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悪の教典:原作者・貴志祐介さんに聞く「伊藤英明でないと蓮実はできなかった」

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「悪の教典」の映像化について語る原作者の貴志祐介さん 写真提供:文藝春秋

 伊藤英明さん主演、三池崇史監督で映画化した「悪の教典」が11月に封切られる。それに先がけ、携帯電話向け動画配信サイト「BeeTV」では、その“前日譚”のドラマ「序章」が配信中だ。生徒たちから慕われる高校教師・蓮実聖司(伊藤さん)が、実は、他者への共感能力を欠いたサイコパス(反社会性人格障害)で、自らの失敗を隠滅するために、クラスの生徒全員の殺害をもくろむという衝撃作。原作は、「黒い家」などで知られる貴志祐介さんの上下巻にわたるベストセラー小説。映像化の後押しもあり、その売り上げは累計で100万部を突破した。物議を醸し出しやすい内容の物語だけに、果たして貴志さんは今回の映像化をどう受け止めているのか。作品に込めた思いなどを含めてたっぷりと話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

 ◇映倫ギリギリの表現に爽快感

 −−映画化された感想をお願いします。

 よくぞここまでやったなという感じです。三池監督には「とにかくブレーキを踏まずに突き進んでください」とお願いしました。映倫のレーティングがあるので好きに作っていいわけではありませんが、その範囲の限界ギリギリまでやってくれたと思います。ある種、爽快感のようなものを感じました。

 −−映像化の強みを感じた場面はどこでしょう。

 (映画での)過去における、蓮実少年が両親を殺したエピソードや、米国での殺人とモルゲンシュテルン社でのエピソードの見せ方は随分うまいと思いました。蓮実が今、寝起きしている場所に重ねるように持っていっている。あれは、文章ではまずできないこと。それから、ネタバレになるので詳細は控えますが、終盤に、(カラスの)ムニンの片方の目を思い起こさせる場面があるのですが、あの不気味さは文章ではまず無理。突き抜けた表現だと思いました。

 一方のBeeTV「序章」は、映画より地味めではありますが、そのぶん蓮実の日常が、映画よりもリアリティーをもって迫ってきました。面白いのは、「序章」は映画の半年ほど前という設定ですが、実際には映画を撮ったあとで撮影している。そうすると、伊藤さんをはじめ俳優たちは、演じるキャラクターに対する理解が深まっている。だからこそ、蓮実は実はこういう人間なんだというリアリティーが漂ってくるのでしょうね。

 −−蓮実役を伊藤英明さんが演じています。

 いやあ、怖かった。最初に映像化の話があったとき、正直、伊藤さんは候補として全く考えていませんでした。というのも「海猿」のイメージが強過ぎましたから。でも聞いた瞬間、これはいいと思いました。まず、前半の人気教師の部分はなんの問題もない。あんな先生がいたら、絶対に人気が出ますよ。だけど後半は怖い。先日、ボクシングの世界チャンピオン内山高志さんと対談をしたとき、たまたま伊藤さんの話が出たんですが、内山さんは、「あの体格は強い」といっていました。格闘家みたいな体なんだそうです。上半身は鍛え上げられてパワーがあるが、体重は軽そうで早く動ける。そんな人が猟銃を持って迫ってきたら、どうしようもないですよ。その絶望感を表現する上で、蓮実役は伊藤さんじゃないとできなかったでしょう。

 *……15日から配信中のBeeTV版「序章」(野本史生監督)は、米国での投資銀行時代や、日本に帰国後、高校教師となった蓮実の日常など、映画には入り切らなかったエピソードを、三池監督監修の下で描いた、いわゆる前日譚だ。新任スクールカウンセラー水落聡子がフィーチャーされており、中越典子さんが水落を演じている。なお「序章」は4話に分かれており、毎週1話(30分)を配信。19日には4話をまとめたDVDがセル、レンタル同時リリースされた。

 ◇物議を醸すことへのためらい

 −−今作を書かれたきっかけについてうかがいたいのですが、貴志さんの97年の作品「黒い家」も“心のない人間”、つまり共感能力のないサイコパスをテーマにしています。

 あの作品はあの作品で書き切った気分なんですが、実はサイコパスと呼ばれている人も大きく分けて、秩序型と無秩序型の2種類がいる。例えば、無秩序型は、何か犯罪を起こしたときに何の工作もせずそのまま逃げていったりする。一方、秩序型というのは、頭がよく、完全犯罪を目指す。そういう非常にIQの高い秩序型のサイコパスというものを描いてみたかったのです。

 −−サイコパスによる大量殺人を描き、物議を醸すことにためらいはありませんでしたか?

 まず、お断りしておきたいのは、しばしば誤解されるんですが、サイコパスといわれる人すべてが犯罪者になるわけではなく、むしろほとんどがならないんですね。普通に社会生活を送れますし、知能が高い人もいる。ただ、共感能力が低いというだけなのです。例えば、戦国時代であれば英雄になっていたりするわけです。成功者として生涯を終わる人もたくさんいる。ですから決して差別用語ではないということは申し上げたいです。

 私は、差別というものに対して非常に憤りを感じている人間です。差別をなくすという取り組みがある中で、特定の言葉を使わないようにすることと差別をなくすこととは、全然違うと思います。多少問題があると思われる言葉であっても、その言葉を使っている人間に差別意識がない、むしろ差別に対する怒りの気持ちを持っているのであれば、そういう言葉を使うことを気にする理由は何もないのではないかと思うのです。ですから、サイコパスという言葉自体が物議を醸すかもしれませんが、私はこの言葉自体を排除すべきではないと思います。やはり使い方であって、その作品を読み終えた人が、何を考えるかだと思うのです。

 −−今作には、銃規制に対する思いも込めたと聞いています。

 「悪の教典」は群像劇ですが、善良な人間は数えるほどしか出てきません。だいたいみんな問題を持っていて、そうしたいろんな性格類型を見る中で、人間の心には闇の部分があるのだということを考えていただくのが一つ。もう一つは、そういう(問題のある)人がいるのだという前提で行動しなければならないということです。その場合どうすればよいかというと、銃規制なんですね。蓮実が銃を規制するべきだと冗談みたいにいってますが、実はあれは私の本音でして、仮にああいう人が大量殺人を犯そうとしても、銃がなければ被害はずっと少ないはずなんです。米国では銃による乱射事件がしばしば起きていますが、刀剣を振り回してもあそこまでの被害は出ない。日本には、米国のような強力なガンロビー(銃所有者協会)がないですから、銃規制はできるはずなんです。人間の内面を変えるのは容易なことではありませんから、せめてそういう危険なものへのアクセスを制限するべきだ。そういう思いも込めて、実はこの小説を書いたのです。

 *……貴志さんは、その衝撃的な内容の作風からは想像がつかないほど、語り口はソフトで温和だった。自身は、「コワモテの不良学生が学校の帰り道、子猫を拾っていた、それに近いものがありますよね。得だなと思います」と笑う。その貴志さんの姿をわずかながら見ることができる場面が、映画「悪の教典」にある。職員室の場面だ。それについて貴志さんは「決して(自分が)出ることが好きなわけではないんですよ。でも、自分の作品の映像化には特別な愛着がありまして、ワンシーンでも出るとヒッチコックのように参加した気分になれ、自分の作品とより強い絆が感じられるのです」と語っている。

 ◇極限状態でこそ人間的なドラマが生まれる

 −−その銃を使った乱射シーンをご覧になって、改めて何を思いましたか。

 銃の使い方をあそこまでリアルに、ヤクザの殺し合いではなく、高校生たちを冷酷に撃っていく。しかも明るい音楽がかかり、正直、ここまでやってよかったのかと思いました。本当に罪もない子どもたちが殺されていく。私が書くときに考えなければいけなかったわけで、なんとかしてやりたいと思うんですが、いまさらしょうがない……。

 −−三池監督は、残酷な場面でもあえて描くという考え方をする監督です。

 暴力とエンターテインメントの表現ということについては、三池監督の考え方に非常に共感します。例えば、子どもを育てている親からすると、そういうものから子どもを遠ざけたいと思うでしょうし、エンターテインメントで、こんなに凄惨(せいさん)なことを描いて何になるんだという意見はあるでしょう。ですが、実はそういう極限状況というのは、人間的なドラマが生まれやすいですし、何かをある種、脳の中に覚醒(かくせい)させるんです。日常生活では感じなかったようなことを。いまの視聴者や観客は、おそらくテレビドラマや映画で人がただ殺されるだけでは恐怖は呼び覚まされないでしょう。かつての、ヒッチコックの「サイコ」が映画館でかかったときの衝撃をもう一度生み出そうとしたら、あれだけの(凄惨な)描写をする必要があったと思います。

 −−映像化は今回で一区切りですが、「悪の教典」続編の構想は?

 構想としてはありますし、面白い話はつむぎ出せると思うんですが、今回とは全く違うクライマックスを考えなければいけない。それがなかなか詰め切れていない状況です。

 −−映像化作品を楽しみにしている人にメッセージを。

 小説、映画、BeeTV版は補完関係にあります。映画本編だけで分からない部分はBeeTV版を見ていただいて、それでもやはり謎の部分が残りますから、そこは原作を読んでいただきたいです。原作を先に読んでいる場合は、頭の中にストーリーが入っていますから、映像表現に集中できる。映像化を楽しむなら、それがいいかもしれません。また、映像を完全に楽しみたいのであれば、いまの(情報過多の)時代それは不可能でしょうけど、事前の情報なしに見るという方法もあります。すごいインパクトだと思いますよ。

 <プロフィル>

 1959年生まれ、大阪府出身。96年、「ISOLA」が第3回日本ホラー小説大賞佳作となり、「十三番目の人格ISOLA」と改題、刊行される。以降、「黒い家」(97年)、「青の炎」(99年)、「ダークゾーン」(11年)といった作品を次々に発表。「硝子のハンマー」(04年)の日本推理作家協会賞受賞をはじめ、「新世界より」(08年)の日本SF大賞受賞など受賞歴多数。映像化された作品に、映画では「黒い家」(99年)、「青の炎」(03年)、ドラマでは「鍵のかかった部屋」(12年)、アニメは「新世界より」(12年)がある。初めてハマったポップカルチャーは、14、15歳のころ、ホームステイ先のロンドンで見た映画「エクソシスト」。黒いポスターが地下鉄などに張ってある以外、情報が何もない中で見たところ、「すごく怖かった。憑依(ひょうい)したものをエクソサイズ(はらう)する話ということすら知らなかった。そうしたら、緑色のものを吐くわ、首は回るわ。震え上がりました」。それが、ホラーの原体験だという。

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