俳優、高倉健さんの6年ぶりの新作「あなたへ」が25日に公開された。メガホンをとったのは、高倉さんとは今作で20本目(チャン・イーモウ監督との共作「単騎、千里を走る。」を含む)のタッグとなる降旗康男監督。先ごろ誕生日を迎え、「気がついたら78歳になりまして」と笑顔を見せる降旗監督に、高倉さんのこと、作品に込めた思いなどをうかがった。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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映画「あなたへ」は、08年に亡くなった映画プロデューサーの市古聖智さんが残したプロットをもとに、降旗監督と脚本家の青島武さんが作り上げたオリジナルストーリーだ。富山にある刑務所の木工所で指導技官を務める主人公が、亡くなった妻の「故郷の海へ散骨してほしい」という願いをかなえるために、彼女の故郷である長崎県平戸市の漁港の町・薄香までの1200キロに及ぶ旅に出かける。その道中、出会う人々との一期一会をかみしめながら、やがてたどり着いた薄香で妻の真意を知る……という物語だ。主人公の倉島英二を演じているのが高倉さん、その妻・洋子を、高倉さんとは「夜叉」「ホタル」でも共演した田中裕子さんが演じ、ほかに、英二が出会う人々として、ビートたけしさん、SMAPの草なぎ剛さん、佐藤浩市さん、綾瀬はるかさんらが出演している。
降旗監督の高倉さんとの初仕事は、66年の任侠映画「地獄の掟に明日はない」だった。以来、高倉さんには、ヤクザであったり、五輪の射撃選手でもある刑事、定年間近の駅長、戦争の傷跡を抱えて生きる漁師など、「過去のしがらみを背負い込んで生きていく人物」を演じてもらった。しかし今回は、80年という歳月を生きてきた高倉さんだからこそ、「いろんな役をやってもらいたい。いままでの健さんの型にはまらない役を作っていったほうがいい」と考えた。
企画が走り出した当初は主人公の経歴を、元刑事や刑務所の医者、弁護士などが浮かんだが、どれも「いろんなものを背負ってしまう」からとやめた。その一方で「刑務所になんらかの形で来ていた女性と結婚するという設定だけはずっと頭の中にあった」という。そして落ち着いたのが、歌手として刑務所に慰問に来ていた女性と一緒になる刑務官だった。その刑務官の職も、女性と一緒になったことで木工所の技官に転身する。「男が年をとっていくというのは、世の中のいろんなしがらみから開放されていくことではないか。その方向で(台)本を直していきました。僕としてはその面はうまくいったと思っています」と映画が完成した今、満足した表情で語った。
印象に残るシーンに、富山刑務所での場面を挙げる。富山刑務所は、もともと神輿(みこし)作りが有名であったことから選んだ。そこを訪れた際、長さ約250メートルの廊下が降旗監督の心をとらえた。「この廊下を映すだけで、刑務所とか受刑者、受刑者と親しい女性と一緒になった主人公とか、いろんなものが表現できると思い、これだけは撮らせてくださいと、撮らせてもらいました。ただ、始終受刑者が通るので苦労しましたが」と振り返る。
その廊下での場面で、“俳優・高倉健らしさ”がうかがえるエピソードがある。高倉さんはもともと「役に入るのではなく、役を自分のほうに入れる方。台本が自分のほうに全部入らないと、出演しましょうとならない」。なるほど、最近の高倉さんの寡作の理由がうかがえるコメントだが、ともかく、その廊下を歩いている英二が振り向くというイメージショットを撮ったときのこと。「健さんに、カメラが寄ったら振り返ってくださいといったら、健さんは、『あ、そうですか』と。『何に振り返るんだろう』とか、『どういうふうに振り返るんですか』というような質問はなさらなかった」という。おそらく高倉さんと英二はすでに一心同体になっており、新たに動きが加わっても、特に意識する必要はなかったのだろう。もっともそこには、降旗監督独特の演出術もある。
「役者といえども人間がすること。ほかの俳優さんもそうですが、演技といえども言葉で説明できるものではないと思うんです。ですから僕は、ここはこうだからこうしてほしいというようなことはあまり言ったことがないんです」
映画にはまた、ビートたけしさんが演じる、妻に先立たれた元中学教師や、草なぎさん、佐藤さんが演じるイカめしの実演販売員らが登場する。彼らもまたそれぞれに事情を抱えており、英二との対話で、「つい本当のことをポロリとしゃべってしまう人たち」だ。彼らと指導技官の英二の関係を通じて、「善悪だけでは推しはかれない、心にジーンとくることだけが、今の自分にとっては本当のことだというお付き合いがあるのではないかということも描きたかった」と降旗監督は話す。
実は降旗監督には、“巨匠”という肩書きから、気難しい方ではないかというイメージを抱いていた。ところがお目にかかってみると、高倉さんのことを「とてもユーモアがある方で、それは僕らはかなわない」や、「初めての俳優さん同士というのはとても緊張するものですが、そこを解きほぐしていくのがとてもうまい方」と表されていたが、どうしてどうして降旗監督こそ、初対面の若輩者の心を慮り、優しくゆったりと、控えめにお話ししてくださる。その降旗監督に改めて今作に込めた思いをたずねると、「年を取ること、死んでいくということはどういうことかなあと、みなさんが考えていることと触れ合えることがあればいいと思いますし、あるいは、震災によって家族の絆や職場の絆、学校、同窓会の絆といったものの大切さが明らかになりましたが、それだけではなく、偶然触れ合った男と女、男と男、そういうものによっても世の中は出来上がっているということも忘れないでほしい。そういう気持ちも少なからず込めました」と、最後まで控えめな態度を崩すことはなかった。映画は25日から全国で公開中。
<プロフィル>
1934年生まれ。長野県出身。東京大学仏文科卒。1957年、東映に入社。66年、「非行少女ヨーコ」で監督デビュー。高倉健さんと初めて組んだ「地獄の掟に明日はない」もこの年に公開。その後、「新網走番外地」シリーズなどの任侠映画を撮り、74年、東映との専属契約をやめてフリーに。99年、「鉄道員(ぽっぽや)」が日本アカデミー賞9部門で最優秀賞に輝く。08年、旭日小綬章受章。ほかの主な作品に、「冬の華」(78年)、「日本の黒幕(フィクサー)」(79年)、「駅STATION」(81年)、「夜叉」(85年)、「あ・うん」(89年)、「タスマニア物語」(90年)、「ホタル」(01年)、「赤い月」(03年)、「憑神」(07年)など。また70年代には「俺たちの勲章」や「赤い」シリーズ、「大都会 闘いの日々」といったテレビドラマも手がけた。公開待機作に13年夏公開の「少年H」がある。初めてはまったポップカルチャーは映画。中学から高校までの6年間、毎日1本ずつ見ていた。そんな中で「映画って面白いなあ」と思ったのは、セシル・B・デミル監督の西部劇「平原児」(36年)。「いちばん古いポップカルチャーですね」と笑顔で紹介した。
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