木村大作監督:最新作「春を背負って」を語る 「標高3000メートルで俳優の素顔を引き出した」

最新作「春を背負って」について語った木村大作監督
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最新作「春を背負って」について語った木村大作監督

 初の映画監督作「劔岳 点の記」(2009年)が、興行収入26億円に迫るヒット作となった木村大作さんが、5年ぶりにメガホンをとった「春を背負って」が14日に全国で公開された。「地道な宣伝がヒットにつながる」と、前作同様、自家用車で国内47都道府県をめぐる横断キャンペーンを2月下旬、富山県からスタートさせた木村監督。2カ月におよぶ全国行脚を終え、行く先々で好反応を得られたと手応えを語る木村監督に話を聞いた。

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 映画「春を背負って」は、亡父の山小屋を継ぐ決意をした元トレーダーの長嶺亨が、周囲の人々に支えられ、山男として、人間として成長する姿を追ったヒューマンドラマだ。亨を松山ケンイチさんが演じるほか、亨の成長を見守る山男、多田悟郎を豊川悦司さん、山小屋で働く従業員・高澤愛を蒼井優さんが演じ、小林薫さん、檀ふみさん、新井浩文さん、吉田栄作さんらも出演している。

 ◇人間の感情を撮る

 人情ドラマ、ホームドラマの色彩が強い今作。「劔岳 点の記」の作風と随分違うことを指摘すると、「見た人はみんな、そういう印象みたいね」と周囲の反応を面白がる。今作が完成する前は「柳の下の2匹目のどじょうを狙うのか」ともいわれたそうだ。「だけど、俺がそういう作品をやるわけないじゃない。だったら『劔岳 点の記2』を作るよ。今回はたまたま、バックグラウンドが山だということだよ」と笑う。

 当初は、新田次郎さんの小説「孤高の人」の映画化を考えていた。しかし、登山家・加藤文太郎さんの生涯を描いたこの小説を映画化するには、「劔岳」以上に困難な撮影が予想された。映画化に迷いが出たとき、今回の原作、笹本稜平さんの「春を背負って」を本屋で見つけた。もともと、「山も厳しいばかりではなく、優しかったり、温かかったり、爽やかなところもある。そちらを描くのもいいな」と考えていた木村監督は、「楽に撮れるとは思わなかったけれど、『孤高の人』に比べると相当楽だ」と「春を背負って」で「人間の感情を撮る」ことを決意した。

 とはいえ、そこに至るまでには葛藤もあった。「映画監督をやって一番先にプレッシャーを感じたのは、ヒットさせられなかったらどうしようということ。『劔岳』のときは、最後まで撮ることができるのかというのが一つのプレッシャーだった。撮ることができたとしても、封切ってコケたらそれで終わりだと思っていた。あのとき、『ただ一度の監督』『これが出来上がったら映画界とおさらばする』といったのは、ヒットすると思っていなかったから」と当時の心境を振り返る。ところが、「劔岳」はヒットした。予想外の結果に喜びつつも、「俺は、やっぱりカッコよく生きたい。だから、ただ一度だけ監督をやった、それが『劔岳 点の記』だった…カッコいいよなあと思った時期はずっとあった」。その半面、大好きな映画から離れがたい思いもあった。周囲からは次回作を期待する声が上がったが、逡巡したのち、「俺にはやっぱり映画しかない」と、今作の製作に踏み切ったという。

 ◇蒼井優のサービスカットの意図は…

 今回の演出について木村監督は、ある意味自然が主人公だった前作とは異なり、「俳優を前面に立て、なおかつ大芝居はさせないで、その俳優が持っている雰囲気を十分に出させる演出をしていった」と明かす。だが、「俳優さんたちには何もいっていない」という。木村監督がした演出は、立山連峰の標高3015メートルの大汝山に、俳優を連れていくことだった。「山も、標高3000メートルを超えると、人間の心を大きく動かす」と、大自然の力を強調する木村監督だが、俳優たちには撮影に入る前、東京で次のように話したという。

 「松山(ケンイチ)さんには、『3000メートルに行ったら分かる』『わざわざ役に入り込もうと考えないで、松山ケンイチのままでいいよ』と話したし、蒼井優ちゃんにも、『コマーシャルで大きな口を開けて笑っている、自然な優ちゃんを撮りたいんだ』といった。そのときはみんな懐疑的だったよ。それが3000メートルに行ったら、頭の中が真っ白になっちゃうんだ。あの豊川悦司さんが、『いやあ、いいですねえ。ここにいると、台本に書いてある“徒労”の話とか、“アフリカのサバンナのゾウ”の話がすっと出てきますね』と話していたからね」。

 その言葉通り、今作では俳優たちの偽りのないリアクションを見ることができる。特に、亨役の松山さんが、重い荷物を担ぎヘロヘロになりながら山を登る姿には、芝居ではないリアルさを感じる。「あれは、松山さんの要求なんですよ。リュックに20キロの荷物なら20キロ、40キロの荷物なら40キロの石を入れたりした。しかも、歩き出してすぐに撮るんじゃなく、『向こうから歩いてきますから、(疲労で)どうしようもなくなったところで撮ってください』というんだ。彼はそういうストレートな俳優だよね。そこまでやるとエライことになるぞと思いながら、僕も『いいよ』とやっているわけです。だから、あのゆがんだ顔は全部リアル。最初の歩荷(ぼっか)のシーンは後ろ姿を大ロングで撮ったんだけど、あれも本人。余程危ないシーンでない限り、基本的には全部本人がやっているよ」と松山さんの努力を称える。ちなみに松山さんは、映画の中で豊川さん演じる悟郎を背負う必要があったため、それを経験したいと、撮影前に冬の八ケ岳に登り、助監督の宮村敏正さんを背負って歩いたそうだ。

 松山さんが苦痛に顔をゆがませていたのとは対照的に、愛役の蒼井さんには、山の上で大自然をバックに髪の毛をシャンプーしたり、陽気に誘われ山小屋の屋根からダイブしたりと、その魅力をアピールするサービスカット的な場面がある。そのことを指摘すると、「僕の神経が蒼井優ちゃんにいっているというのは、スタッフ全員、他の俳優もみんな思っているね」と笑ったあとで、「だけど、彼女はこの映画のヒロインだよ。昔のオードリー・ヘプバーンの映画なんかを見ると、男優なんか影も形もなくなっているよね。俺はそういうの、結構好きなんだ。彼女のあのすてきな笑顔や仕草はたまんないよ。だから、屋根から飛び降りたり、シャンプーしたりするシークエンスは、全部俺のアイデア。そういうふうにいわれてもいいやという気持ちでやっているんだ」とあけすけに語る。

 さらに、蒼井さんには山小屋のシーンでスカートをはかせたことに触れ、「山を知る人はそんなのおかしいというよ。だけど、欧州にはスカートをはいている女性従業員がいる。僕はボーイッシュな感じの優ちゃんの可愛さが出せるのはスカートだと思ったからそうした」と偽らざる心境を吐露した。ちなみに作品中、愛がはいているスカートは、蒼井さんの私服だそうだ。

 ◇批判も承知?のラストシーン

 自然な芝居に重きを置いた今作だが、それゆえに台本は現場で「どんどん変わっていった」という。例えば、亨の父親役の小林薫さんが、亨の子供時代を演じた本郷颯くんと山に登る冒頭の場面では、こんなことがあった。「彼には、子供用の特注のアイゼンを履かせて完全防備で行かせたんだけど、なかなかうまく登れなくてね。見かねたガイドが、『坊や、普通に歩けばいいんだよ』といったんだ。そうしたら、すーっと解放されて、最後まで自分の力で歩いてきたよ。そのあとで小林さんがメークしながら、『さっきのガイドさんの言葉いいですね』というんだ。普通に歩けばいいというのは、人生に通じるしね。それで、『じゃあ小林さん、せりふを変えましょう』と、『一歩一歩負けないように、普通に歩けばいいんだ』というのに変えたんです。そのあとの、小林さんが子供に向かって『よく我慢したな』というせりふも、小林さんが俺に、『この組で一番大事なのは我慢ですね』といったことからとっているんだ」。

 苦労したシーンを聞くと、「3回狙ったが、みんなダメ」で、4度目にしてやっと撮れたという亨と悟郎が夕景をバックに“徒労”という言葉について話す場面を挙げつつ、「そういうカットは何カットかありますよ。大自然をどう撮るかといったらコツはない。待つしかない。それも我慢に通じるんだけど、待って撮るしかないんですよ」と、自然を相手にすることの厳しさを改めて口にした。

 ところで、蒼井さんのサービスカット同様、どうしてもその意図をたずねずにはいられない場面がある。それは、亨と愛が手を取り合ってくるくる回るラストシーン。木村監督にしてはベタ過ぎないか? すると木村監督は「フジテレビ(社長)の亀山(千広)さんも、『大ちゃんらしくない』といっていたよ。批判が出るといった人もいたな。だけど、47都道府県を回って、女性から文句をいわれたことは一度もないね。ある試写会では、若いカップルが、上映後にロビーでくるくる回っていたよ。そばに行って、『どうしたの?』と聞いたら、『この映画を見たら回りたくなった』と。撮ったのが俺だから、そういうシーンがあるのはおかしいと思うかもしれないけど、俺も若いときは、ああいうことをやっていたんだ。じゃなきゃやらないよ。俺は映画では、自分の体現したことしかやらないといっているんだから。でも、よしあしは別にして、そういうふうに印象に残るじゃないですか。俺は、映画というのは、そういうインパクトがいくつあるかが勝負だと思っているんだ」と力強く答えた。

 最後にメッセージを求めると、「47都道府県の試写会を回っていて一般の方が見たあとにいってくれたのは、優しい、温かい、爽やか、すがすがしい……なんかね、自分が恥ずかしくなるぐらいいい評価なんだ。一般の人って、素直な気持ちで映画をストレートに見ているよね。ややこしいことを考えていない。そういう感想は自分が狙ったことでもあるから、僕が自分の言葉でいうより、その一般の人の感想を使ってもらった方がいいね」と笑顔で締めくくった。映画は14日から全国で公開中。

 <プロフィル>

 1939年生まれ、東京都出身。58年、カメラ助手として東宝撮影部に入り、映画人としてのキャリアをスタートさせる。初の撮影監督作は、73年の「野獣狩り」(須川栄三監督)。以来、“映画”にこだわり続け、これまで手掛けた作品は、初監督作となる「劔岳 点の記」を含め、実に50本。代表作に「八甲田山」(77年・森谷司郎監督)、「復活の日」(80年・深作欣二監督)、降旗康男監督による「あ・うん」(89年)、「ホタル」(2001年)、「憑神」(07年)、阪本順治監督による「北のカナリアたち」(12年)など。

 (インタビュー・文・写真:りんたいこ)

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