話題の書籍の魅力を担当編集者が語る「ブック質問状」。今回は、米ロック歌手のブルース・スプリングスティーンさんのインタビュー集「都会で聖者になるのはたいへんだ ブルース・スプリングスティーン インタビュー集1973~2012」(スペースシャワーブックス)です。スペースシャワーブックスの荒木重光さんに作品の魅力を聞きました。
ウナギノボリ
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−−この書籍の魅力は?
ずばり本書の魅力は、ブルース・スプリングスティーンの魅力そのものです。日本では作家の村上春樹さんが「意味がなければスイングはない」の中で物語作家としての実力を認め、歌手の宇多田ヒカルさんも「ブルース・スプリングスティーンと私」というコラムで彼女の音楽のルーツはスプリングスティーンの「Streets of Philadelphia」という曲にあると公言しているほど、多種多様な表現者に尊敬されています。
そんなスプリングスティーンの魅力とはなんでしょうか? 一般的なイメージは……愛国主義者でメインストリームの体育会系ロックンローラー? それは違います。歌詞や本書のインタビューを読めば分かっていただけると思いますが、常に弱者の立場から体制に異議申し立てをしている、どちらかといえば文化系シンガー・ソングライターなんです。
例えば、大ヒットした「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」はキャッチーなフレーズとタイトルで誤解されがちですが、いわゆるアメリカ賛歌ではなくて、むしろアメリカを批判し、アメリカ人である自らの罪を贖(あがな)う意図で作られた曲なんです。また、彼と彼の音楽のもう一つの魅力は、昔からのバンド仲間との友情や、地元とのつながりを大事にしているところです(バンドメンバーは名前を変えて歌詞に登場していることがインタビューの中でも明かされています)。
−−インタビューの読みどころは?
本書には、1973年から2012年までの彼のインタビューとスピーチから厳選された原稿が時系列に掲載されているのですが、そのあいだにE・ストリート・バンドという長きにわたる付き合いのメンバーとの出会いと、暫定的なバンド解散、再会、そして2人のメンバーとの死別が物語を読むようにつづられています。そのうちの1人、バンドの人気者でもあった黒人サックス・プレーヤーのクラレンス・クレモンズへの彼の弔辞も掲載されていますが、これは涙なしには読めません。
そんな中、意地悪なインタビュアーもいて「ロックスターとしての成功とともにスプリングスティーンが大金持ちになった後も、庶民の生活を歌うことに矛盾はないのか?」といった質問にどう答えているのかも読みどころです。彼は1996年のゲイ・レズビアン誌の編集長とのインタビューで同性婚を肯定していますが、「もし自分の子供からカミングアウトされたらどうするか?」という質問への答えにも人柄がにじみ出ています。「ハイ・フィデリティ」などで人気のイギリス人作家ニック・ホーンビィ(ファン丸出しで肩の力が入りすぎたインタビューがほほ笑ましい)や、演技力の高さで定評のある俳優エドワード・ノートンなど、彼のファンである著名人たちとの舌戦もお楽しみに。
また、単純に彼のスピーチのうまさ、楽しさ、面白さを十二分に味わえるのも本書の魅力です。初期のインタビューのシャイな受け答えさえいとおしく、年を重ねるにつれて成熟してゆく話術も、嫌みなく心へ響きます。ミュージシャンは音楽にすべての想いを込めるべきで、曲さえ聴けばそれでよしという、音楽至上主義者もいらっしゃるとは思いますが、本書に収録されたスプリングスティーンの発言は、むしろ彼の音楽や人柄をより深く知ることができるものばかりです。ちなみに、奥付けはスプリングスティーンの誕生日にしましたので、書店でみかけたら最後のページを確かめてみてください。
−−出版することになったきっかけは?
まず、2013年にデビュー40周年ということ。そしてドキュメンタリー映画「SPRINGSTEEN & I」の製作の情報を事前に知ったことがきっかけです。自分も四半世紀にわたるファンだったこともあり、何かアクションを起こしたいと思いました。そしてこのインタビュー集が準備中と知り、即行で版権をとりました。映画公開はスプリングスティーンの誕生日の9月23日だとタカをくくって、本書もその“Xデー発売”に向けて準備していたのですが、ふたを開けてみると映画の公開は、なぜか7月23日に一夜限りの上映でした。それでも実際に映画館へ足を運び、ほかのファンの方々と一体になって熱狂を味わうことによって、いい本を作ればこの本を手に取ってくださる方はきっといると確信しました。
−−編集者として、この作品にかかわって興奮したこと、逆に大変だったことについてそれぞれ教えてください。
手前みそですが、思春期のカルチャーヒーローの本を、今作るタイミングが訪れたことに感謝しています。そういう作品にかかわることは、すべてが興奮状態であると同時に大変なものです。
−−最後に読者へ一言お願いします。
僭越(せんえつ)ですが、スプリングスティーンの「Badlands」という曲の一節を引用させてください。
「生きていてよかったと思うのは罪なんかじゃない(“It ain’t no sin to be glad you’re alive.”)」
読んだ後、そんな気持ちになっていただければ幸いです。
スペースシャワーネットワーク 書籍出版部 スペースシャワーブックス 荒木重光
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