三谷幸喜監督の最新作にして初の時代劇映画「清須会議」が全国で公開中だ。今作は17年ぶりに書き下ろした自身の小説を基に映画化。織田信長亡き後の後継者選びと領地再配分を巡って開かれた「清須会議」を舞台に、武将たちの駆け引きと思惑が交錯する心理戦をコミカルに描いている。自ら脚本と監督を担当した三谷監督と、三谷映画4度目の登板で、今作までの映画美術をまとめた作品展「種田陽平による三谷幸喜映画の世界観展」を開催した美術監督の種田陽平さんに話を聞いた。(遠藤政樹/毎日新聞デジタル)
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今作製作のきっかけについて、三谷監督は「大河ドラマの影響で戦国時代などが大好きなのですが、合戦とかよりは人間同士のせめぎ合いみたいなのが好き。小学校のころから清洲会議は知っていて、会議で歴史が動いたというのがすごく僕好みなので、どんな形か分からないけれど清洲会議を題材に何かやりたいとはずっと思っていました」と積年の思いを語った。三谷監督は映画を撮る際にはいつも種田さんに相談するという。種田さんは時代劇と聞いたとき、「今度は時代劇かと。毎回まったく違うテーマ、シチュエーションで話が来るので、何があっても驚かない。次は“怪獣もの”といわれても大丈夫だし、時代劇と聞いたときは(三谷監督に)合っていると思いました」と淡々と受け止めたことを明かしながらも、監督への厚い信頼を感じさせた。
自身の小説だが、原作の映画化は初めてという三谷監督。「映画の企画が最初にあり、まずは小説にという形で始まったので、関係のない原作を映画にしようという企画ではなかったですから」と原作を映画化することに特別、意識はしなかったという。「むしろ小説を書くことが慣れない世界だったので結構しんどかったですが、1回小説を書いていた上にモノローグ形式をとっていたので、登場人物の心情や思いみたいなものが、いつもよりも自分の中で具体的に見え、撮影のときはすごく役に立ちました」と小説の執筆が撮影に好影響を与えたことを明かした。種田さんは最初に原作を渡され、台本の代わりに読んだと前置きし、「あまり映画らしいシナリオではなく舞台劇のようで大丈夫かなと思いました。シナリオになったときは、映画の雰囲気に変わっていたので大丈夫だと」と印象を語った。
タイトル通り会議中心の今作は合戦シーンが少なく、合戦も絵巻を使うといった表現が採用されている。「合戦シーンはアクションシーンになっているから、そこにドラマがないというか物語が止まってしまう気がする。例えばすごい作戦を立て、どうやって成功するか失敗するかみたいなものなら別だけど、ただわーっみたいな感じが続くのは好きではない。最初から一切省こうと思っていたところ、種田さんが絵巻でやろうというアイデアを出してくださいました」と三谷監督。監督の発言を受け種田さんは、「三谷さんの場合、オープニングが重要だと僕は思っていて、オープニングで一気に乗れるというものでないと……というのが何本か続いた。今回もオープニングの絵巻などの流れで一気にドラマに入っていけるというのがいいと思いました」と持論を交えつつアイデアへの思いを語る。
総勢26人のキャストによる競演が楽しい今作だが、三谷監督は「セットも衣装も小道具も全部、それぞれのキャラクターのビジュアルをメインにしようと思いました。例えば羽柴秀吉という人物を表す意味合いをいつも以上にきちんと見せようと衣装も華やかなものにし、当時はまだ関白ではないが天下を取ったようなきらびやかな格好にしたりしました」とこだわりを語る。そして、「その流れの中で僕が思い描くリアルな秀吉に近い人をキャスティングするような形で大泉(洋)さんをお願いしたり、皆さんそうですね。肖像画が残っている人物に関しては、なるべく肖像画に似たようなメークをしてもらったりしました」と登場人物の細部にまでこだわったことを明かした。
多くの登場人物の中から歴史上の人物として好きな人を聞くと、「子どものころから丹羽長秀が大好きでした。トップではなくて、二番手、三番手のところにいて、すごく悩んで生きているというポジションの人が好き。今回も秀吉よりも勝家よりも丹羽長秀にドラマがあると思っていたので、しかも“こひさん”(小日向文世さん)がやってくれるという、すごく感情移入しやすいキャラでした」と三谷監督は語る。今作の登場人物として気になる人は「松山ケンイチがやった堀秀政という人は、松山さんの持つオーラだとは思いますが、ほかが割と行き詰まっている中に登場シーンが入ってくることで息が抜けるというか、爽やかで温かい気持ちになり、ほのぼのするので、あのシーンは好きです」と松山さん演じる堀秀政を挙げた。
三谷監督の映画は豪華でリアリティーあるセットも魅力。「メインのセット、場所をどこにするかというところから種田さんと相談しました」と話し始めると、「会議場になる大広間は(物語の)最後だけだから、それ以外の大半を占めるメイン舞台をどこに設置するかでストーリーすら変わってくることもある。種田さんと相談して、庭を囲んだ居室というのが見えてきた」と三谷監督はセット打ち合わせの様子を振り返る。種田さんは「何人出るかをまず聞きました。いろいろな人が出たり入ったりするようになると、どういう場面にするかでまるっきり変わってしまう。三谷さんの映画で意識しているのは映画の規模。自分の中にもある子どものころから映画館で見る映画はお金を払ってみるからそれなりのスケール感で見たい……というのを、少し舞台セットの中にも入れたいという気持ちがあります」と美術監督ならではの意見を述べた。
清須城は模擬天守しか残っておらず現存していない。清須城を作製した経緯を、「清須会議のころには天守閣はないという説が濃厚でしたが、天守閣は一つの象徴であったほうが映画として締まるのではということで作ることにしました。時代考証の先生にも見てもらっていたので、“あったかもしれない、ありえたかもしれない”という範囲の中で種田さんにお願いし出来上がりました」と三谷監督は語る。ビジュアルへのこだわりは「戦国時代というのは、すごくカラフルだったようで、衣装も含めすべてに華やかさを出すようにした」といい、「織田信長は肖像が残っているのでなるべく近付けようと思い、織田家の人たちは付け鼻で高くしたりカツラも額の広めのものを使うなど、リアルな感じにしました」と衣装から人物の見た目にまで及んだことを熱弁した。
特に気に入ったセットは、「撮っていて一番楽しかったのは織田信雄の部屋。四つの部屋を一つにしたので動きも自由だし小物もたくさん置け、撮り方も工夫できた。そこに妻夫木(聡)さんがいると、より部屋のむちゃくちゃさが際立って面白かった」と三谷監督。反対に「一番難しかったのがお市の部屋。お市はあまり動かないし、誰がいようが位置関係は決まっている。部屋も広くなく、どう撮っていいか分からず、毎回同じ撮り方になってしまうのも嫌でした」と苦労を明かした。その後、「なぜか分からないですが、方角的にもよくなかったのかもしれないですが、あの部屋に行くと具合が悪くなっていました(笑い)」と撮影時の悩み(?)を打ち明けた。
三谷監督は今作からの自身の新たな試みとして「なるべく肉眼で俳優さんの芝居を見たいという欲求があったので、本番はカメラマンの隣で見るようにした」という。その狙いを「俳優さんの芝居や動きを肉眼で見ると、細かい表情とかがすごく分かるので芝居も付けやすい。今回は人間をきちんと描きたかったので、近くで見るようにしました。実際の映画を見ても皆さんすごくいいお芝居をされているし、役者さんも監督が近くにいるというので安心してやれるという部分もあるみたいでよかったです」と語った。
多くの三谷作品を彩ってきたセットの資料や実際に使われた小道具などが見られる世界観展。種田さんは「何度か映画の美術展をやっていますが結構難しい。絵画や彫刻を見るのとは違うし、映画と目の前にあるものがリンクして初めて納得できるから、写真や映像の使い方をうまく出さないと結びつかない。今回に関してはそこは完成度が高いと思います」と展示方法を説明。三谷監督がセット解説をしている映像も流されており、「今までの作品で毎回撮られていて四つありますが、まとめて大きなスクリーンで見る機会は少ないので面白いと思う」と種田さん。そして「(映画は)監督が全部作っているわけではなく集団で作っているけれど、僕にとっては監督が“顔”。もちろん役者さんが主役ですが、映画の裏側の僕たちの代表は監督なので、監督がセットにたたずんでいるというのは美術家としてはすごくうれしい」と続けた。
三谷監督は世界観展について「種田さんと組むようになってからの4本は美術やセットといった空間があり、そこから物語が作られていくことを改めて感じました。こういうのは初めてでしたし、とにかく見せ方がうまくのぞき込むものが多い。そう思うと映画の基本は“のぞき見するもの”ということが改めて分かりました」と絶賛した。
今作の出来栄えについて三谷監督は、「華やかな映画にしたかったので、ほこりっぽいような時代劇らしいリアリティーもありだとは思うのですが、今回に関しては、とにかくきらびやかで華やかでオールスターキャストみたいな、“お祭り”のような楽しみ方も映画の楽しみの一つだと思い力を注ぎました。大画面で見ないと細かいところまで見えないので、映画館で見てもらうための映画を作ったなというのはあります」と自信をのぞかせる。そして、「戦国武将とはいえ、みなそれぞれ悩みを抱えて生きているというのは今の僕らと変わりはなく、彼らの思いみたいなものに投影できる部分もたくさんあると思うので、見ていただいて、勝家も秀吉も長秀もみんな自分たちと同じところにいるということを感じてもらえるとうれしいです」とメッセージを送った。映画は全国で公開中。世界観展は上野の森美術館(東京都台東区)で17日まで開催。
<三谷幸喜さんのプロフィル>
1961年生まれ、東京都出身。日本大学芸術学部演劇学科卒業。在学中の83年に「東京サンシャインボーイズ」を結成。その後、舞台、テレビ、映画の脚本、演出を多数手がける。映画は「ザ・マジックアワー」(2008年)や「ステキな金縛り」(11年)など、現在まで5作で監督を務め、最新作「清須会議」が監督6作目となる。
<種田陽平さんのプロフィル>
1960年生まれ、大阪府出身。三谷監督の映画「THE有頂天ホテル」「ザ・マジックアワー」「ステキな金縛り」「清須会議」、舞台「ベッジ・パードン」の美術を担当する。「フラガール」や「悪人」などの邦画のほか、クエンティン・タランティーノ監督やキアヌ・リーブスさんら海外の監督作品も手がけ、2010年芸術選奨文部大臣賞、11年に紫綬褒章を受けている。
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