数々の社会派作品で知られる阪本順治監督が、作家の福井晴敏さんとタッグを組んだ映画「人類資金」が19日に全国で公開された。「亡国のイージス」(2005年)でも組んだ2人が今回手掛けたのは、敗戦直前、旧日本軍の手によって隠匿され、その後は連合国軍総司令部(GHQ)によって接収され、戦後復興や反共計画に極秘に運用されてきたとされる「M資金」にまつわる経済サスペンスだ。経済ネタはとかく難解で娯楽作品にはなじみにくいと思われがちだが、果敢に挑み脚本を仕上げた阪本監督と福井さん。福井さんは同名タイトルの小説を書き下ろし、すでに4巻まで発売され、その後7巻まで順次発刊予定だ。映画について阪本監督に聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)
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−−33年前に読んだM資金にまつわる本に引かれたのが、今作の企画のきっかけとか。M資金のどこに引かれたのでしょう。
戦中戦後のダークサイドです。映画というのはそもそも、(目に見えるものの)陰にあるもの、路地裏にあるもの、そういう人目にさらされていないところにライトを持ってきて光を当てる、それが使命であり、醍醐味(だいごみ)だと思っています。そこにスケール感を求めると、当然、政界の裏とか財界の裏といったダークサイドに興味が向く。その一つが今回のM資金だったんです。
−−原作を福井さんに依頼した時点では、物語の筋は見えていなかったとか。
福井さんも頼まれたときには、さてどうしたものかと思ったそうです。その後(08年に)リーマン・ショックが起こり、福井さんから、それが引き起こした金融危機と結びつけることで、M資金だけに特化していない経済ものはどうかという提案をもらいました。そのとき僕はその発想にものすごく感動しました。
−−完成した映画のようなストーリーになることは予想していましたか。
福井さんからあらすじが出てきたときに、ロシア、ニューヨーク、アジアのある国、国連と書いてあった。それを見たとき、映画化を前提に頼んでいるにもかかわらず、本当に予算を考えてくれてないなと思いましたが(笑い)、その、福井さんにしか見通せないグローバリズムというものが、今、世界中で起きているすべての事柄の根源にあるのではないかと思ったんです。日本人が作る日本映画ではありますが、日本の経済といえども世界各国の相互依存の中で成立しているわけですから、経済に触れれば当然グローバリズムにも触れる、そのスケール感がすごく面白そうだった。ただ僕は、「TOPIX(東証株価指数)」も「ダウ平均株価」の意味も分からないままきているから、ものすごく勉強しましたよ(笑い)。
−−そこから見えたものはありますか?
例えば今ではパソコン上で数字を操作して取引し利益を得ようという(実体経済から離れたルールが中心の)世界になっている。そういう行為がこれから先どういうことを(世の中に)もたらすのか、そのあたりにまず触れたいと思いました。確かに、すごく大げさなテーマだと思いましたよ。でもやれるものならやってみたいと。あともう一つは、以前製作した「闇の子供たち」のことがあります。あの作品の延長上に、どうしたらあの子たち(幼児買春や臓器密売の犠牲となるタイの子供たち)を救えるかという思いがありました。「闇の子供たち」を1本を撮ったからといって何も解決してないわけです。そういう視線と今回の経済がやっぱりリンクしているわけです。だから、結構恥ずかしいことをやるんだなと福井さんに言ってしまったぐらい、今回の作品ではテーマをせりふで語らせているんです。その恥ずかしさを完全に払拭(ふっしょく)したのが、(11年)3月11日でした。
−−東日本大震災ですね。
震災が起きたのは、台本が上がって1週間後ぐらい、そろそろ印刷しようという頃でした。あのときは、このようなときに映画を作っていていいのかと自分自身に問いかけた。そういう葛藤のなかで映画人として今何をすべきかと考えたとき、この映画を2014年の設定でやろうとしている以上、登場人物は全員、3月11日を経験したことになる。一般庶民ではなく、それなりの立場にある人、希望やロマンを抱いている人間が、3月11日を経てどういうふうに考えを変えたのか、あるいは深めたのかということも考え直さなければならない。そのとき、恥ずかしいセリフを言ってもいいんだ、堂々と言っていいと腹をくくれたんです。
−−恥ずかしいせりふというのは、森山未來さんが演じる石(せき)優樹が口にするせりふのことですか。
そうです。彼がニューヨークの国連本部で堂々と語る言葉です。映画というのは、せりふですべてを語らないとか、行間にあるものを大事にしようとしますが、今回は、この時期に公開する作品として、経済やグローバリズムに触っている以上、物を申さなければならないと深く思ったわけです。
−−映画は、佐藤浩市さんふんするM資金専門の詐欺師・真舟雄一が、香取慎吾さん演じる謎の男“M”から、実在するM資金を盗み出し、「一緒に世界を救ってみませんか」と持ちかけられることで話が転がっていきます。その真舟を演じる佐藤さんとは今回が10作目の仕事です。真舟が「微糖」の缶コーヒーを好んだり、「駅前留学」していたりとなかなかおちゃめで、佐藤さんのこれまでのイメージとは随分違いました。
(佐藤さんは)あんなやつですよ(笑い)。今回ほど、浩市(自身)が出ているものはないと僕は思っています。といいますか、今回の佐藤浩市は、主役といえども受け身です。ほかのキャストはみんな、自分の信条や思想を持ち、自分が正しいと思っていることを行動に移し、語る。でも真舟は、いつの間にか巻き込まれて渦の中心にいるという役。その真舟を通じて、この映画をお客さんが見たときに、やっぱりチャーミングじゃなければいけない。となると、詐欺師としてはプロだけど人間としてはアマチュア。そこには、IQではなくて愛嬌(あいきょう)があったほうがいい。そういうことを浩市と話し合ったうえで、非常に細かいところではありますがおかしみを加えていったんです。あのロシアでの祝賀パーティーでの踊りは、若い監督には演出できませんよ(笑い)。そんなふうにこの作品は、グローバリズムや資本主義といったテーマを抱えた志の高い映画ではありますが、現場では、観客のみなさんにどう面白がってもらえるかを考えて作っていました。
−−“M”の腹心である石が、国連で演説するシーンでは、演じる森山さんが鼻の下に汗をかいていました。あれは演出ですか?
本物の汗です。僕もラッシュ(撮影したままの未編集の映像)で見て気づきました。普通は額にスプレーしても、鼻の下にはスプレーしませんよ(笑い)。あの撮影の日は朝からエキストラ400人と国連の職員100人がボランティアで来てくれていました。彼らには、肖像権を放棄するという書類に一人一人、サインしてもらわなければならないし、着替えもあるし、セキュリティーも通さなければならない。昼食もとるから、実質撮影には2時間半しかなかった。だから未來には、「悪いけど、頭から全部しゃべって」と頼み、彼はあの演説をワンカットで言っているんです。
−−今回、重要な役割を果たす装置としてPDA(携帯情報端末)が登場し、それがカペラ共和国という開発途上国に贈られます。ですが日進月歩する情報技術の今にあって、それはあっという間にすたれます。その点で、考えが刹那(せつな)的な気がしました。
でも、“始まり”ではあるんです。刹那的だから、機能が古くなるとバージョンアップしていかなければならない。それには、続けて目を向けていく必要がある。そもそも、途上国の人が先進国の言いなりになったり、あるいは搾取されたりといったことを封じなければならないというのが、福井さんと僕の発想でした。実は映画ではそこまで描き切れませんでしたが、原作は“その後”についても描いています。
−−正直なところこの作品は、経済に疎い人間には腰が引けます。エンドロールのあとに流れる言葉の意味も、実は理解できていません。ですがエンターテインメントとしては楽しめました。
(エンドロールの言葉の意味は)空気的には分かるでしょ? これからの時代、おいしい話にだまされないためにも、経済のことはある程度、興味を持って知っておいたほうがいいと思いますよ。僕らは、(映画を)楽しいと思って作っています。それに対して正解がなくてもいいと思うんです。「分かりませんでした」でもいいから何か意見を持ってもらえればいいかなと……って、結局、僕はこれまでずっとそれを言い続けて映画を撮っているんですよね(笑い)。
<プロフィル>
1958年、大阪府出身。横浜国立大学在学中より石井聰亙(現・石井岳龍)監督や井筒和幸監督、川島透監督の現場にスタッフとして参加。89年、「どついたるねん」で長編デビュー。2000年の「顔」では、第24回日本アカデミー賞最優秀監督賞受賞。他の主な作品に「KT」(02年)、「ぼくんち」(03年)、「亡国のイージス」(05年)、「魂萌え!」(07年)、「闇の子供たち」(08年)、「座頭市THE LAST」(10年)、「大鹿村騒動記」(11年)、「北のカナリアたち」(12年)がある。
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