山田洋次監督:浜ちゃんは西田敏行との合作 「釣りバカ」を語る

「釣りバカ日誌」シリーズの一場面 (C)1988 松竹株式会社
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「釣りバカ日誌」シリーズの一場面 (C)1988 松竹株式会社

 万年平社員の浜ちゃんと社長のスーさんの“釣りバカ”コンビが活躍する「釣りバカ日誌」シリーズのスペシャルと番外編の2作を含む全22作が、22日から2カ月にわたって順次、WOWOWシネマで放送される。シリーズ全22作が一挙に放送されるのは今回が初めて。全作品で脚本を手がけた山田洋次監督は、浜ちゃんこと浜崎伝助の仕事ぶりについて「(営業マンとしては)あの生き方が正解」と語り、作品の魅力や思いを明かした。

ウナギノボリ

 −−浜崎伝助というキャラクターの人間的な魅力について、どう思いますか?

 山田監督:あの、つまり、会社人間じゃないんですよね。彼にとっての生きがいは何か、っていうとね、二つあるんでしょうね。一つは、奥さんを愛することですね。本当に一日中奥さんと一緒にいたい。みち子さんとね。もう一つは、釣りですね。で、この二つは時々矛盾する。つまり、家を留守にしなきゃいけないという、矛盾するけども、この二つが彼の人生であって、それ以外は大したことじゃないと思ってる。会社勤めはまあほどほどにして、月給がもらえればいいと。そういう生き方がちょっと珍しいっていうか、魅力的なんじゃないかな。

 −−浜ちゃんは営業三課ですが、営業マンは人間的な魅力が必要です。彼はダメサラリーマンではない?

 山田監督:さぞかし本当の建設会社の社員から見ればね、ひどくでたらめなことなんじゃないかと思ってたらね、ある大手の建設会社の営業マンの一人が、ある理想なんですよと。我々はその、仕事をとってなんぼっていうポジションだから、朝ちゃんとした時間に会社に来なきゃいけないとか、そういうことは全くどうでもいいんだと。「我々営業マンとしては、あれが、つまりあの生き方が正解なんです」と言われて、「へえー」と思ったことがありましたよね。

 サラリーマンとしてきちんと真面目に、上司の言うことを聞いておとなしく暮らしていこうとするようなタイプの人間はだんだん人間的魅力が消えていくっていう、そういう人は仕事はとれない、っていうかな。あの浜ちゃんのような、まあ客観的に言えばでたらめな、魚釣りばっかりしているような男が、彼の人間的魅力において結局いろんな会社のその、重要なポジションにある人間と友達になれるっていうかな。まあそれがこの物語の面白いところなんでしょうね、きっとね。肩書が彼くらい似合わない人間はいないからね。永遠の平社員であり、平社員であることに全然不満を感じてないっていうかな。それが浜ちゃんですよね。

 −−山田監督が脚本を書いていく中で意識したことは?

 山田監督:シリーズにはね、大きな約束事があるのね。浜ちゃんは平社員で、スーさんはその会社の社長であると、もちろんそのことを知っているけれども、会社ではこれは絶対秘密である。これは最後まで貫いたね。このシリーズにおいてそのことは絶対条件だっていうかな。またこのシリーズのファンもそのことをみんな理解してるっていうかな。その約束事がちゃんと分かっててこの映画を見てくれてる。そこにいろんな面白い芝居も出てくるわけですよね。会社の中では平社員として振る舞わなければならない。社長と平社員の関係であるっていうところが、いろんな面白い芝居になって出てくる。一種の夢物語でもありますよね。

 −−浜ちゃんを西田敏行さんが演じることによって生まれる相乗効果はあるのでしょうか?

 山田監督:もちろんそうですよ。もともと釣りバカ日誌を映画化しようというときにね、僕のところに相談に来てね。そりゃ、なんていったって、浜ちゃんやるんだったら今だったら「西やん」だろう。西田敏行さんだろう。まずはそう思ったね。それから社長はどうするかっていうんで、一番対称的な人、芝居のタイプからいってもゴツンとした、ドシンとした人がいいんじゃないか。三國連太郎さんという、およそ喜劇とは関係ない人でしたけどね。極めてそのシリアスな、重い社会派の芝居なんかばっかりやってた人なんだけれども、この人を思い切って持ってきたところがこの成功の理由じゃないでしょうかね。

 浜ちゃんの自由闊達(かったつ)な芝居と、いろんな肩書がいっぱいあって不自由に生きていなきゃいけない、家庭もあって、怖い奥さんもいて、そういうその、たくさんの縛りを持って生きなきゃいけない社長と、まことに気楽な平社員とのコントラストっていうのが、この2人の俳優によってとっても魅力的に表現されたし、またその浜ちゃんの、西田敏行のキャラクターにのせて、僕は次々と脚本を書いていったわけ。それは寅さんと同じことですね。渥美清という人に寅さんというイマジネーションを仮託したところにどんどんそれが膨らんでいく。まあだから、僕と西田敏行さんとの合作みたいなもんですね、浜ちゃんというキャラクターは。

 −−スーさんを脚本の中に書いていく際に、どこを意識して書きましたか?

 山田監督:管理職以上の人たちはみんなたくさんのしがらみを持って生きてますよね。肩書とか仕事の上でのさまざまな圧迫とか、屈折とか、プレッシャーをね。家庭でも父親として、あるいは夫としてね。それをスーさんが代表してるっていうか、だからこの映画においてドラマを抱えているのはスーさんの方なんですよ。それに対してほとんどそういう縛りのない、自由闊達な浜ちゃんがからむから楽しくなる。その時に社長は、どっちかっていうと俺よりもこいつの方が幸せじゃないかなと思うところにこのシリーズの楽しさがあるんじゃないのかなあ。

 −−スーさんとの浜ちゃんのやりとりを描く際に意識したのは?

 山田監督:ある意味でこの2人はね、平等な人間として付き合ってるんじゃないかと思いますね。現実的にはそうじゃないと思うよ。社長と平が同じ人間として対等にお互いに愛情を感じるっていうことはまず珍しいんじゃないのかな。(スーさんは)会社じゃ、立場は社長として振る舞っているけども、釣りになると逆に浜ちゃんが師匠になる。そして社長は浜ちゃんの教えをちゃんと請う。弟子として、教えを受けるという。それがとっても平等な人間関係だと思うね。そういうことが実は望ましいんじゃないでしょうかね。仕事の上ではいろんな上下関係ができてるんだけども、その根底に個人であるっていうかな、この2人の関係の、浜ちゃんとスーさんの関係における非常に大事なコンセプトになっていると思いますね。

 −−作品の中では、時代によっても変わらない普遍的な価値観を見つけることができると思います。

 山田監督:繰り返しこの映画が言おうとしているのはそういうことなんだな。つまり、本当の幸せとは何か? っていう問題でしょうね。この浜ちゃんにおける幸福感、これはみち子さんを愛し、そして魚釣りができれば言うことはないとね。あとほんのちょっとお金があればいい。ほんのちょっとのお金とは生活費のことですよね。彼はそのためにサラリーマンを続けてるんだけどね。要するに彼のテーマは魚釣りと、奥さんを愛することなんだからね。だけど、そんな風には普通の人は生きていけないわけですよね。そんなことを観客が、この映画を見ながらちょっぴり笑いながら、ちょっぴり悲しくなるっていうか、まあ人生はそうはいかないよな、という思いでこの映画を見てくれれば、それでいいような気がするんですよね。

 −−WOWOWで21年間かけて上映された22作品を一気に放送しますが、楽しみ方はありますか?

 山田監督:やっぱり映画を通して向こうにその時代が映ってると思いますね。年配の人たちは、そうだ、そんな時代があったなと思いながら見てもらえればいいんじゃないのかな。生きていくっていうのはどういうことなのか、一体自分たちは幸福なのかとか、楽しく笑いながら見てもらえればいいし、何て言ったって20年ですからね、だんだん俳優さんたちが老けていくわね。いい意味でも悲しい意味でも。それも楽しみの1つじゃないかなあ。芝居も少しずつ変わっていくだろうしね。

 かんじんのスーさんがね、もういないっていうことは、まあ、三國さんっていう大変な大きな存在、この俳優を偲(しの)ぶという意味でもね、ぜひ楽しんでもらいたいと思いますね。

 「史上初!『釣りバカ日誌』全22作品ハイビジョン一挙放送」は、WOWOWシネマで22日から4月26日までの土日曜に各日2作ずつ、公開順に一挙放送する。

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