大ブームを巻き起こした吾峠呼世晴さんのマンガ「鬼滅の刃」が、惜しまれつつ最終回を迎えた。近年さまざまな作品がブームとなってきたが「鬼滅の刃」には他の作品とは違う現象が起きているようだ。ヒット前から作品を見守ってきたアニメコラムニストの小新井涼さんは、二つのポイントを挙げ、今回の“鬼滅旋風”を分析している。
ウナギノボリ
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日本中に“鬼滅旋風”を巻き起こした吾峠呼世晴さんの人気マンガ「鬼滅の刃」が、未だブームも冷めやらぬ中、今月18日に堂々の完結を迎えました。ブームの火付け役となったアニメの放送開始からは1年弱、社会現象とまでいわれるようになってからはまだ半年もたっていません。ですがそんな短期間であっても、本作が生んだこの盛り上がりは、今後令和のアニメやマンガを語るうえでは間違いなく外せないものになったといえるでしょう。こうした盛り上がりは、それまでのヒット作とはどこが違い、こうしたブームを通じて、「鬼滅の刃」は人々に一体何をもたらしたといえるのでしょうか。
「鬼滅の刃」の盛り上がり方には、アニメを口火とした近年のヒット作とくらべると、異例な点が二つありました。
一つは、アニメ放送中に作品が盛り上がるまでにかかった時間です。ここ5年ほど、深夜アニメのヒット作は「おそ松さん」や「ユーリ!!! on ICE」、「ポプテピピック」のように、第1話か、もしくは「けものフレンズ」のように遅くても第3話くらいには“バズ”って話題になる傾向にありました。いわゆる“0話切り”も多い昨今、放送開始直後に話題にならないと、途中で視聴を脱落する人も出始めて話数を追うごとに視聴層を広げることが難しくなっていくためです。
ところがこの「鬼滅の刃」は、第1話からも高評価ではあったものの、目に見えてアニメファンの間で盛り上がりを見せ始めたのは、新規の視聴者が増えづらいはずの1クール目終盤、第11話くらいからのことでした。毎週じわじわと着実に広がる「『鬼滅』がすごいらしい」という噂と、それを聞きつけた人々が配信で放送を”後追い”した結果、話数を追うごとに視聴層が広がり盛り上がっていきました。こうした現象は、近年の他のヒット作では見たことがありません。
もう一つは、その盛り上がりがアニメ放送終了後も拡大し続けたことです。アニメ化した作品が盛り上がって、原作がアニメ化効果で売れることはあっても、そのピークは放送中か放送終了直後までで、その後は徐々に落ち着いていく傾向にありました。ところが「鬼滅の刃」は、昨年末からの原作累計発行部数の推移等をみても分かるように、放送終了から半年以上たった今も、その盛り上がりは落ち着くどころか右肩上がりに高まり続け、むしろアニメ放送中よりも大きくなっているくらいなのです。「友情」「努力」「勝利」というジャンプの王道らしさや義理人情や家族愛という普遍的なテーマ、そしてバトルやコミカルなシーンといったエンタメ要素まで、多面的な魅力を併せ持つ原作と、それらに裏打ちされた世界を映像と音響で生き生きと顕現させたアニメとのすさまじい相乗効果は、どこまでも人々を魅了し続け、いまだにその限界が見えてきません。
このように、「鬼滅の刃」が起こしたブームは、たった1年程の間に近年のヒット作では見られなかった事態を次々と引き起こしてきたのです。
これまでにさまざまなアニメを見て、それらが起こすムーブメントを体験してきましたが、だからこそ自分にとってこの「鬼滅の刃」ブームはかなり“えたいの知れないもの”で、その動向にはアニメ放送中からずっと注目し続けていました。それもあって、さまざまなメディアでブームに言及する貴重な機会もいただけたのですが、そのうちのひとつ、ラジオで対談をさせていただいた際に、伊黒小芭内役の声優・鈴村健一さんがおっしゃっていた「誰かが情熱を注いだものは、ちゃんと売れるんだ」という感想は、一見素朴ではありますが、今考えると、このブームを通して「鬼滅の刃」がもたらしたものの本質を突くものだったように思います。
アニメをはじめとするさまざまなエンタメコンテンツがあふれ、ブームの移り変わりも激しく、ファンの興味も細分化している現在。ちゃんと届けば評価されるのに、潜在的なファンにさえ知られずに終わってしまう作品もたくさんあります。しかし「鬼滅の刃」は、そんな時代でも人々が情熱を注いだ強い魅力を持つ作品はちゃんと多くの人に届くことがあるんだということを、このブームを通して実証してくれたように私は思うのです。
たとえ放送序盤で話題にならなくも、ファンになってくれる人たちが後から見つけてくれるかもしれない。話題になっていないからと“0話”で切ってしまった中に、実は自分好みだった作品を見つけて後からめちゃくちゃハマるかもしれない。バズりはしなくても、作品に込めた熱意はちゃんと伝わり、いつかヒットに繋がることだってあるかもしれない……。そんな、これまで作品や視聴者、作品を生み出す側にとって、「理想的だけど難しいだろうな」と思われていたすべてのことを「鬼滅の刃」は実現しました。
本作のこの功績は、今後新たに生まれてくる作品にとっても、その作品を楽しむ人や生み出す人たちにとっても、今の時代にもそんな盛り上がり方でヒットするコンテンツは生まれ得るのだという、前向きな前例になったと思います。
こあらい・りょう 埼玉県生まれ、明治大学情報コミュニケーション学部卒。明治大学大学院情報コミュニケーション研究科で、修士論文「ネットワークとしての〈アニメ〉」で修士学位を取得。ニコニコ生放送「岩崎夏海のハックルテレビ」などに出演する傍ら、毎週約100本(再放送含む)の全アニメを視聴して、全番組の感想をブログに掲載する活動を約5年前から継続中。「埼玉県アニメの聖地化プロジェクト会議」のアドバイザーなども務めており、現在は北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程に在籍し、学術的な観点からアニメについて考察、研究している。
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