いのちのコール:蛯原やすゆき監督に聞く 子宮頸がん「認知度を上げ偏見をなくしたかった」

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 子宮頸(けい)がん患者の苦悩を描いた「いのちのコール~ミセスインガを知っていますか~」が7日からシネスイッチ銀座(東京都中央区)ほかで公開中だ。主演の安田美沙子さんは、若くして子宮頸がんにかかり、孤独に陥る主人公・たまきを熱演している。たまきの命をつなぎとめようと奔走し、同じ病気の患者からの応援メッセージをたまきに届けるラジオパーソナリティーのマユミ役を室井滋さんが演じている。蛯原やすゆき監督は、企画者の一人で子宮頸がんのためにこの世を去った渡邉眞弓さんの思いを引き継ぎ、「子宮頸がんへの偏見と、検診の大切さを訴えたい」と話している。

ウナギノボリ

 −−なぜ女性のがんをテーマに映画を撮ろうと思ったのでしょうか?

 企業PVや短編などを撮る仕事をしている最中に、子宮頸がんの啓発活動をしている方々と出会ったことがきっかけとなりました。僕自身、病気について知らないことばかりで、まず、妹は検診に行っているのかな、と身近なところから感じました。周囲の人に聞いてみると、病気についての認知度がとても低かった。最初は自主映画で、と考えていましたが、ちょうど病気の体験者である渡邉眞弓さん、プロデューサーの小池和洋さんと出会ったことで、劇場用の映画作りが始まりました。

 −−惜しくも企画者の一人である渡邉さんが2012年にこの世を去ってしまいました。渡邉さんの伝えたかったことで映画に盛り込んだメッセージはなんですか?

 一つ目に、病気の認知度を上げたいということ。検診率を上げて、病気で苦しむ人をなくしたいということです。二つ目に、多くの人と性交渉した結果だという偏見をなくすこと。病気の原因とされるヒトパピローマウイルスは、男性から女性へと感染しますが、たった一人の性交渉でも感染してしまいます。

 −−たまきは「インガ」と名乗ってラジオ局に電話をしてきます。物語は、インガ・ダイソンという女性が自殺防止協会に電話をしてくるシドニー・ポラックの第1回監督作「いのちの紐」(1965年)をベースにしていますね。これは誰のアイデアだったんですか?

 脚本家の南木顕生さんのアイデアです。教育映画みたいになるのを避けて、観客に楽しんで見ていただきたいというのがあったので、古い映画を現代風に取り入れた脚本にしたのです。また、僕の思いとして、ヒロインを弱い人間にしたいというのもありました。実際に患者さんにお会いして話を聞いてみると、外に出られずに引きこもってしまう人もいます。強い人は職場で頑張れるかもしれませんが、「死んでしまいたい」と思うほど追いつめて、乗り越えられない弱い人もたくさんいます。そんな人たちにスポットを当てたかったんです。

 −−これまでがん患者を取り扱った映画では、夫婦の絆の強さや頑張る患者の姿を映し出すものが多かったですが、たまきと夫には亀裂が生じます。とてもリアルな設定でした。病気の妻を前に逃げ腰になる夫を通して、夫婦間の問題にもリアルに迫っていました。

 取材をしているとき、夫婦間がぎくしゃくする話も多く聞きました。夫側の視点は、僕だったらどうするかなと考えながら描いていきました。若いと妻を支えられなくて仕事に逃げてしまうかもしれず、乗り越えられないかもしれないと思いました。

 −−たまきを励ましたのは、同じ体験を持つラジオのリスナーでした。ラジオパーソナリティーのマユミとたまきとのやりとりになった途端、たまきの姿は一切映し出されませんが、この演出は見事でした。どういう思いで作り上げていったのですか?

 声だけでたまきの姿を想像してもらえたらと思いました。ラジオ局のマユミたちが、リクエストをくれた、たまきを想像している気持ちも共有できると思います。局内でのシーンは速いテンポを大事にしました。脚本の中に役柄の個性がしっかりと描かれていたし、ベテラン俳優さんばかりだったので、僕も楽しみながら撮ることができました。一つの舞台を作り上げるように演出していきました。

 −−ラジオパーソナリティー役を室井滋さんが演じています。キャスティングの理由は?

 元気を与える役柄なので、言葉に強いメッセージを込めて訴えられる方は室井さんしかいないと思ってお願いしました。一点のみの衣装で、次第にアクセサリーをとったり、上着を脱いだり、着飾っていたのがそぎ落とされていくところも見てください。

 −−主演の安田美沙子さんのキャスティング理由は? 告知シーンはたまきの心情がよく出ていて「手術は結婚式の後にしてください」と言ったりして、とてもリアルでした。

 ドラマ「カーネーション」を見て、爽やかさがいいなと思っていました。元気な女性が病気を告知されて変化していくところを演じるのにピッタリだなと思って決めました。安田さんは病気のことをとてもよく調べてきてくれました。そして、そういうとき自分ならどう思うか、どう行動するかを一緒に考えて悩みながら作っていきました。告知のシーンは、何回もテイクを重ねました。がんを告知されて「ワーッ」とパニックになったり、大げさな感じにしたくなかったんです。たまきだったらどうするかを考えながら何パターンも撮りました。髪の毛が抜けるシーンもそうです。「うわあ!」みたいなシーンにしたくなかった。たまきは髪を静かに触って確認するだけ。そこも見てください。

 −−監督の誠実な演出に、子宮頸がんについて真剣に知らせようという気持ちが感じられました。最後に一言、メッセージをお願いします。

 この映画は一番に若い人たちに見てもらいたいです。子宮頸がんは早めに分かれば治る病気です。そのためには検診に行ってほしい。映画はきっかけに過ぎないので、見終わった後、周りの人に検診に行っているかを聞いてほしいと思います。,

 <プロフィル>

 1982年生まれ、宮崎県出身。企業の営業用販促ツール映像をメインに約90社以上の映像制作を手掛ける。企画から撮影、編集までオールマイティーにこなし、ドキュメンタリーや短編映画も製作。今作が劇場公開デビューとなる。

 (インタビュー・文・撮影:キョーコ)

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