ジェームス・ハントとニキ・ラウダ……F1ファンなら知らぬ人がいない2人の天才レーサーの宿命の対決を描いた「ラッシュ/プライドと友情」(ロン・ハワード監督)が全国で公開中だ。1976年のグランプリ。チャンピオンの座をかけて挑んだレース中のクラッシュによって瀕死の重傷を負ったラウダは、再起不可能といわれながら42日後に奇跡の復活を果たした。そして、富士スピードウェイでのハントとの最終決戦。果たして勝負の行方は……。
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ハントを演じるのは「アベンジャーズ」(2012年)、「マイティ・ソー」(2011年)シリーズで知られるクリス・ヘムズワースさん、ラウダを演じているのは、「グッバイ、レーニン!」(03年)、「イングロリアス・バスターズ」(09年)などの作品で知られるドイツ人俳優のダニエル・ブリュールさんだ。「実際のニキとハントはライバルだったけれど尊重し合っていた」(ヘムズワースさん)と同様に、「最初に会ったときから意気投合し、その後も互いに助け合った」(ブリュールさん)と良好な関係を築いた2人に、映画について聞いた。
「みなさんは、体が小さい人がレーサーになるものだと思っているだろうけど、ハントも含め、実は結構、身長の高い人がいるんだ。ただ、僕もそうだったけれど、毎回、せまいコックピットに体を押し込めるのは大変だったようだよ」とF1カーに乗った感想をもらすヘムズワースさん。ヘムズワースさんの身長は190センチを超える。今作の撮影直前には「アベンジャーズ」を撮っていたため、筋肉を落とし、体を絞った。資料によると、撮影では、危険なシーン以外の、例えばピットストップのシーンではブリュールさんともども可能な限り自身がハンドルを握ったという。
一方、「ニキとは似たような体形で、さほどの“肉体改造”は必要なかった」と話す身長約178センチのブリュールさんは、役作りとして、今年65歳になるラウダさん本人から直接話を聞く機会に恵まれた。ラウダさんと面会したときのことを「実際に生きている人に人生を振り返ってもらう、しかも、それが大事故のことで、死にそうになった恐怖や、(やけどで)顔が変わり、その姿で生きていかなければならなくなったこと、そうしたことを根掘り葉掘り聞かれたら、いい気持ちはしないよね。果たして話してくれるんだろうかと最初はすごく緊張したけど、彼はすぐに打ち解けてくれて、今回の映画をとても誇りに思っていると言ってくれた。彼自身、僕に話せば話すほど映画がよいものになっていくと気づいて、とてもオープンに話をしてくれたんだ」と振り返る。
ヘムズワースさんは、ハントさんが93年に亡くなっていることから、彼にまつわる伝記を読んだり、映像を見たり、彼のことを知る人から話を聞いたりした。特に役立ったのは、収録されたものの放送されなかった未編集のインタビュー映像だったという。「ハントがインタビュアーに悪態をついたり、からかったりと素行がよくなくて、放送が見送られたものらしいんだ。それを見て、彼が“そういう人なんだ”ということが分かったよ。ルールがあればそれを壊し、自分に対する周囲のイメージを壊し、つまり彼は“悪ガキ”なんだ。誰がどう思おうとこれが俺なんだ、そういう彼の姿を知ることができた」と、その映像の中のハントさんが役作りにもたらした効果を口にした。
映画は、ハントとラウダ、2人のレースシーンをはじめ、スリル満点の映像で彩られている。半面、彼らの小さな行為の積み重ねによって心の機微を表現し、ヒューマンドラマとして共感を呼ぶようにも演出されている。印象的なのは、記者会見の席で、ハントが神経質そうにライターをいじる場面だ。それについてヘムズワースさんは、「僕が聞いた話によると、実際ハントは貧乏ゆすりをしたり、手を動かしたり、じっとしていられない人だったそうだ。あるとき、僕がセットで撮影を待ちながらライターをカチャカチャやっていたら、それを(監督の)ロンが見ていて、『それ入れてみよう』ということになったんだ。いくつかバージョンを変えて撮ったんだけど、正直、映画ではどういうふうになるか分からなかった。でも映画を見て、いろんな人が『あれ、よかったよ』と言ってくれて、ちょっとした仕草がせりふより雄弁にその人を伝えることがあるんだと思い、すごくうれしかったよ」と自分たちの試みが成功したことを喜んだ。
ブリュールさんは、こんな話もしてくれた。「僕がニキと話をしたとき、『君だって人間だし、あんな事故に遭って死にそうになったにもかかわらず、もう一度、しかも6週間でレースに戻って怖くなかったかい』と聞いたんだ。そうしたら彼は『怖かった』と答えた。実際、テスト走行したときに、パニック障害のような症状が出たらしい。でも、自分で恐怖を分析しようとしたんだそうだ。部屋で一人、横になって自分の状態をほかの人が見たらどう思うだろうと考え、じっくり分析してみたら平常心に戻れたと。僕にはその方法は分からないけど、とにかく、そこにはやっぱり精神的な緊張があったと思う」とラウダさんの当時の心境を思いやった。
緊張を強いられ、幸せすら「敵」と言ってしまうほど、危険と隣り合わせのレーサーという仕事。そんな彼らの過酷な生きざまを、今回の撮影で追体験したヘムズワースさんとブリュールさん。考え方や生き方に変化はあったのだろうか? それに対してヘムズワースさんが「リスクを取るようになった。自分に正直になった」と答えると、ダニエルさんが続けて「役者には(他人を演じるという)リスクがあり、非常にプレッシャーがかかることだけれど、今回の経験で恐れを知らずにいること、強くあることを心掛けるようになった」と話した。
ところで、酒も女も大好きで、自由奔放な生き方を好んだプレイボーイのハントと、完璧主義者で克己心が強く、「走るコンピューター」とまでいわれたラウダ。もしあなたが女性だったらどちらの男性を選ぶかとたずねると、2人とも大笑いしたあと、ヘムズワースさんが「女性の設定によるよ。一夜限りの遊び相手を求めているのか、それとも一生の相手を求めているのか」と逆質問。
するとブリュールさんから「正直いって、僕は今回の映画で、少なからずエゴが傷ついた。というのも、脚本を素読みしたとき、『ニキはネズミみたいな顔をしていて、自分の顔が嫌いで、魅力的じゃなくて……』と何度も何度も書いてあって、それが4回目ぐらいに出てきたとき、とうとう(脚本家のピーター・)モーガンに『分かったよ。僕は歯も入れるし、変な髪形にもするし、顔もメークで変えるから、(そこまで書かなくて)いいでしょ』と言ってしまったよ。もちろんこの役をやってよかったし、誇りに思ってはいるけれど、撮影中はたまに、なんで俺ばっかりって……。メークのために朝早く起きなきゃいけないし、時には朝3時半に起きることもあった。なのに彼(ヘムズワースさん)は、派手なスーツでカッコよく決めて、ラブシーンは15回ぐらいあって、僕はその半分……いや0.5回分くらいしかないし、女の子が失神するような感じでもないし……と思う日もあったよ」とせきを切ったようにボヤき始めた。
それをじっと聞いていたヘムズワースさんから「で、答えは? どっちと寝たいわけ?」と突っ込まれると、「ニキかな」とポツり。しかしすぐに気を取り直して、「僕がニキに初めて会いにウィーンに行ったとき、彼は『脚本は信じなくていいよ。僕はたくさんの女性と寝たんだから』と言っていたよ(笑い)」とラウダさんの“名誉回復”を図っていた。映画は7日から全国で公開中。
<クリス・ヘムズワースさんのプロフィル>
1983年、オーストラリア生まれ。テレビドラマをへて、「スター・トレック」(2009年)で主人公ジェームズ・T・カークの父親を演じ注目される。2011年の「マイティ・ソー」でソーを演じてブレーク。12年の「アベンジャーズ」にもソー役で出演。ほかの出演作に「キャビン」「スノーホワイト」「レッド・ドーン」(すべて12年)がある。
<ダニエル・ブリュールさんのプロフィル>
1978年生まれ。スペインで生まれ、すぐにドイツに移住。国籍はドイツ。2003年の「グッバイ、レーニン!」で知名度を上げ、「イングロリアス・バスターズ」(09年)にも出演。ほかの出演作に「ベルリン、僕らの革命」(04年)、「サルバドールの朝」(06年)、「ボーン・アルティメイタム」(07年)、「コッホ先生と僕らの革命」(11年)などがある。ウィキリークス創始者ジュリアン・アサンジを描いた「ザ・フィフス・エステイト(原題)」(13年)が日本では今年公開予定。
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