海堂尊:新作小説「アクアマリンの神殿」 「バチスタ」の10年後描く 西野昌孝の敵編3

アツシがアクアマリンの神殿で深夜にひっそりと見守っているのが、昏々と眠る美女、オンディーヌだ (c)海堂尊・深海魚/角川書店
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アツシがアクアマリンの神殿で深夜にひっそりと見守っているのが、昏々と眠る美女、オンディーヌだ (c)海堂尊・深海魚/角川書店

 ドラマ化もされた「チーム・バチスタ」シリーズの10年後を描いた海堂尊さんの新作「アクアマリンの神殿」(角川書店、7月2日発売)は、「ナイチンゲールの沈黙」や「モルフェウスの領域」などに登場する少年・佐々木アツシが主人公となる先端医療エンターテインメント小説だ。世界初の「コールドスリープ<凍眠>」から目覚め、未来医学探究センターで暮らす少年・佐々木アツシは、深夜にある美しい女性を見守っていたが、彼女の目覚めが近づくにつれて重大な決断を迫られ、苦悩することになる……というストーリー。マンガ家の深海魚(ふかみ・さかな)さんのカラーイラスト付きで、全24回連載する。

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◇西野昌孝の敵編3 オンディーヌ

 三人目はぼくが棲んでいるこの塔、アクアマリンの神殿に眠るオンディーヌだ。

 結局はもの言わぬ女神が一番の強敵なのさ、それにしてもこんなチンケな坊やの周りに、どうして勇ましくてきれいな女性ばかりが寄ってくるのかなあ、ほんと、ねたましいよ、とはかつての西野さんの弁だ。でも本気で妬ましく思っていないことは、「妬ましい」という単語を、ひらがなにひらいた口調で言っていることからも丸わかりだ。

 オンディーヌは、ぼくの中での比重が大きすぎるので、他の「敵」と同列には語れない。だからここではこれ以上詳しくは説明しない。

 四人目。この人はオンディーヌと正反対の意味で座標が違いすぎるので、ぼくには説明できない。オンディーヌについては“説明しない”だけど、この人の場合は“説明できない”だ。

 でもそれは仕方がない。なぜならぼくはその人の名前すら知らないのだから。

 西野さんはIT関連会社の営業部員という肩書だけど、実態はトップレベルの研究員で、営業部員の名刺を持ちながら、その枠組みを超えて好き勝手に仕事をしている。人材豊富なIT業界も内実はドングリの背比べだと西野さんは一刀両断するけれど、ちょっとシャクに障る相手がいて、それがアルケミスト(錬金術師)という名のシンクタンクの主任部長なのだと言う。

 西野さんが「敵」の優秀さについて語る時、なぜか楽しげだ。ひょっとしたら西野さんは「敵」としか会話できない人なのかもしれない。すると本当は「敵」ではなく「好敵手」かもしれない。大福のアンコだけ取り出すみたいに「好敵手」という言葉から真ん中の「敵」だけつまみ出したようなものだ。ただし、西野さんは特別アンコ好き、というわけでもなさそうだけど。

 五人目は自分で言うのも気恥ずかしいけれど、ぼく自身だ。

 西野さんはある日ぽろりと、「坊やも僕の敵になれる資格をかろうじて持ち合わせているね」と言ったけど、それはぼくにとっては最高の褒め言葉だった。けれども単純には喜べないのは、西野さんの発言はいつも一筋縄ではいかず、ひねくれているからだ。

 でもその言葉を素直に取れば、ぼくも西野さんの「好敵手」に含めていいのだろう。これで西野さんの言う通り、西野さんの「敵」はちょうど片手ぴったり、五人ということになる。

<毎日正午掲載・明日へ続く>

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