黒沢清監督:「リアル 完全なる首長竜の日」を語る 「現実か仮想か明確に区別する必要はない」

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 佐藤健さん、綾瀬はるかさんがダブル主演した映画「リアル 完全なる首長竜の日」が1日から全国で公開されている。メガホンをとったのは、カンヌ、ベネチア、ベルリンなど、数々の国際映画祭で高い評価を受ける黒沢清監督。ホラー映画のイメージが強い黒沢監督だが、今作は、趣の異なる作品に仕上がっている。黒沢監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 原作は乾緑郎さんによる小説「完全なる首長竜の日」。「このミステリーがすごい!」で、選考委員満場一致で大賞に選ばれたという作品で、主人公が、昏睡状態の患者と意思疎通ができる「センシング」という方法で、自殺未遂によって眠り続ける人の頭の中に入っていくという神秘的でサスペンスに満ちた物語だ。黒沢監督は「読み物としてはとても面白かったんですが、これを映画にする場合どうしたらいいんだろうかと大変頭を悩ませました」という。そして映画化にあたっては、いくつかの変更点が加えられた。まず、「原作にある文学性を取り払って、映画的なものに置き換えていくという作業」をした。それが反映された例が、原作とは異なる結末だ。もう一つの変更点は、主人公の人物設定を姉弟から恋人同士にすること。そうすることによって、「ストレートなラブストーリー」の側面を持つ娯楽作となった。

 この作品の面白さの一つに、現実と仮想の境界が曖昧になり、観客が、いったいどちらの世界に身を置いているのかが分からなくなる点にある。黒沢監督自身も、両者をどう区別していくかは、「脚本を書きながらかなり悩んだ」という。当初は、現実と非現実が明確に区別できるような撮り方をしていたそうだが、撮影を進めるうちに気付いたのは「フィクション映画というのは、どのみちそれ自体が疑似現実」である以上、「これは現実ですとか、これは非現実ですというのは物語上の建前であって、映画を見ているお客さんの最大の関心事は、目の前で起きていることに反応し、俳優が一喜一憂する姿なのではないか」ということだった。

 それに気づいた瞬間、「現実か仮想かの区別を明確にする必要はない」と開き直り、「少々の混乱や誤解や謎がたくさんある映画だと思いますが、一つのファンタジーという形で、(佐藤さん、綾瀬さんという)2人の俳優がどれだけ頑張っているかが伝われば、それで十分ではないかと、今は思っています」と話す。

 さて、その主演の2人について黒沢監督は、佐藤さんに対しては「ある種の揺らぎがある人」と評し、「この人が見ている先に何があるんだろうと思わせる緊張感がある。のっぴきならない局面に立っている感じが強烈に出てくる方。不思議なこと、怖いこと、サスペンスになることを何もしなくても、佐藤健さんがじっと何かを見て、それを撮っているだけで、何か起こるかもしれないという天性のサスペンスがある方」と絶賛する。

 また、綾瀬さんに対しては「ほんわかして、すごく気持ちのいい、みんなに好かれる方なんですが、現場でいざカメラが回ると、素晴らしい肉体表現を見せる。運動神経が素晴らしく発達した方なので、走るとか、駆け上るとかはもちろんのこと、突然立ち上がるとか、相手の手をつかんで引き戻すとか、瞬発的な動きのキレがいい、アクションが様になる女優です」と、こちらもべた褒めしていた。

 さらに、「トウキョウソナタ」(08年)や「贖罪」(11年)で組み、今作でも、出番は少ないながらも「大好きなので無理をいって出ていただいた」という佐藤さん演じる浩市の母親役の小泉今日子さんについては、「(息子に対する)あなたも私も別々に生きていきましょうという拒絶っぷりが、すがすがしいほどきっぱりとしていて、気持ちがいい。あれは本当に孤高の人だから表現できること」と、そのカッコよさをたたえる。

 ところで、黒沢監督はこれまで、ホラーやミステリー作品を多く手掛けてきた。そうした従来の作品に比べると、今作における“不穏な空気感”は控えめだ。そう指摘すると、「若い男女のラブストーリーというのが、軸としてかなりはっきりとあったので、それが、これまでの僕の作品とは違う、さわやかな印象を与えるのかもしれないですね」と自己分析。そんなコメントを聞くと、ジャパニーズホラーの名手としての「黒沢清」ファンは、あるいは物足りなさを覚えるかもしれない。しかしそこは黒沢監督、自身の作品への“目配り”も忘れていない。どんな目配りかは本編を見ていただくとして、今作について、黒沢監督は「この映画を初めて見るお客さんが、一体どう見てくれるかは、正直ドキドキしています」と緊張を隠せない様子。観客もまた、違う意味で緊張感を味わうことになるのは間違いない。映画は6月1日から全国で公開中。

 <プロフィル>

 1955年生まれ、兵庫県出身。立教大学在学中から8ミリ映画を撮り始める。80年度ぴあフィルムフェスティバル入賞。92年、オリジナル脚本の「カリスマ」が米サンダンス・インスティテュートのスカラシップを受賞し渡米。その後、数々の作品を送り出し、97年には「CUREキュア」を発表、ロッテルダム国際映画祭で注目を浴びる。「回路」(2000年)、「アカルイミライ」「ドッペルゲンガー」(ともに02年)、「LOFTロフト」(05年)、「叫」(06年)などを発表。08年の「トウキョウソナタ」は、カンヌ国際映画祭ある視点部門で審査員賞を受賞した。ほかに、テレビドラマ「贖罪」(11年)がある。初めてハマったポップカルチャーは、「ハマったわけではありませんが……」と断った上で挙げたのは、本多猪四郎監督による「マタンゴ」(63年)。「小学校3年生ぐらいだったと思いますが、怪獣映画だと思って見にいったら、無人島を舞台にした完全な密室ホラー。本気で怖かった」そうで、お陰で「一種のトラウマになりました」という。

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