源氏物語 千年の謎:鶴橋康夫監督に聞く 15~21歳の源氏を描く「一直線の青春ドラマ」

「源氏物語 千年の謎」のメガホンをとった鶴橋康夫監督
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「源氏物語 千年の謎」のメガホンをとった鶴橋康夫監督

 生田斗真さんが光源氏に、中谷美紀さんが紫式部にふんし、「源氏物語」の誕生秘話を源氏と式部、双方のラブストーリーと共に描く映画「源氏物語 千年の謎」。脚本も担当する高山由紀子さんの「源氏物語 悲しみの皇子」(角川書店)が原作で、生田さん、中谷さんのほか、時の権力者・藤原道長に東山紀之さん、源氏と恋に落ちる姫君たちに、真木よう子さん、多部未華子さん、芦名星さん、田中麗奈さんらがふんし、さらに源氏の世界と式部の世界を往来する陰陽師・安倍晴明を窪塚洋介さんが演じるなど、そうそうたる顔ぶれだ。彼らを束ね、神秘できらびやかな一方でまがまがしい愛の物語を作り上げたのは映画「愛の流刑地」(07年)の鶴橋康夫監督だ。撮影秘話について鶴橋監督に聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 鶴橋監督といえば「愛の流刑地」以前は一貫してドラマの監督としてらつ腕をふるった。そこで描いてきたのは、アルコール依存症の女性の話であり、家庭内暴力の話であり、裁判劇などだった。鶴橋監督が“社会派”と呼ばれるゆえんだが、そんな監督が、なぜ古典劇、しかも恋愛劇を撮ったのか。すると鶴橋監督は、男女の関係を撮ることは「人間を多面的に撮ること」にほかならず、その点では「源氏物語」は「希代の色事師の話」で、監督本人にとってはうってつけの題材であったことを挙げ、また撮影中、大津市にある式部ゆかりの石山寺で、夜になると“漆黒の闇”に包まれたことを思い出しながら、「千年の時間がたっても、そして、(東日本大震災という)予期せぬ天災と人災が襲ってきて、闇に近い世の中になってきているなあという閉塞(へいそく)感でいえば、闇の中での企み(を描いている)という点で、僕はやっぱり社会派なんですよ」とソフトな語り口で話した。

 映画は、道長と式部のつやっぽい場面から始まる。それは前作「愛の流刑地」がそうだったように、その後に続く源氏と藤壺(真木さん)やほかの姫君たちとのまがまがしい愛の世界を予感させる。しかし鶴橋監督は今作を予想通りには撮らなかった。美しく、神秘的な描写の多い、源氏の15歳から21歳までの「一直線の青春ドラマ」として撮ったのだ。なぜなら、源氏の「今世はあなたと一緒にいましょう。来世もあなたと一緒にいましょうとどの女性(姫君)にも同じような神経質さと繊細さを見せる青春の残酷さ」は、「今の若い男の人たちとつながる」と思えたからだ。もっとも鶴橋監督自身、今作以降の源氏、つまり、藤壺と別れたあとの彼は、「おどろおどろしい好色漢」となっていくことは認める。だが、「そのあたりをやり始めると、いわゆる都会の孤立とか、青春のいちずさがなくなってくる」。だからこそ若い時期の青春ドラマとして描いたのだ。

 その上で、「源氏は、若さと美しさで帝(榎木孝明さん)も藤壺も六条御息所(田中さん)も屈服させていく」といい、「今の若者に一番欠けているのは、たぶんその部分。俺は美しいとはいわなくても、俺は若いんだぞと走り続ける男がいたっていいと僕は思っている」といまどきの若者へエールを送る。そして「特に今、世の中がこういう(閉塞した)状態ですから、シンプルでいちずな、俺は若いんだ、美しいんだと“一点突破全面展開”できる若者を見せ付けてやりたいという気がしたんです」と、改めて今作に込めた思いを語る。

 その源氏を演じた生田さんについては「斗真は本当に賢い。それにあの透明感。源氏と重なる芝居を、彼がうまくやってくれたから、僕は本当にいうことがありません」と手放しでたたえる。ほかにも「ときどき寄るべない表情を浮かべる道長」を演じた東山さん、「一生懸命全身で芝居していた」窪塚さんらを、「みんなよく飽きないで、懲りないで頑張ってくれると感心した」とねぎらい、「彼ら出演者たちから毎日励まされていました」と、71歳のベテラン演出家は感謝の言葉も忘れない。

 鶴橋監督は、30~40代のころは、女性を撮るのがうまいといわれた。その後、ドラマ「刑事たちの夏」(99年)で役所広司さんらと仕事をし、今度は「男を撮るのがうまいといわれるようになった」という。「要するに、人間が撮れればいいんですよ。僕は人間に対して好奇心のかたまりなんだと思うんです」と自己分析する。

 読者へのメッセージとしては、「できるなら3回見てほしい。1回目はとにかく雰囲気に浸って。2回目はこの男と女の関係はなんだったんだと見てもらって。そして、3回目でようやく日本の内(宮中)というのはこういうようなことだったのかと。そこから古典などに興味を持つかもしれませんからね。若い人たちがこれからの日本を背負っていくわけだから、こういう不思議な男女の物語が千年も前にあったということに思い当たっていただければ。そして、何度もいいますが“恋をしろ”ですかね」。人間に対するあくなき好奇心を持ち続ける希代の映像作家は、そんなしゃれたコメントを残した。

 <プロフィル>

 1940年新潟県生まれ。中央大法学部卒。62年、読売テレビに入社し、同局在職中には、「四角い空」(63年)、「かげろうの死」(81年)、「仮の宿なるを」(83年)、「手枕さげて」(87年)、「愛の世界」(90年)、「東京ららばい」(91年)など一貫してテレビドラマを演出。03年に退社し、東北新社でエグゼクティブディレクターに。05年、芸術選奨文部科学大臣賞大賞受賞。07年に紫綬褒章受賞。07年、初の劇場映画「愛の流刑地」を監督した。現在はフリーで活躍。他の主なテレビ作品に「悪女の倫理」シリーズ(65年)、「魔性」(84年)、「刑事たちの夏」(99年)、「永遠の仔」(00年)、「リミット」(00年)、「天国と地獄」(07年)、「警官の血」(09年)などがある。初めてはまったポップカルチャーは、「サミー・デイヴィスJr.のジャズ。あとは人生幸朗のぼやき漫才ですね(笑い)」。

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