石橋凌:「トワイライト ささらさや」で父親役 自身の父との思い出を重ねて感慨

1 / 6

 新垣結衣さんと大泉洋さんが初共演で夫婦役を演じた映画「トワイライト ささらさや」がヒットしている。加納朋子さんのベストセラー小説「ささら さや」を「60歳のラブレター」(2009年)や「神様のカルテ」(11年)で知られる深川栄洋監督が映画化。新垣さんが初めて母親役を演じたことでも話題で、売れない落語家の夫・ユウタロウ(大泉さん)を事故で突然亡くし、乳飲み子を抱えた妻・サヤ(新垣さん)が小さな町”ささら”に引っ越し、心配で成仏できずに他人に乗り移る夫やささらの町の住人に手助けされながら成長していく。今作で、原作にはほとんど描かれていなかった、亡くなったユウタロウと生前確執があり疎遠になっていた父を演じた石橋凌さんに、深川監督の独特の演出法や父と息子の関係について聞いた。

ウナギノボリ

 ◇危ない仕事をしている男の役が多かったが…

 今回の役のオファーがあったとき、石橋さんは戸惑ったという。「だいたい私のところに来る役柄は危ない仕事をしている男の役が多かったので。そのうち7割方は最後に殺される役。それがここ数年で逆に体制側に回りましてね。警察だとかそういう役が続いたんです」と笑顔で語る。ただ、「父親役というのはこれまでもいくつかやってきて、普通の家庭人というのをやってきている。ただ、今回のように、中盤までミステリアスで、最後に実はこうだったというのはあまりなかったんですね」という。

 今回の父親役を演じるにあたって、注意したのはやはり中盤までの何の仕事をして、何を考えているのか分からないミステリアスな男を演じる部分だった。「台本でも何をしているかというのは細かく書いてないですし、例えば外国のどこにいたのかも、アジアのどこか、中東のどこか……というぐらいだったんですよ。だんだん撮影が進むうちにインドのある町、そこでODAのような仕事をしている男だとそれがだんだん明確になってきましてね。なぜユウタロウが言う『家族を放り出して何をしていたのか』という部分は最後の謎解きまで見せないという監督の狙いだったと思うんです」と謎めいた男を演じ切った。

 ◇初タッグの深川監督に全幅の信頼を寄せる

 深川監督の作品に出演するのは今回初めてだったが、以前から注目していたという。「大森南朋さん主演のドラマ『親父がくれた秘密~下荒井5兄弟の帰郷~』(2012年9月12日、テレビ東京系)を見て、非常にいい作品で。とても丁寧な方なんですよ。最初の衣装合わせのときから、今回はこういうコンセプトで、こういった町が舞台で、こういったロケーションでと非常に丁寧に説明をしてくださって」と詳細な説明に耳を傾けた。

 「でもどういう思いのシーンなのかという説明は細かいんですが、どんな表現をするかは役者の自由にやらせてくださる。今回は要所、要所で涙を流すシーンが多かったものですから、このへんはどれくらいの分量の涙を出せばいいですか、そういう話はよくしました」と現場では深川監督に全幅の信頼を寄せた。

 ◇乳児の演技に感心

 赤ちゃんを抱いて走って逃げる場面もある。「あのシーンはかなり編集ではカットされていますけれど、相当走ったんですよ。最初はカメラにバレないように人形を抱いて走るのかなと思っていたら、『赤ちゃんを抱いて走ってください』と言われまして、本物の赤ん坊を抱いて相当な距離を走りました」と苦労を明かす。

 出演しているのはまだ言葉もしゃべれない乳児だが、撮影中に奇跡が起きた。「本番になると(演技を)やってのける子で、例えば僕の背広のポケットから電話を取り出すシーンで、実際の撮影のときには見ていないんですが、完成作を見てびっくりしたんですけど、本当にポケットに手をかけてるんですよね。スタッフは本当に驚いていました。一発でオーケーだったんですって」と感心する。

 ◇離れて暮らしていた父との思い出

 石橋さんが演じるユウタロウの父は仕事で妻の死に目にも会えないという設定だった。石橋さん自身の父との思い出は? 「実は実体験として似ているんですね。僕は福岡の出身なんですが、父は僕が幼い頃は同じ九州の別の県で仕事をしていてなかなか一緒に過ごすことができなかったんです。だから、ユウタロウが父を思うような憎しみとかはないんですけれど、ただ単純に近くにいないから寂しかったんです。僕が小学校3,4年生のころ、それまでやっていた商売を切り上げて会社員になって一緒に住み始めたんですよ。ところが12歳になったときに病気で死んじゃったんですね。ですから本当に一緒に暮らしたのは数年しかないので、その寂しさ、ユウタロウの気持ちは分かります」と共感を寄せる。

 ユウタロウが幼い頃に父と落語を見に行ったように、石橋さんには父や家族と一緒に映画を見に行った思い出があるという。「ユウタロウが小さいときに一緒に落語を見に行く場面、あれはまさに僕が父親と一緒に並んで映画を見たシーンなんですよね。だから非常に感慨深い。昭和30、40年代というのは各家庭にテレビがない時代で、家から歩いて10分くらいのところに映画館があったので、家族の唯一の娯楽が映画だったんですよ。当時は2本立て、3本立てが普通で、国内外の作品も同時上映していたり。子供心に覚えているのは市川雷蔵さんの『忍びの者』というのがありましてね。それが非常に印象に残っています」と思い出を語る。

 さらに「それが唯一、家族が一つになる楽しい時間でしたから、記憶に残っていますね。映画が最後タイトルバックが流れるんですよ。そうしたら僕はたぬき寝入りをするんです。で、おやじにおんぶされて、おやじの背中で今見たばかりの映画のことを家族で話すんですよね。それを背中で聞くのがまた楽しいので。幸せな時間でしたね」と今作に自身の思い出を重ね、感慨にふけっていた。

 ◇面白おかしく描く中に込められた重要なメッセージ

 ミニチュアのように可愛らしく描かれたささらの街並みやサヤを巡る温かい住人達……。作品の雰囲気も相まって、今作には重要なメッセージが込められている。「そこをぜひ感じてほしい」と石橋さんは力を込める。「完成作を見て、本当にいい作品だなと思えたんですよ。落語が一つのベースとしてって、面白おかしく描きながら、人との絆とか縁みたいなものがきちんと描かれている。声高にそれを言わずに、じわっと心にしみ込むような手法でね。これは監督、うまいなと思いました」と絶賛する。

 加えて、「今の時代、すごく殺伐としているというか、ぎすぎすしている。でもこの作品を見て、実は人というのはこういうつながり、絆とか縁というのが現象として目に見えなくても実際にあるんだよということを監督は伝えてらっしゃると思うんですね。映画を楽しんで見て、もしかしてこういうこと本当にあるのかなと思うと、僕は気持ちが豊かになるんじゃないかと思うんですよ」と見る人にメッセージを送った。

 ◇やっぱり好きなのは人間ドラマ

 石橋さんは今後について、「僕自身が好きなのはやっぱり人間ドラマなんですね。それはアクションだろうが社会派だろうがラブストーリーだろうがコメディーでもなんでもいいんです。ちゃんと人間にフォーカスを当てている作品がすごく好きなので、そういう役は僕の中では一番やってみたい役柄です。だから深川監督とはぜひまたご一緒したいですね」と力を込めた。

 映画「トワイライト ささらさや」は全国で公開中。

 <プロフィル>

 いしばし・りょう 1956年7月20日生まれ、福岡県出身。ロックバンド「A.R.B」のボーカルとして活躍する一方、82年に宇崎竜童監督の「さらば相棒」で映画デビュー。86年の松田優作監督・主演作「ア・ホーマンス」に出演し、キネマ旬報ベスト・テン、くまもと映画祭の最優秀新人賞を受賞。その後、「ヤクザVSマフィア」(94年)でヴィゴ・モーテンセンさんと共演。96年にはショーン・ペン監督、ジャック・ニコルソンさん主演の「クロッシング・ガード」でハリウッドに進出し、米国の俳優ユニオン「スクリーン・アクターズ。ギルド」の会員証を取得している。

写真を見る全 6 枚

ブック 最新記事