鍵泥棒のメソッド:内田けんじ監督に聞く 物語作りは「石油掘り」 温存してきたアイデアが開花

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 銭湯で転倒し頭を強打して記憶を失った男が、自殺を試みたものの死に切れない貧乏役者に“身分”を奪われ、自身は努力して役者としての才能を開花させていく。そこに、婚活中の女性編集長が加わり、ハラハラドキドキのサスペンスと、まさかの(?)ロマンスが展開していく……。なんともチャーミングな大人のための映画「鍵泥棒のメソッド」が、15日から全国で公開される。デビュー作「運命じゃない人」(04年)、2作目の「アフタースクール」(08年)のいずれも、こぢんまりとした設定ながら観客をあっと驚かせ、最後にはニンマリさせた内田けんじ監督。そのワザは、堺雅人さん、香川照之さん、広末涼子さんを迎えた今作で一層磨きがかかっている。クランクアップの日にはキャスト、スタッフとの別れがたく、「涙を6度くらいこらえた」と語る内田監督に、3年ぶりの新作について話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 内田監督は、日々の生活の中で面白いと感じたことをその都度ノートに書き取り、それが物語の骨格になっていくという。そんなストーリー作りを「石油掘り」に例える。なぜなら「モノになるかならないかは、とりあえず掘って(書いて)みるしかない」からだ。今回の香川さん演じる羽振りのよいヤクザ風の男・コンドウが、銭湯で転倒し記憶をなくすというアイデアは、監督自身が20代のころに通っていた銭湯で考えついたものだという。以来“温存”してきたが、コンドウと、堺さん演じる貧乏役者・桜井が入れ替わるというアイデアが合致したとき、ストーリーが転がり出した。ただ、一気に書き上げるまでにはいたらなかった。「とにかくコツコツと書いていくしかない。あきらめるか否かの境界線は、そこに魅力を感じるかどうか。今回の場合は、主役3人のキャラクターたちに、現代のスクリューボールコメディー(1930~40年代に米国で流行した奇人・変人が登場するコメディー映画)の材料としての希望と愛着と可能性を感じた」ことが力となった。

 小学校6年生のころから、夢や将来なりたい職業を聞かれると「映画監督となんとなく答えていた」という。高校生になると文芸座などの名画座に通うようになり、アルフレッド・ヒッチコック監督やフランク・キャプラ監督、ビリー・ワイルダー監督らの作品に傾倒していった。内田監督がスクリューボールコメディーを意識した作品作りをしている原点は、どうやらそのあたりにあるようだ。

 ヤクザが登場するのも内田監督らしさが出ている。監督いわく、ヤクザを登場させるのは「サスペンスの構図をとるときに便利」だから。なるほど、米国映画であれば、CIAやテロリストが登場しても観客は違和感を抱かない。だが、日本映画ではそれは難しい。そこで“ヤクザ”だ。「ヤクザが隣に引っ越してきたという恐ろしさは、日本的なリアリティーだと思います。僕の作品は、真っすぐなラブストーリーではあるんですが、いろんな面白い要素を入れようとすると、どうしてもサスペンスやミステリーの構造を利用せざるを得ない。そんなときヤクザは、問答無用に恐怖心をあおるという点で便利なんです」とその存在意義を説明する。そのヤクザを今回演じているのが、映画「大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇」(11年)などに出演している荒川良々さんだ。

 現場では、映画の世界観に合わせるため何度かテークを重ねた。「アフタースクール」以来2度目の仕事となる堺さんはさておき、初仕事の香川さんからは「ここまでやったのは久しぶりだといわれました。もっとこうしてほしいという僕のわがままを聞いてもらいました」と恐縮する。女性編集長・香苗役の広末さんにいたっては、キャラクターの性格上、笑顔を封印。慣れない最初のころは広末さんに「もっと無表情でとか、ちょっとまだ可愛過ぎるからNGみたいな、リアクションを一切しない演技を何度も何度もやってもらいました」と明かす。ただ後半は広末さんもコツをつかみ、「香苗本人に演出しているみたいな、一発OKも多かったです」とその努力をたたえた。

 「映画は、みんなのアイデアが詰まることで面白くなる。今回も、役者さんやスタッフが一生懸命面白くしようとしてくれました。みんなが愛情を持ってやってくれたから、すごく幸せでした」と関係者への謝意を示す内田監督。改めて見どころをたずねると、「コンドウが、桜井の服を徐々に着こなしていく過程」を挙げたあとに、「脇役の人に注目にしてほしい」と話す。「この映画の世界観を作っているのは、主要人物ではなく、むしろ、隣に住んでいる兄ちゃんとか、医者とか大家さんといった脇役」と説明。例えばオープニングで、香苗は部下を前にいきなり婚活宣言をする。それは観客からすると奇抜な行為に映るが、「本当にエキセントリックなのは、それを受け入れる脇役の人たち。受ける側の人がリアルな反応をしていたら、いつまでたっても世界はできない。でも彼らが『頑張りましょう』と受け入れるから、そこに世界が浮き上がってくるんです」。そうして“浮き上がってきた世界”をあなたもぜひのぞいてみては? 映画は15日から全国で公開。

 <プロフィル>

 1972年生まれ。神奈川県出身。92年に渡米し、サンフランシスコ州立大学芸術学科映画科で映画製作、脚本技術を学ぶ。98年に卒業後、帰国。01年、自主制作した「WEEKEND BLUES」が「第24回ぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2002」で企画賞などを受賞。04年の長編映画デビュー作「運命じゃない人」は、カンヌ国際映画祭でフランス作家協会賞をはじめとする4冠を受賞。「アフタースクール」(08年)に続き今作が3作目。

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