プラチナデータ:大友啓史監督に聞く「役者たちの豊かな芝居が見られる繊細な逃亡劇」

最新作「プラチナデータ」について語った大友啓史監督
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最新作「プラチナデータ」について語った大友啓史監督

 ベストセラー作家の東野圭吾さんの小説を映画化した「プラチナデータ」が16日、全国で公開された。DNA捜査によって検挙率が100%になりつつある近未来を舞台に、そのDNA解析装置を開発した科学者自らが殺人犯の疑いをかけられてしまうミステリーだ。殺人の容疑者となる科学者・神楽龍平を演じているのは、人気グループ「嵐」の二宮和也さん。神楽にはもう一つ“リュウ”という別人格があるという難役だ。その神楽を追う刑事・浅間玲司を豊川悦司さんが演じ、NHK大河ドラマ「龍馬伝」(10年)や、映画「るろうに剣心」(12年)を手がけた大友啓史監督がメガホンをとった。大友監督に撮影エピソードなどを聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 ◇日本映画として実現可能な範囲のSF

 −−日本映画にはなじみづらいSF作品です。どのようなことに配慮したのでしょうか?

 僕が原作を読んで感じたのは、究極の個人情報であるDNAが、自分の知らないところで使われ、身ぐるみをはがされていくような恐ろしさでした。そこが、僕らが生きている今の時代と地続きだと思いました。例えば、インターネットで買い物をしたら、その履歴をベースに、自分が望んでいない情報なども送られてくる。ウイルス対策ソフトを入れていないと、クレジットカードの情報だって、どんどん流れていく。そういう不安が、この原作の通奏低音で感じたのです。そのへんが、お客さんに伝わらなければいけないと思いました。

 −−時代設定は2017年と、今からわずか4年後です。

 そのぐらいの目と鼻の先にある未来なら勝算があると考えました。「マイノリティ・リポート」(02年)のようなハリウッドのSF作品と、どうしても比べられちゃうとは思っているんですが、描いていることは全然違うし、あちらは2050年代の話。プロダクション的にも、コンピューターグラフィックス(CG)などを使っている。あのぐらいの製作規模のものは、良くも悪くも、ハリウッドの映画のビジネスの中でしかできません。だから逆にこちらは、日本映画として実現可能な、無理せず、背伸びせず、だからといって安く見せず、そして見ている方に、人ごとではないと感じていただけるように、現実の風景を借りながら描ける範囲の未来にしたのです。

 −−その中において、データ重視の神楽と、足での捜査が基本の浅間、2人の対比が際立っていました。

 警察に限らず他の組織でも、今は大量退職時代で、経験や勘といった長年の蓄積によって仕事をしているベテランが減ってきている。人を育てるのは時間がかかること。でも、こういう(DNAのような)捜査資料というのは、一応客観的で科学的で合理的で、正当性があると認められやすい。だから、神楽のような人間はそちらに依存したほうが手っ取り早いと思っているところがある。半面、浅間は足で稼ぐ、現場感覚が強い刑事ですから、組織から疎まれながらも突出して動いていく。そういう組織の中にある、ある種の温度差というか空気も、この映画では反映させたつもりです。

 −−管理された社会についても描いています。

 ただ、過去のSF映画が考えていた管理社会というのとは、ちょっと違います。これまでの日本映画で管理社会を描くとなると、旧態依然とした組織と、それに反抗する個人との戦いという図式だったと思いますが、今回描いているのは、そういう組織論的な管理社会ではなく、情報システムに管理されていく時代における、そこにある落とし穴……人間が作り、便利だと思って使っていたシステムに自らからめ捕られていくという……その極論が神楽龍平なのです。人間の心につけ込んでくる人間なりシステムなりがあり、それによって作られた主体性なき人格というものが、どういうふうに泳がされ、主体を取り戻していくのか。はたまた取り戻せないのか。これは、そういう話なんです。だから実は主題としてはディープで、結構やっかいな題材なんです。

 ◇ただのアイドルじゃない二宮と、芳醇な芝居の豊川

 −−その神楽と、別人格のリュウの境目は、観客には見えづらいですよね。

 そのへんは、僕なりにいろいろと本も読み、ニノ君(二宮さん)とも話し合いました。ジキルとハイドみたいにぶんぶん振り切っちゃうと、実写映画としてちょっとデリカシーがなくなってっちゃうよねと、そこのところの感覚は、ニノ君と共有できました。

 −−振り切ったほうが、演じる側は簡単です。

 簡単だけど幼稚になると思います。これは、二つの人格を抱えて苦しんでいる人の話ですから、ビュンビュン変わっちゃったらその苦しみが見えない。神楽は神楽で、リュウはリュウで苦しんでいて、それぞれの人格が反発しあい侵食しあい、両者のせめぎ合いがあるわけです。そういう引き裂かれるような思いを、彼は持っているわけだし、そんな彼を見て、ベテランの浅間という刑事は、ある確信を長年の経験と勘で深めていくわけですから、そこは白か黒かという描き方はできませんよ。

 −−演じる側は難しいですね。

 普通に考えると難しいと思います。僕は長回しで撮ることを好むし、今回も重要なシーンで、神楽がリュウになり、リュウが神楽になりという芝居をワンカットでやるという、結構意地悪なオーダーをしました。でも、撮っていて思ったんですが、二宮君にとって演じ分けることというのは、それほど難しくないようなんです。実は僕自身、もっと苦労すると思っていました。OKを出せなくて、いろんな手練手管を考えて演出しなければいけないと思っていたら、彼からその演技がするっと出てきたから、なるほど、やっぱりただのアイドルじゃねえぞ、と(笑い)。いい役者だと、純粋にそう思いました。

 −−それを受ける側の豊川さんについてはいかがでしょう。

 ニノ君が(豊川さんに対して)うまいこといっていたんだけど、豊川さんは“ハンカチ落とし”がうまい、と。こんな言葉を使うのもニノ君のセンスなんだけど、ともかく、豊川さんて、本当にそうなんです。「用意、スタート」の掛け声で演技ということを感じさせずに、ものすごくナチュラルに、ものすごく内面的な芝居として、せりふにしてもなんにしてもふっと置いていってくれる。例えば、トンネルの爆破シーンでひざまずくところとか、人間の死体を見つめるときの表情とか、そういう一つ一つが優しいんだよね。人を責めていない。慈しみにあふれているというか。一つの意味では整理できない表情なんですよ。豊川さんて、小手先のテクニックで芝居をしていない。その役がそこまで生きてきた時間を、一瞬で感じさせてくれるんです。芳醇(ほうじゅん)な芝居というのかな。だから、相手の俳優も感情を出しやすく、すごくやりやすいと思いますよ。

 −−そういった役者さんの細かい表情も見どころですね。

 僕は、音などいろんなことを含めて、派手で、けれんみがある作りをしていくほうだから、そっちのほうに目がいっちゃうと思うんですけど、何度か見ていただけると、役者たちの豊かな芝居が見られる、繊細な逃亡劇であると分かっていただけると思います。その人そのものでしかないいろんな感情を感じていただけて、深く楽しめる映画だと思うんです。自分で作っておいてなんですけど(笑い)。それから、表層的に見えているのとは違うテーマ、先ほども話した、新しい管理社会と主体性ということにも気づいてほしい。なかなかそこまで届きづらいと思いますが、結構この作品は、映画通であったり、大人のお客さんにも楽しんでもらえるはずなんです。原作は東野圭吾さんのミステリーだし、いろんな仕掛けもあるので、そうした方々が楽しめる映画になっていると思います。

 <プロフィル>

 1966年生まれ、岩手県出身。慶應義塾大学法学部卒。90年、NHK入局。97年から2年間米ロサンゼルスに留学し、ハリウッドで脚本や映像演出を学ぶ。帰国後、連続テレビ小説「ちゅらさん」シリーズ、「ハゲタカ」「白洲次郎」、大河ドラマ「龍馬伝」などの演出を担当。映画「ハゲタカ」(09年)では監督を務めた。ギャラクシー賞、芸術祭優秀賞など受賞歴多数。11年4月、NHKを退局。12年に公開された「るろうに剣心」は、興収30億円を超すヒット作となった。初めてはまったポップカルチャーは、「キャプテン」や「ドカベン」「野球狂の詩」などの野球マンガ。子供のころは、「本を3冊読むとマンガを1冊買ってもらえた」のだそうだ。「『ドカベン』は全巻ありましたから、それを思うと、俺、結構、本を読んでいたんだな」と感慨深そうに話していた。

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