海堂尊:新作小説「アクアマリンの神殿」 「バチスタ」の10年後描く プロローグ編1

アツシは未来医学探究センターでたったひとりの専属職員。かつて5年ものあいだ、ここで凍眠についていたのだ (c)海堂尊・深海魚/角川書店
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アツシは未来医学探究センターでたったひとりの専属職員。かつて5年ものあいだ、ここで凍眠についていたのだ (c)海堂尊・深海魚/角川書店

 ドラマ化もされた「チーム・バチスタ」シリーズの10年後を描いた海堂尊さんの新作「アクアマリンの神殿」(角川書店、7月2日発売)は、「ナイチンゲールの沈黙」や「モルフェウスの領域」などに登場する少年・佐々木アツシが主人公となる先端医療エンターテインメント小説だ。世界初の「コールドスリープ<凍眠>」から目覚め、未来医学探究センターで暮らす少年・佐々木アツシは、深夜にある美しい女性を見守っていたが、彼女の目覚めが近づくにつれて重大な決断を迫られ、苦悩することになる……というストーリー。マンガ家の深海魚(ふかみ・さかな)さんのカラーイラスト付きで、全24回連載する。

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◇プロローグ編1 未来医学探究センター

 未来医学探究センターは、岬の先端にある。

 この灯台のような建物のてっぺんの部屋には、望楼のようなベランダがある。その手すりにつかまって、桜宮湾の水平線が銀色に輝くのをぼんやり眺めるのが、ぼくは好きだった。

 だから、今日もそうしていた。春の海は、霞がかった空の下、単調なうねりを見せている。

 海を眺めていると、不思議な気持ちになる。退屈で、もう眺めるのはやめよう、と思うのに、いつまでたってもなぜか離れられない。それはきっと、あの水平線の彼方にはまだ見ぬ国が広がっているからだろう。

 そんな海の呪縛から逃れるには、何かきっかけが必要だ。ふと、視界に、遠くから黒ずくめの服を着た男性が、この塔に向かって歩いてきているのが見えた。ぼくは、両手を頭の上で交差させるように振りながら、男性に向かって呼びかける。

「西野さーん」

 男性はぼくの声に、顔を上げる。そして右手を挙げて、ぼくの声が聞こえた、というサインを出す。こうして海の呪縛から解放されたぼくは、大海原に背を向けて扉に向かって走り出す。

 薄暗い塔の中に入ると、螺旋階段を一気に駆け下りた。

 背中で潮騒が遠ざかる。

 

 岬の突端に屹立しているこの建物は、昔ここにあった古い病院をモデルにして建てられたらしい。 ぼくがここに勤務するようになって二年が経った。

 悪名高い第三セクターの施設で、その業務内容は医療メンテナンスとその記録だ。ぼくはこのセンターの、たったひとりの専属職員だ。そして時々ここに顔を出す非常勤の上司が今、扉を開けて招き入れた、ヒプノス社の西野昌孝さんだ。

 西野さんは月に一度、この塔を訪れて業務内容をチェックしていく。優秀なんだけど気分にムラがあっていい加減、「人生の結末はわかり切っている」というシニカルな言葉が座右の銘だ。

 いつものように業務チェックを始めようとした西野さんは、ふと思い出したというように尋ねた。

「そういえば、この前の期末試験は何位だったんだい、坊や?」

 西野さんはぼくのことをいまだに坊やと呼ぶ。三年前、初めて会った時には、ぼくの口調は幼稚園児みたいだったから仕方ないけど、ぼくだって明日から、桜宮学園中等部三年生に進級するんだから、いつまでもそんな風に呼ばないでほしい、と思う。

<毎日正午掲載・明日へ続く>

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