アメリカン・スナイパー:脚本ジェイソン・ホールに聞く(上) 「ブラッドリーは当初主演を迷っていた」

主人公のモデルになったクリス・カイルさん(左)と妻のタヤ・カイルさん Photo courtesy of Heather Hurt/Calluna Photography
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主人公のモデルになったクリス・カイルさん(左)と妻のタヤ・カイルさん Photo courtesy of Heather Hurt/Calluna Photography

 クリント・イーストウッド監督が製作も担当した映画「アメリカン・スナイパー」が、21日から全国公開中だ。イラク戦争の4度の実戦に参加し、米軍史上最多の160人を射殺した“伝説の狙撃手”、ネイビー・シールズ(米海軍特殊部隊)隊員のクリス・カイルさんに焦点を当てた作品で、カイルさんの役を「アメリカン・ハッスル」(2013年)や「世界にひとつのプレイブック」(12年)などで知られ、今回の映画化権を自らプロデューサーとして獲得した俳優のブラッドリー・クーパーさんが演じている。脚本を執筆し、製作総指揮も務めたジェイソン・ホールさんが電話インタビューに応じた。

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 ◇戦地に駆り立てられる男たちに興味がある

 ホールさんがカイルさんに興味を抱いた背景には、ホールさん自身の生い立ちが関係している。ホールさんの祖父は第二次世界大戦に、叔父はベトナム戦争で従軍。異父兄弟は湾岸戦争のデザート・ストーム作戦で戦っていた。「だから戦地へ駆り立てられる男たちにとても興味があるし、自分に置き変えて考えてみたりもする」のだという。

 脚本を執筆するに当たっては、カイルさん本人から話を聞いた。ホールさんの目にカイルさんは、決して「目立ちたがり屋」には映らなかったといい、その人物像を、「多くを語らず、驚くほどシャイで謙虚な男」と評する。味方からは英雄視され、伝説の狙撃手と注目を浴びることについても「かなり違和感を抱いていたようだ」と語る。

 ◇軍人になることは白地小切手を振り出すようなもの

 カイルさんの回顧録「ネイビー・シールズ 伝説の狙撃手」(原書房)が出版されることをホールさんはカイルさんの取材中に知った。「クリスが本を出したのも、ほかの人が書くことになりそうだったからだ。クリスは、自分が語らなければ敬意を払うべき人にも払えなくなると思い、自ら語る決意に至ったんだ」とカイルさんの思いを代弁する。ホールさんによると、本から得た収益は銃弾に倒れた兵士たちに寄付されたという。

 ホールさんは、カイルさんを取材中、カイルさんが発したある言葉が胸に刻まれたという。それは、「軍人になるということは (金額の記載のない)白地小切手を国に振り出すようなものだ」というもの。「クリスによると、金額は自分の生命だそうだ。彼は実際にそうしたわけで、戦地に赴き、自分が大事にしていた価値を守ろうとしたんだ」とカイルさんの心境を慮った。

 ホールさんは、カイルさんの妻タヤさんからも話を聞いている。「クリスがようやく元の夫に戻ったのは、亡くなる2カ月前だったそうだ。映画の最後に、ジーンズを履いて、カウボーイごっこをしている場面があるけれど、タヤはあの日、『ようやく元のクリスが戻って来た』と思ったようだ。戦地から帰って来て3年も経つ頃だ。夫や父として持つべき人間性を取り戻すのに、彼は相当あがいたわけだ。それはそれで一つのヒーロー物語だと思う」と語る。そのエピソードからは、カイルさんの、戦争によって負った心の傷の深さがうかがえる。

 ◇企画を実現させたブラッドリー・クーパー

 ところで、今作は当初、スティーブン・スピルバーグさんが監督を務めることで製作が進められていた。しかし、スピルバーグさんが降板。その知らせを聞いたときは「本当にがっかり」し、「その後、2カ月間は落ち込んでいた」と明かすホールさん。しかしそこへ、プロデューサーのクーパーさんから電話がかかってきた。「彼(クーパーさん)が、『信じられない人がオーケーしてくれた』と言うんだ。『誰だ、教えてくれ』とせっついたら、『クリント・イーストウッドだ』と言うじゃないか! ブラッドリーはクリントと旧知の仲だったんだ。僕たちは当初から、この作品を一種の西部劇と捉えていたから、これほど完璧な人物はいないと思ったよ」と当時のやり取りを振り返る。

 そして、再び動き出した企画でクーパーさん自らがカイルさんを演じることになるのだが、ホールさんによるとクーパーさんは当初、「自分にこの役が務まるだろうかと迷い、ほかの俳優を想像したこともあった」という。しかし、「彼は見事にクリスに変身してくれた。クリスの信頼も勝ち得てくれた。製作中止になりかけてもクリスに電話をし、『必ず誠意を持って取り組む。あなたの指導を仰ぎたい』と決意を伝えたそうだ。ブラッドリーはその約束を見事に果たした。会ったこともないクリスの本質をきちんと捉えた芝居を見せてくれたんだ」とクーパーさんへの賛辞を惜しまない。

 ◇会わずに演じ切ったクーパー

 実はクーパーさんは、カイルさんに会ってはいない。カイルさんは、ホールさんが脚本を書き上げた直後の13年2月2日、負傷した帰還兵らを支援する活動中、皮肉にも手を差し伸べた元兵士に射殺されたのだ。享年38。ホールさんは脚本に改訂を加え、クーパーさんは、妻タヤさんが撮影した数100時間にもおよぶホームビデオを見て役作りしたという。

 そのクーパーさんの演技を見て、タヤさんは「一体どうしたらあんなことができるのか。ブラッドリーはクリスをよみがえらせてくれた」と驚いていたという。ホールさんは、「前年に夫を亡くしたばかりの妻が言ってくれるのだからこの上ない褒め言葉だ。彼の友人たちも『呼吸から肩の傾きからあごの感じまでクリスそっくりだ』と驚嘆していたよ」とクーパーさんの努力と表現力を称えた。

 ◇殺した数より救った命の数を意識してほしい

 日本ではその存在を知られていないカイルさんだが、この映画を通じて日本の観客に何を感じてほしいかと聞くと、ホールさんは「クリスを代弁して僕が語るようなことでもないのだろうけど」と前置きした上で、「彼は米軍史上最も危険なスナイパー(狙撃手)として知られているが、何人殺したかよりも救った数々の命を意識してほしいと望んでいた。それは何度も言っていた。彼は、ギリシア神話の英雄たちに引けを取らないほど勇敢な男だと思う。アキレスのように戦地で戦いつつ、人間性を失うまいともがいたんだ」とカイルさんの気持ちを説明。

 そして、今作には少なからず神話性があることに言及し、「神話性のある物語というのは、われわれ観客に、より強く訴えかけてくるものだと思う。神話は偉大な物語を語る一つのメソッド(手法)だし、今回の脚本を書く際に少なからず意識したことでもある。皆さんの心に響くものになっているといいけれど」と語った。映画は21日から全国公開中。

 <プロフィル>

 1972年、米カリフォルニア州生まれ。南カリフォルニア大学に進学して演劇を学び、俳優としてキャリアをスタートさせる。米テレビシリーズ「バフィー~恋する十字架~」(97~99年)や「CSI:マイアミ」(05年)などに出演。やがて脚本を書き始め、「愛とセックスとセレブリティ」(09年)で脚本家デビュー。「パワー・ゲーム」(13年)での共同脚本を経て、今作を執筆。

 (文・りんたいこ)

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