映画「杉原千畝 スギハラチウネ」が全国で公開中だ。第二次大戦中、リトアニア領事代理としてユダヤ難民にビザを発給し続け、6000人近い人々の命を救ったといわれる外交官・杉原千畝の半生を描いた作品で、唐沢寿明さんが杉原千畝を演じ、堪能な語学と独自の情報網を武器に“インテリジェンス・オフィサー”として任務を遂行していた知られざる一面にも迫る。メガホンをとったチェリン・グラック監督に話を聞いた。
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史実を基に映画化することが「大好き」だと話すグラック監督は、「世の中にはいろんな出来事があって、『こんなことが本当に!?』というようなことも多く、(自分で)書こうと思って書けないこともあるから真実のほうがフィクションよりも面白い」と魅力を語る。続けて、「ちょっと盛り上げたり話を混合させたりというのはあるけど、そういう事実が過去にあって、そんなことがあったということを見せる方が絶対面白いはず」と“歴史もの”の面白さを力説する。
今作は杉原千畝という一人の人物にスポットを当てているが、今作を撮影するまで、「そんなに詳しく知っていたわけではないから、これといった印象はなかった」と正直に打ち明けたグラック監督。特定の人物を取り上げる上で「気を付けて扱わなければいけないのは、(作品で扱う人物に)無礼なことをしてはいけないということ」と切り出し、「だけど(その人物が)無礼なことをしたという証拠があるのであれば、それを隠すのも(その人物に対して)失礼なのでは」と持論を展開する。さらに、「例えば『シンドラーのリスト』ではシンドラーがやっていたことは100%いいことばかりでもない。だけどそういった部分を描くのなら証拠を持って描く。それだけは気を付けなければいけない」と言い切る。
杉原千畝を描くにあたって、「ドラマの過程でいえば、普通の人に偉大なる出来事が起こって、その場面でどういうふうに対応するかで英雄になるのか愚か者になるのかというのがある」と物語のパターンを説明し、「最初から『俺は英雄になるんだ』という描き方は絶対にしてはいけない」と作品作りの自身のスタンスを明かす。その理由を「例えば電車のホームに立っているとき、誰かが飛び込んだら思わず自分も飛び込んで救い出したというのは、助けに入った人だって、その出来事が起きるまではそんなことは考えていないと思う」と例を出し、「誰もそんなことが起こるまでは、自分だったらこういうことをするというのはいえないはず」と見解を述べる。そして、「すべてが常に正しいとはいえないけれど、正しいと思った行動を行うことが、多分そっちの方が正しいのでは」とグラック監督は語る。
映画では杉原がユダヤ人たちにビザを発給する場面が物語の山場として描かれているが、「その一瞬を大事にしなかったということが大事にしたポイント」とグラック監督。「要するにビザを書いたということが山であってもいいが、頂上ではだめ」といい、「山は登ったら下りなければいけなくて、頂上まで行ってそこに旗を立てることが目的ではない」と山登りに例えて説明する。そして「結果的にそういうことをしたから英雄になっただけで、山を登って旗を立てたことで人生が終わるわけではない」と理由を補足する。
杉原は国の許可なくビザを発給することを決断したのだが、決断に至った心境についてグラック監督は「正しいと思ったからでは」と推し量り、「テストのように『自分はこれが正しいと思う』で終わるわけではないし、やっぱり正解もない」と続け、「だからこそ、自分が正しいと思ってやると決めた以上はやらなければいけない」と行動原理を分析する。
許可なく行うことには困難が伴ったであろうが、グラック監督は「結果によって罰せられるのか無職になるのか追い出されるのか嫌われるのかは分からないし、実際に嫌われたり、追い出されたり、クビになったとしても、10年後、またふと考えてやっぱり自分があの時にやったことは正しいと信じ続けることができるのだったら、(きっとそれは)正解でしょう」と自身の考えを語る。そして「自分の人生を考えてみたとき、やって正解ばかりではないけど、あの時に失敗したなと思い、それを繰り返してやってしまったら、そこで初めて本当の間違いとなる」と話すも、「だからといって恥をかくのを恐れて何の行動もしないというのは間違っていると思う」と強い口調で語る。
今作で杉原千畝を唐沢さんが演じているが、「素晴らしく演じていただいた。よかったと思う」と称賛し、「日本人のキャストに関してもポーランドのキャストに関しても、ものすごく恵まれていました」と感謝の言葉を口にする。キャスティングについてグラック監督は「昔、助監督をやっていた頃にリドリー・スコット監督がいっていたけど、キャスティングをうまくやれば俺たちはもうカットといえばいいだけ」と笑顔で当時のエピソードを明かし、「だからといって(監督が)何もやっていないということではなく、料理と同じでどれだけおいしい材料をそろえても腐ったニンニクを入れたらもうだめになってしまう」と監督論を料理に例えて説明する。
そういった自身の考えを踏まえ、演出面では「なるべく何もしないようにしていた点」に最も注力したという。「監督には監督の考えていることがあって、俳優も台本を読んで自分のキャラクターはこうというふうに印象を頭の中に入れて来るのが普通」とグラック監督は監督と俳優の互いの認識を語り、「監督というのは“ディクテーター(独裁者)”ではないから、自分に怯えてやってもらっても困るし、僕が100%正しいということもない。そこはお互いに認め合い、どちらかが違うとなれば相手を説得しなければ、ナチュラルな演技にはならない」と熱い口調で語る。
杉原千畝という人物について、「人間として知っておくべき」とグラック監督。「僕もずっと知っていたわけではないから堂々と胸を張ってはいえないけれど……」と前置きし、「人間としてこういうすごい人がいて、それがたまたま日本人だったと伝えるのが僕らの役目で、日本人として知らないのは恥ということはいいたい」と真剣な表情を見せる。
映画では杉原の行動に賛同し、ユダヤ人救出に関わった大迫辰雄(濱田岳さん)や根井三郎(二階堂智さん)といった人物も描かれている。「彼らも日本人だから誇ってもらうというわけではなくて、彼らもまた自分が正しいと思ったことを行動に表した人間たちだから誇りを持ったほうがいい」とグラック監督は語り、「僕らが杉原千畝の人生を通して訴えたいのと同じようなこと」と根差す部分は同じであることを訴える。
今作を特にどういった人たちに見てほしいかと聞くと、「年配の方たちには、まだ経験が近いということもあってか分かってもらえるのでは」と切り出し、「それは奥に深い意味がいろいろとあって、自分たちも似たような経験をしたし、そういった出来事を思い出せるという身近な体験を持つ人たちに見てもらって感心してもらいたい」と期待を寄せる。
若い世代の人たちには「杉原千畝を知ってもらいたいのはあるけど、映画を見てくれた人が『あの映画よかったから見に行ってみたら』といってもらえればうれしい」とグラック監督は話し、「人間だから正しいと思ってやったということがまず大切で、そういうことをやった人の中に日本人がいたということ」と今作の主題を改めて口にする。そして、「もっと歴史のことを知りたかったら、2回目のチケットを買って見に来てもらえれば」とちゃめっ気たっぷりに語った。映画は全国で公開中。
<プロフィル>
1958年3月3日生まれ、和歌山県出身。1980年の「上海異人娼館/チャイナ・ドール」で助監督を務めて映画キャリアをスタート。その後、「ブラック・レイン」(89年)、「ラスト・アクション・ヒーロー」(93年)、「コンタクト」(97年)、「タイタンズを忘れない」(2001年)、「トランスフォーマー」(07年) などハリウッドで助監督を歴任。09年に「サイドウェイズ」で映画監督デビューを飾る。主な監督作に「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」(11年)などがある。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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