ジャ・ジャンクー監督:最新作「山河ノスタルジア」語る 三つの時代を一人の女性の半生から見つめ出す

最新作「山河ノスタルジア」について語ったジャ・ジャンクー監督
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最新作「山河ノスタルジア」について語ったジャ・ジャンクー監督

 4度目のカンヌ映画祭コンペティション出品作となった名匠ジャ・ジャンクー監督の最新作「山河ノスタルジア」が、23日から公開されている。急激な変化を遂げる中国社会を背景に、1999年、2014年、25年の三つの時代の時間の中に、一人の女性の半生と、失ってはならない大切な人間の「感情」を見つめ出していく。中国・日本・フランスの合作。ヒロインのチャオ・タオさんが20~50代を演じ分けるほか、香港・台湾映画の大スター、シルビア・チャンさんらが出演。オーストラリアロケも行った。ジャ監督は「人生の体験になるよう、若い人たちに見てもらいたい」と語る。

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 ◇経済成長によって孤独になっていく人間

 ペット・ショップ・ボーイズ版「GO WEST」(元はビレッジ・ピープル)で若者がダンスをするシーンから始まる今作。春節の獅子舞とともに、新世紀に向けての活気が伝わってくる。1999年当時のことを、ジャ監督はこう振り返る。

 「中国では2回目の急激な経済改革が行われたころ。WTO(世界貿易機関)に加盟し、北京五輪開催も決まって、近代化が来るんだと未来への希望を持っていた時代でした。『GO WEST』は中国のディスコブームと一緒に思い出されます。前へ進んでいこう、何かが変えられる、という歌詞が印象的でした。冒頭、みんなで踊っているのですが、だんだんに人が去っていく。ヒロインのその後を暗示します」

 99年、タオは、青春の真っただ中だ。2014年、タオは夫と離婚して、故郷に残っている。2025年は、オーストリアに移住した息子に軸を置きながら、母親タオの面影を浮かべる。

 ヒロインの人生を描くにあたり、「生きる、死ぬ、老いるという仏教的な、人と人の縁に影響された」と語るジャ監督。これまでの作品に比べ、登場人物の内面により迫る作りになったが、「前作『罪の手ざわり』(13年)と同じ構想を違った視点でとらえているだけ。人々の感情の変化を大事に描いてはいるが、同じものを違った顔で映している」と説明する。急激な経済成長によって生じたひずみを描いていることには変わりはないが、個人の感情に焦点を当て、人と人の断絶や孤独を繊細に浮かび上がらせた。三つの時代で、スタンダードサイズ、アメリカン・ビスタサイズ、スコープサイズとスクリーンの大きさを変え、次第に広い画面なっていくことで人と人の断絶が印象付けられる。

 ◇年老いた母親から渡された鍵は重かった

 ヒロインのタオの孤独は次第に色濃くなっていく。感情をぶつけ合ったぬくもりのあった時代から、一人ぼっちで寝しなにゲームをする時代へ。タオを描くにあたり「長い時間が推移していくことが必要だった」とジャ監督は語る。

 「僕らの生活は断片的で些末なことに追われているけど、いざ人生を理解しようとすると時間からとらえた方がいいと思いました。たとえば、30代のころは40代のことはよく分からない。世代ごとに与えられるものとなくすものがある。家庭を作る、子どもが生まれるということもあれば、人と別れる、親を亡くすこともある。その両面を意識しながらヒロインの時間を追っていったのです」

 ジャ監督自身の体験も作品に影響し、「長江哀歌」(06年)を撮ったころに突然父親を亡くしたこと、年老いた母親とのやりとりなどの要素が盛り込まれた。たとえば映画の中に出てくる「鍵」もそうだ。ヒロインのタオは、別れ別れになる息子に家の鍵を渡す。故郷に帰ったジャ監督も、母親から実家の鍵を渡されたという。

 「母親から鍵を渡されたとき、重いと思いました。『しまった。自分が至らなかった』と。自分の時間のほとんどを仕事に使っていたことを反省しました。故郷の同級生の子どものお祝いにも出てあげられなかった。それまでお正月にしか帰っていませんでしたが、今はしょっちゅう帰るようにしています。故郷のお年寄りの喜寿の祝いとか、知り合いの祝いに参加したいと思うようになりました」

 ◇人生は予測がつかないことが起きるもの

 舞台は、ジャ監督の故郷である山西省のフェンヤンから始まり、海を越えてオーストラリアにまで飛ぶ。オーストラリアを選んだ理由は「季節も真逆で環境も違う南半球にあるため、距離よりも遠さを感じる。故郷から逃げた父親が息子と移住する場所としてふさわしかった」ということからだった。個がバラバラとなった近未来が、広々とした風景や無機質な室内の中に描かれる。しかし、遠い海外にいる息子と、関係が断ち切られた故郷の母親を、香港の歌姫サリー・イップさんの曲「珍重」がつなげるあたりにかすかな希望の光がともる。

 「26年間でヒロインが本来の自分からどう遠ざかっていったのか。手に入れたものもある半面、失ったものもたくさんあると思います」とジャ監督は語る。人が生きる上で時代の流れや影響は避けられないもの。大変な時ほど人は時間が長く感じられるものだが、困難な人生の方が深いのかもしれないとも思えてくる。

 「その通りだと思います。99年当時の私は、社会の発展でここまで貧富の差が大きくなるとは思いもしませんでしたが、人生で予測のつかないことは起きるものです。僕が初めて映画を撮ったのは27歳のときで、この映画を撮ったのは45歳でした。その間で、出会いもあり、去っていった人もいた。寂しさや悲しさと同時に、物事に対しての寛容さももたらしました。長い時間の中で、自分がどのように変わっていくのか。人生はある程度の年齢にならないと分からないこともあるけれど、映画を見ることで体験できると思います。ぜひ、若い方に見てもらいたいと思います」とメッセージを送る。

 「山河ノスタルジア」はタオさん、チャン・イーさん、リャン・ジンドンさん、シルビア・チャンさん、ドン・ズージェンさんらが出演。23日からBunkamuraル・シネマ(東京都渋谷区)ほか全国で公開中。

 <プロフィル>

 1970年、中国山西省・汾陽生まれ。97年、北京電影学院卒業。その卒業製作で作った長編劇映画「一瞬の夢」が、98年ベルリン国際映画祭フォーラム部門でワールドプレミア上映され、最優秀新人監督賞を受賞。そのほか世界の映画祭でグランプリに輝き、国際的な注目を集める。「プラットホーム」(2000年)、「青の稲妻」(02年)、「世界」(04年)と世界の映画祭で好評を博し、「長江哀歌」(06年)でベネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)を受賞するなど世界の映画祭で賞を獲得。「罪の手ざわり」(13年)でカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞。今作は、「青の稲妻」「四川のうた」(08年)、「罪の手ざわり」に続く、4度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作。

 (取材・文・撮影:キョーコ/フリーライター)

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