インタビュー:「春との旅」小林政広監督に聞く 「生きることに貪欲な人物を今の時代に置いた」

言葉を選びながら慎重に答える小林政広監督。シナリオライターとして活躍し、言葉の重みを知っているからこそだろう
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言葉を選びながら慎重に答える小林政広監督。シナリオライターとして活躍し、言葉の重みを知っているからこそだろう

 名優・仲代達矢さん(77)が「約150本の出演作中、5本の指に入る脚本」と明言した小林政広監督による「春との旅」が22日に封切られた。「愛の予感」(07年)に代表されるように、せりふが極端に少なかったり、反復を繰り返すなど前衛的な作品が多かった小林監督だが、今作は音楽を多用し、老人と孫娘のロードムービーにするなど、極めて分かりやすい内容になっている。「1本の映画を作るときの考え方が少し変わった」と話す小林監督に聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 「春との旅」は、足が不自由な元漁師、忠男(仲代さん)が主人公。孫娘の春(徳永えりさん)が職探しのために都会へ行くことになり、その前に自分の面倒を見てくれる肉親を求め、旅に出る話だ。旅の道連れは、自分の“不用意なひと言”で頑固者の忠男を奮い立たせてしまったことを悔やむ春。北海道・増毛町を起点に、宮城県気仙沼市や仙台市を経て、再び北上し苫小牧、新ひだか町静内へと向かう、忠男と春の痛々しくもほほ笑ましい旅が始まる。

 「この作品に、コメディー的な要素がもっと色濃く加味されていたら、『寅さん』だと思うんですよ。(忠男という)わがまま放題で好き勝手やっている男が、誰からも相手にされないという話ですから」と自身の作品を表現する小林監督。“寅さん風”の話にしようと思ったのには、こんな背景がある。

 幼いころ、小林監督はものすごく内向的で、「(フランソワ・)トリュフォーの映画に救われた」という。だから、映画作りも「社会的に弱い立場の人に元気になってもらいたいという個人的な思い」で続けてきた。しかし、作品を重ねるにつれて気付いたという。「そういう孤独な人は、残念ながら、今の時代、映画を見に来ない」ということに。

 「もちろん、これまでも僕の作品に共感してくれる人は、数は少ないながらもいてくれました。でも、それだけじゃ食べていけないんですね。だから今回は、不特定多数の人の心に残るようなものにしようと思ったのです」

 4月には、同名の小説を刊行した。すでにそれを読破し、映画公開を待ちわびていた人もいるだろう。しかし、そういう人は、いい意味で期待を裏切られることになる。なぜなら小説は、映画のストーリーをなぞった、いわゆる“ノベライズ本”とは違う。映画で描かれた話の“その後”がつづられているからだ。

 「この本を読んで、一体どうやって映画にしたんだろうと(読者に)思ってもらえたらいいだろうなと。小説を読むのが子どものころから好きでしたから、せっかく書くのなら、そういう(文学に対する)リスペクトみたいなものを自分自身で感じながら書きたいと思ったのです」と執筆当時を振り返る。

 小説ではまた、物語を語るきっかけとなる忠男のつえが、映画では冒頭にしか出てこない。しかしそこにも、小林監督の深い意図がある。

 「春がつえなんですよ。忠男は最初、春をモノとしてしか考えていなかったんです」

 確かに、忠男は独善的な男だ。しかし、孫娘をつえ呼ばわりするほどの唯我独尊の老人とは、正直なところ筆者には見えなかった。小林監督は「そういう主人公をあえて出していくことが、僕にとっては大事だった」と話す。

 「今の世の中、人々がみんなすごく優しくなって、他人に迷惑を掛けてでも自分から道を切り開いて生きていこうとする人が、あまりにも少ないじゃないですか。そうではなくて、ずうずうしくて、礼儀を知らない男かもしれないけど、生きることにものすごく貪欲(どんよく)で、そういう人間を(今という)時代背景の中に置いたら、見ていて励みになるんじゃないかと思ったんです。こういう話だけど、見てガックリうなだれるような映画よりは、アクション映画じゃないですけど、見終わって少し元気をもらった、ぐらいの作品にしたかったんです」

 その独善的な男、忠男を演じたのは仲代さん。その仲代さんについて「僕なんかが言うのはすごく僭越(せんえつ)ですが、感じ方や芝居のとらえ方がすごく似ていると思いました。だからシナリオも気に入ってくれたのでしょう」と分析する。

 もともと、小林監督は一緒に仕事をする人間とは、スタッフであれ俳優であれ、食事や酒を飲む機会を作り、互いの考え方や感じ方を知り合った上で撮影に臨むタイプだ。今回も最初のうちはそうしたそうだが、仲代さんとは「途中からそういうことが全然いらなくなるほど」気持ちが通じ合ったという。

 「現場でなんでも聞いてくださる方なんです。こうやりたいけど、どうかなと。だいたいこちらが考えていることと一緒なので、いいじゃないですかと答えるんですが、そんなふうでしたから、すごくやりやすかったですね」と、仲代さんと共有した時間を懐かしそうにかみしめた。

 9.11米同時多発テロがあった01年の暮れにストーリーを思いついた。10年越しの作品だけに、今作に対する思い入れは強い。「今ではさすがになくなりましたが、先々月くらいまでは、編集し直したり、突然現場に行ってスタッフを怒ったりする光景が夢に出てきていました」。その強い思いが、映画を通して観客の元に届くことだろう。

 <プロフィル>

 1954年、東京都出身。フォーク歌手やシナリオライターとして活躍後、96年に「CLOSING TIME」で監督デビュー。99年、「海賊版=BOOTLEG FILM」、00年「殺し」、01年「歩く、人」と、3年連続でカンヌ国際映画祭に出品する。03年、「女理髪師の恋」がスイス・ロカルノ国際映画祭特別大賞、07年「愛の予感」が同映画祭のグランプリに当たる金豹賞を受賞するなど、海外の映画祭での評価は高い。他の作品に「バッシング」(05年)、「ワカラナイ」(09年)、「白夜」(同)など。

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