「SPEC」や「トリック」などで知られる堤幸彦監督の新作「MY HOUSE」が26日、公開された。路上生活者の暮らしぶりにカメラを向けた作品で、実在の人物がモデルになっている。原作となった「TOKYO 0円ハウス 0円生活」(河出文庫)や「隅田川のエジソン」(幻冬舎文庫)を書いたのが、作家で建築家でもある坂口恭平さんだ。映画は、アングルや編集に凝る堤監督らしい映像表現がない上に映像はモノクロ。一見すると別の監督の作品のようだ。「本当は名前を伏せてやりたかった」と打ち明ける堤監督と、映画化の話に「興奮した」と話す坂口さんが、完成した映画について語った。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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−−モノクロの映像が美しかったです。
堤監督:デジタルカメラで撮影しましたが、フィルムと違ってデジタルは、モノクロを表現するのが難しいんです。映像が人間的にならないというか、見づらくなってしまうんです。ところがこの作品は、遠近感もきちんとあって、非常にきれいに表現できました。優秀なスタッフのお陰です。
−−主人公の鈴本さんの“家”は、モデルとなった鈴木正三さんの家のコピーです。坂口さんが引いた図面に沿って美術の担当者が作られたそうですが、冒頭では鈴本さん役のいとうたかおさんが黙々とそれを組み立てます。あの光景を間近に見てどう感じましたか。
堤監督:これまでの作品は、おもにすでに建っているものに主人公が出てきて、芝居をしてという、ある種、強制的な世界観を売りものにしていました。その点、今回は地面に土台となる箱を置いて、そこからコツコツと手で組み立てていく姿を淡々と撮り続ける。いままで一度もなかったことですから、とても興奮しましたし、非常に幸福な撮影方法でした。
坂口さん:僕の中で今回の映画は、都市を舞台にした“劇中劇”なんです。僕らが普通に暮らしている壁の裏に何があるのか。それをすべて見せるというイメージなんです。
−−エンディングが原作とは違いますね。
堤監督:現実と映画はやはり違います。鈴本さんの生活は、ある種、ユートピア的な暮らしぶりではあるけれど、その実、われわれとはまったく違う、暴力と権力の中で生きている。そういうヒリヒリとした感じを映画の中にたたきつけたいと思っていたので、ああいうストーリー運びにさせてもらいました。
−−従来の堤監督のカラーとは随分違う作品ですが、坂口さんは完成した作品をご覧になっていかがでしたか。また、鈴木さんは作品をご覧になったのでしょうか。
坂口さん:鈴木さんはまだ見ていません(取材は4月中旬)。今回の映画は、僕の中では、それほど堤さんの他の作品と変わっていると思わないんですよ。というのも僕は、「トリック」のときもそうでしたが、ストーリーよりむしろ、どういうふうに空間を使おうとしているのか、そこに興味を持って見ているからです。
堤監督:だいたいみなさん、今回の映画について、全然違う設定ですねとおっしゃるんですが、坂口さんは初見で僕の他の作品との類似性に気づかれた。天才ですよ。
坂口さん:僕にとっての映画は、フィルムの中に収められる空間をどう描くかということだけなんです。だからこそ、裏で必死になってセットを作ったりするわけです。そのストラグル(葛藤)がとても好きなんです。
−−堤監督も同じ考え方ですか。
堤監督:僕の場合は、(事象は)絶対コピーはできないんだけど、できるだけ近づくことによって、何か別の概念が、あるいは印象が生まれることが、映画としてのあり方だと思っています。僕は、フランシス・フォード・コッポラ監督の「ワン・フロム・ザ・ハート」(82年)という作品が大好きなんですが、あれこそ人工芸術の極み。莫大(ばくだい)なおカネを投下して空港のセットを作り、あまつさえ飛行機を上に飛ばすという荒業をしてしまう。それによって、妻に逃げられた男の虚無感を増幅して表現したいというコッポラの意図が見えてくるわけです。そこがカッコいいし、映画的だと思うんです。それに倣って、僕もいろんなものを作り続けているのだけれど、果たして、自分は腕が未熟なんで、そこまではいってない。でも、そういうアプローチです。
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−−お二人にまつわる記事やご執筆なさった書籍から、ともに学歴社会に反感を持っていると推測するのですが、共鳴し合う部分はありましたか。
坂口さん:僕はエリートなんです(笑い)。早稲田大学理工学部建築学科卒。高校は進学校、中学もずっと成績は1番でした。
堤監督:彼は超スーパーエリートです。それに引き換え、私はまったくのアンチエリート。落ちこぼれです。中学のとき差別され、無視され、その怨念がロックに走らせた。
坂口さん:僕の場合は、もうちょっとずるい人間だったんです。“アンチ”するくらいなら、この教科書を全部記憶したら100点取れるでしょと、それを実践し、オール5をとっていた人間ですから。大人たちを小ばかにしていたんですね。たぶん、人間に対する憎しみは、僕の方が強いですよ。人間の愚かさに対してすごく怒っていた。
堤監督:そのへんは共通しています。僕は、落ちこぼれた果てに、それが怒りに変わって、中学、高校、大学と怒りを具体的に表現していったけれど、矛先を1度、社会に入ることで収めて、しかして怒りの芯みたいなものがずっと残っていた。そして、出会うべくして(07年、坂口さんが書いた記事が載った雑誌)「AERA」を読んでしまい、普通なら読み流すところを、坂口さんを探し出して話を聞いて、鈴木さんを訪ねるという次の行動に出てしまう。なおかつ映画にしてしまう。坂口さんとは、どこかで何か、通底するものがあるのでしょう。と、天才に対して私がいうのも不遜(ふそん)ではありますが(笑い)。
−−お互い、今だからいいたこと、聞きたいことはありませんか?
堤監督:坂口さんは、内容に対していろいろあるでしょうけれど……。
坂口さん:全くないですよ。これは堤さんの作品。僕は原作者。リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」(82年)は、原作者フィリップ・K・ディックのそれとは違いますが、違うから面白い。
堤監督:安っぽく聞こえるかもしれませんが、坂口さんは、ホームレスの生態を通じて、社会批評をきちんと書籍にまとめられている。そのやり方がすごく潔くて、変わっていて、面白くて、いままで見たことのない文芸批評なわけです。僕とは年齢が全然違いますが、そのパワー、あるいは発想、視点、そのへんをご教授いただきたいと思っています。
坂口 僕の本の読者はみんな、明るい本だといいますが、それでもいいんです。ただ、そういう人にはおそらく悩みがないのでしょう。悩みがあれば、僕が抱える憎しみや暗さを感じてもらえるかもしれない。その点、堤監督が、僕の本が持つ多面体としての側面をカバーしてくれたのは、すごくありがたいことです。
−−読者にメッセージをお願いします。
堤監督:この映画を通じて、あなたが持っているモノはなんですか? 本当の自由や幸せとは?と僭越(せんえつ)ながら問いかけたい。それは同時に、僕自身に問いかけている部分でもあります。この映画で、そういう時間を持っていただくのも悪くないのではないでしょうか。
坂口さん:自分なら家をどうするか、どうやって食べていくか、どうやってお金を稼いでいくか。そういうことを、(路上生活者を)批判するのではなく、自分自身を同一平面上に置いて真剣に考えて見ると、面白いと思います。
<堤幸彦監督のプロフィル>
1955年生まれ、愛知県出身。音楽番組やバラエティー番組のディレクターとしてキャリアをスタート。88年、オムニバス映画「バカヤロー! 私、怒ってます」の1編「英語がなんだ」で監督デビュー。その一方で、テレビドラマ「金田一少年の事件簿」(95~96年)、「ケイゾク」(99年)、「トリック」(00年)、「SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~」(10)などを演出。映画も多く手掛け、おもな作品に「トリック劇場版」シリーズ(02、06、10年)、「明日の記憶」(06年)、「20世紀少年」シリーズ(08、09年)、最近の作品に「劇場版 SPEC 天」(12年)がある。初めてハマった日本のポップカルチャーは、日本のロックバンド「はっぴいえんど」。「あれがなければ、いまこうして東京にもいなかった。バンドのあり方、詞のあり方、音楽の作り方、演奏方法、アルバムの作り方、すべてにおいて斬新でした」と話す。
<坂口恭平さんのプロフィル>
1978年生まれ、熊本県出身。早稲田大学理工学部建築学科卒。04年、日本の路上生活者の住居を収めた写真集「0円ハウス」を刊行。06年、カナダのバンクーバー美術館で初の個展を開催。今作の原作となった「TOKYO 0円ハウス 0円生活」「隅田川のエジソン」のほかに、「TOKYO 一坪遺産」「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」がある。初めてハマった日本のポップカルチャーは「週刊少年ジャンプ」(集英社)。「いろんな作家が集まって、とんでもない作品が1週間に1度パッケージングされているという形態が好きでした。それをまねて自分でも、ジャンプし切れない自分の状況を把握し、『ホップ・ステップ』という雑誌を作り始めました」と語る。
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