映画「宮本から君へ」(真利子哲也監督、9月27日公開)で、主人公の宮本浩を演じた俳優の池松壮亮さん。2018年4月期に放送されたドラマ版からの続投だ。「(宮本に)どっぷりつかってやって来たので、作品が出来上がってとにかくほっとしました」と安堵(あんど)の表情を浮かべる池松さんに、話を聞いた。
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原作は、マンガ家の新井英樹さんが1990年代前半に発表し、多くの若者を魅了した同名マンガ。ドラマ版は、文具メーカー「マルキタ」に入社した宮本が、営業マンとして奮闘する姿を描いた、いわば「サラリーマン編」だった。映画は、宮本と蒼井優さん演じる中野靖子の愛の試練を軸に展開していく。
「僕から社会性というものをすべて抜くとこうなるのかもしれない」と池松さんは演じた宮本について語る。自身としては「普段はクールにしている(笑い)」というが、「割と表裏がある人間」で、「昔からあきらめが悪い」性分だという。宮本を演じているときの自分は、「僕の中にあった小さなものが増幅してしまった」ように感じ、「相当、傲慢でした」と苦笑交じりに明かす。撮影から1年弱がたった今、「クールダウンして、通常の池松モードに戻っているところ(笑い)」だという。
池松さんが宮本と“出会った”のは、今から約7年前の、22歳のときだった。信頼する2人のスタッフから、「池松君がやった(演じた)ほうがいい気がする」と原作を読むことを勧められた。読んでみたところ、「すごく衝撃を受け」、それ以来、映像化への思いを温めてきた。そして、2018年にドラマが実現。同年9月末から約1カ月にわたる映画の撮影がスタートした。
池松さんは撮影を振り返り、「スタッフ、キャストを含め、ものすごく原作を愛している人たちが集まっていたんです。そういった人たちが、原作を読んだときに受けた衝撃をそれぞれ、どれくらい映画に込められるかというところで、撮影中はだいぶ苦労しました」と打ち明ける。完成した映画を見て、原作を超えられたとは無論、「思っていない」という。しかし、「『宮本から君へ』を扱っておいて、それを超えようとしないことは一番ダメなこと。途中で投げ出したり、半端なものを上げたりすることだけはしたくなかった」と語る言葉に、宮本という役に池松さんが注いだ熱量の大きさがうかがいしれる。
毎回、演じるキャラクターが持つ芯と自分自身を融合させることに心を砕いているという池松さん。そんな中で、今回、特に意識したのは「痛み」だった。それも、肉体的な痛みだけでなく「心の痛み」だ。「そういうものを受けた宮本が、ちゃんと、その瞬間、瞬間に傷ついていく。そういうものは必ず映画に映る」と信じていた池松さんは、「あのマンガの宮本は、いろんな人の痛みを背負ってあげていた気がするんです。そういうことをちゃんと登場人物として、僕がある程度2時間でやらないといけないと思っていました」と語る。
役作りでは、歯を抜くことすら考えた。「伝説的なマンガですから、これだけ原作というものを意識したことは正直なかったですし、本当にいいものになるなら、歯を3本くらいささげてもいいと思っていた」という。もっともそれは、原作者の新井さんと共演の蒼井さんに「必死で止められた」ことで、実行されなかったが……。
宮本は、人一倍正義感が強く、愚直なまでにそれを貫いていく。自分の思いを遂げるためなら土下座をするのも、激情のあまり鼻水を垂らしたりすることもいとわない。そんな宮本について、池松さんは「僕はこうはなれない。もっともっと社会に順応して生きてきたし、もっともっと目をふさいで生きてきた気もするし。自分の心をだまして進んできたような気もするし……」と羨望(せんぼう)のまなざしを向ける。その一方で、「真っ当さだけを貫いて生きていくというのは相当大変でしょうし、だからこそ、みんなが憧れるのでしょうし、嫌いになるだろうし……」と複雑な心境ものぞかせる。池松さん自身、宮本には「愛憎入り混じった」感情を抱いているという。
池松さんによると、原作者の新井さんは、原作を書き上げてからこのかた、原作がどんなに称賛されても「ずっと罪の意識があった」と話しているという。「そういうものから、自分の子供のような年齢の(池松さんと蒼井さんの)2人が救済してくれた。(新井さんは)そういうふうにおっしゃっていて、それには僕もものすごく救われました」と感無量の様子を見せるも、「と同時に、僕に罪の意識が移って、どうしようかなという気持ちがあるんです」と苦笑する。
ちなみに、池松さんいわく新井さんは、「ものすごくいい人で、誰に対してもフラットな方」で、それが分かると、「みんながびっくりするぐらい、いろんなことを頼み始めるんです(笑い)。(映画に)出てくれとか、題字を書いてくれとか(笑い)」。実際、ドラマにも映画にも、新井さんは宮本の父親役で出演している。
今回の映画は、ドラマの後日談となるが、池松さんは「原作を知らない人、読んだことがない人、ドラマを見ていない人も、ゼロから見られるように作っているつもりですし、おそらく、見られると思います」と太鼓判を押す。そして「ドラマは(宮本の)サラリーマン編でしたが、今回は、宮本が靖子と出会ってからの話で、宮本がものすごく大きな壁にぶち当たるという、ドラマよりももっと人生を感じる内容になっていると思います」とアピールする。
その上で、「『宮本から君へ』の『君へ』というのは、つまり(観客の)皆さんのことで、例えば、朝起きることとか、家事とか、子育てとか、会社勤めとか、なんでもいいんですけど、日々生きることに対して、もう少し頑張ってみようと思っている方。あるいは何も見つからずに、もやもやしている方。社会全体の閉塞(へいそく)感もそうですし、最近の『静観だ』『忖度(そんたく)だ』とか、そういった時代を積み重ねることで、もやっとしてしまったものに対して、宮本にも何かできることがあるんじゃないか。そういう気持ちを込めた、社会や個人、新しい時代へのプレゼントのような映画になっていると思います」と語る。そして「時間があったらぜひ見に来てください」と呼びかけた。
(取材・文・撮影/りんたいこ)
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