ける武士と、身を潜めて暮らす仇(かたき)の13年間におよぶ生きざまを描いている。主君を守れず仇討を命じられた彦根藩士の志村金吾を中井貴一さん、仇である水戸藩浪士・佐橋十兵衛を阿部寛さんが演じ、ほかにも広末涼子さんらが出演。大老を暗殺し、明治へと時代が変わり自身も名を変え生き続ける十兵衛役の阿部さんに、金吾や十兵衛の生き方や中井さんとのやり取り、時代劇の魅力など話を聞いた。

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 ◇金吾と直吉の生き方の対比に注目

 数多くのドラマや映画などに出演してきた阿部さんだが、時代劇に挑戦するのはNHK大河ドラマ「天地人」で上杉謙信を演じて以来、5年ぶりとなる。今作について、「最近ではCG(コンピューターグラフィックス)を使ったアクション作品が多い中、人間だけを描いていく、心だけで勝負していく作品を作るというのに、すごく勇気を感じたし、感銘を受けた」と思い入れが強く、「(中井)貴一さんが主演しており、すごくいい作品になるだろうなと思い、やらせていただきました」と出演を決めたいきさつを語る。

 阿部さんが演じたのは、井伊直弼を暗殺したあとに切腹をしようとして果たせず、直吉と名を改めて長屋で孤独に暮らす佐橋十兵衛。「弱さや過ちを心の内に持ち、けれど信じる心も持つ。すごく人間味のある役だなと思いました」と十兵衛を評し、「直吉が長屋でずっと黙って生きるという方法もあったと思う」と思いをはせる。同じ長屋に住み、直吉を慕う少女とのやり取りで、「子供にも笑顔を見せない方法もあったけれど、違うんじゃないかなと。笑顔を見せる方がやっぱり人間らしいんじゃないかな」とこだわりを語り、「子供とのシーンでは優しく、そうじゃないことに対しては一人でずっと寡黙に悩み続けるという両方を出した方が余計につらいのではと思って、信じてやりました」と演技について明かす。

 一方で、中井さん演じる金吾ついて、「金吾は井伊直弼の仇を討つということで迷いなく武士を貫き通す、義に生きる人間」と分析し、「直吉はそれも持ちながら迷いもあって弱い部分がある。その対比がすごく面白いと思いました」と金吾との関係性に興味を持ったという。そして、「常に金吾の影をずっと感じながら13年、身を潜めて生にしがみついて生きている。そこが十兵衛の魅力だなと思ったし、しっかり演じないといけないなと思った」と強調する。

 ◇中井貴一は“気持ちでくる”俳優

 共演した中井さんの印象を「中井さんは気持ちでくる方で、現場の気遣いみたいなものをすごくされる」と阿部さんは語り、「現場では(役柄的に)なるべく会わないようにしようと思った」という。「金吾は十兵衛を追いかけているということだけで命をつないで生きている。その精神からすれば、やはり現場では会いたくないだろうと。申し訳ないけど会わないようにしていました」と阿部さんは笑顔で振り返る。その結果として、クライマックスは大いにインパクトを感じさせるシーンに仕上がった。阿部さんは「インパクトやスパークみたいなものが(スクリーンに)映ると信じて“無駄なこと”もやるわけです」と演技の奥深さを語る。

 映画では十兵衛が金吾を人力車に乗せて走るシーンがあり、実際に人力車を引いたという阿部さんは「撮影は大変でした」と振り返る。その理由を「車が重いですし、スタッフが後ろから押す手段もあったのですが、実際に(自分が)『引く』と言って後悔しました……(笑い)」と冗談交じりに裏話を明かす。「練習をして人力車は軽快に引けるようになったのですが、撮影と合わせていくというのが大変」だったといい、「映りとして合わせていくという作業は、速度も調整しないといけないし、雪もある。同じスピードでという撮影の法則があったりするから、小山を越えるためにスピードを付けてというわけにはいかない」と苦労を語った。

 さらに中井さんと殺陣を行うシーンでは、「殺陣は武士の魂である刀を持ちながら、斬(き)り合う。つまり、魂と魂のぶつかり合い」といい、「殺陣は気持ちいい……というのもあれだけど、やっぱりやっていて気持ちがいい(笑い)。貴一さんは(金吾という役そのもののように)ずっと精神が揺らがずに13年生きてきたという殺陣をされた」と絶賛。そして、「僕の場合はそこを離れて生きているから……という殺陣の対比はできたと思う。すごくいい殺陣のコミュニケーションができたなと思うし、役柄に合った殺陣ができたと思う」と顔をほころばせる。

 ◇激動の時代と日本人の心

 物語の舞台となるのは、幕末から明治へと何もかもが変化しつつある激動の時代。時代背景について「どの考えが悪だとかは決めづらい」という阿部さんは、「みんなが一つのものに従ったら、従わない人間は悪になってしまう。そういうのが右往左往した時代だと思う」と見解を述べる。続けて、「武士の精神や前へ進まないといけないという思いなどが混ざり合っている時代で、だからこそ十兵衛は、日本がどうなるかを見届けたいという気持ちを持ってしまい、生き延びたと思う」と十兵衛の心情に思いをはせる。

 さらに阿部さんは、「すごく大きく変わった時代で、それは今も引きずっていると思う。武士道は今も完全にはなくなってはいないし、何か日本人の心の中に生きている」と話し、「男の人の中には武士道が生きていて、女の人の中には武家の妻のような清らかさというか凜(りん)として立つという部分が生きていると思う。そういったものが日本の文化としてなくなってしまうのは悲しい」と持論を展開。続けて、「だからこういう作品を作ったりすることは、すごく大事だと思うし、時代劇に対して僕は俳優として誇りに思う」と胸を張り、「皆さんも日本人が持っていた強い精神や美学などが確実にあったということを心にとどめて生きていってほしい」と力強く語る。ちなみに、阿部さん自身は「金吾や十兵衛のような男からすれば、だいぶ優柔不断です」と笑う。「『いつ俺は日本人の心を失ったんだ』と思うけれど、それでも取ってある方の人間だと思う」といい、「便利とか利益とかにそれほど走る人間ではないと思うけど、だいぶ優柔不断だなと思います」と苦笑する。

 ◇試写室で記者が泣くのを目撃

 今作の魅力を「浅田さんの作品だけあって、庶民の気持ちをちゃんと描いていらっしゃる」といい、「武士道が大前提で義とかが全面的に出てくるけど、影に隠れている女の人の強い気持ちや当時の女の人の非利己主義的なところや切なさをきっちり代弁している」と力説。続けて「藤竜也さん演じる秋元和衛の奥さんの『女の気持ちを考えた方がいい』というせりふは、すごく泣けるところだったし、当時の女性の気持ちをしっかり描いている映画は非常に斬新」と評し、「泣ける時代劇は最近なかなかないと思う」とアピールした。「(批評を書くために)自分(の感情)を殺さなきゃいけない記者たちが、むせび泣いている試写室は見たことがなかった。ぜひ、皆さんにも見てほしいなと思います」とメッセージを送った。映画は全国で公開中。

 <プロフィル>

 あべ・ひろし 1964年6月22日生まれ、神奈川県出身。大学在学中にモデルデビューし、87年に俳優デビュー。つかこうへい作・演出の舞台「熱海殺人事件~モンテカルロイリュージョン~」で主演を務める。主な出演作に、ドラマは「トリック」シリーズ、「結婚できない男」、NHK大河ドラマ「天地人」、「坂の上の雲」など。映画は「チーム・バチスタの栄光」「麒麟の翼 ~劇場版・新参者~」「テルマエ・ロマエ2」など多数。02年、映画やテレビドラマでの活躍に対して第39回ギャラクシー賞個人賞を受賞した。

 (インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)

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