カンヌをはじめとする海外の映画祭で、その作品が高く評価されている黒沢清監督の最新作「岸辺の旅」が全国で公開中だ。今年のカンヌ国際映画祭・ある視点部門で日本人初の監督賞を受賞した話題作。「怪談映画」や「ホラー映画」のイメージが強い黒沢監督だが、今作は夫婦の究極のラブストーリーに仕上がっている。黒沢監督に、カンヌ受賞の感想や作品について、さらに主演の深津絵里さん、浅野忠信さんの演技について、たっぷりと聞いた。
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映画「岸辺の旅」は、湯本香樹実(ゆもと・かずみ)さんの小説が原作。浅野さん演じる“死んだ”夫・優介と、深津さん演じる妻・瑞希が、優介が生前世話になった人々を訪ね歩く、2人の“旅”を描いている。
――まず、カンヌ国際映画祭での監督賞受賞の感想をお聞かせください。
カンヌ映画祭に呼ばれるだけでも大変な名誉ですから、結果として受賞できたのは本当にうれしかったということに尽きるのですが、結構、心臓に悪いといえば悪い(笑い)。カンヌ映画祭というところは呼ばれるだけならいいんですが、へたに受賞しようものなら、それまで褒めていた人たちから結構厳しい批判が来たりするという非常に残酷な映画祭なんです。今回も、受賞したらジャーナリストの方たちがものすごく反発したらどうしようと結構緊張した授賞式でした。ただ、幸い何も起こらず皆さん祝福してくれたので、ほっとしたというのが正直な感想ですね。
――黒沢監督にしては珍しい夫婦のラブストーリーですね。
もっと恐ろしい事件が起こったりして、それに直面するのが夫婦で、という作品はこれまで何度かありましたけど、そういう大それた事件が起こるわけではない、本当に2人の関係だけに焦点を絞った作品というのは初めてだと思います。
――初めて挑まれたのは、原作に生と死のつながりが描かれていたからですか。
そうですね。ホラーですと、怖くしなければいけないという制約があったのですが、今回はそうする必要がまったくない中で、生きている普通の俳優に死者を演じてもらうことによって、どこまで生と死の関係を深く追求できるかと。もちろん原作の力があったからですが、とてもやりがいのある仕事でした。
――優介が村人たちに宇宙について語り掛ける場面が印象的でした。
個人的に割と宇宙の話とか、物理学とかは嫌いではないのです。最先端の科学や物理学のようなものは、結構、「生と死」みたいなものに踏み込んでいるので、それがこの映画のテーマでもあり、いろんな方向から踏み込ませていただきました。ですから優介のあの講義は、僕の趣味も入っているんですが、興味のない方には何を言っているかさっぱり分からないと思うんですが(笑い)、自分ではとても満足しています。
――先ほど、「怖がらせる必要はなかった」とおっしゃいましたが、原作にはない描写として、死者が暮らしていた家が一瞬にして廃虚と化したり、この世に未練を残す死者が現れたりと、黒沢監督らしさが出ていたように感じました。
出ちゃいましたかねえ。悪いくせですねえ。すきあらば怖がらせてやろうと思うんでしょうか(笑い)。狙っていたわけではないんですが、瑞希は生きている人間ですから、いくら(死んだ)優介がいるとはいえ、死はやっぱり、ときに恐ろしいもの。ときに衝撃的であったり不可解であったりするものでもあると。そのようなものをまったくなく死を描くことも、また偏っているなと思うのです。その人が本当は生きていなかったんだという事実を目の当たりすると、その瞬間、生きている瑞希は衝撃を受けるだろうと思いまして、そういう描写にしたんですが、ちょっとやり過ぎたかな……(笑い)。
――“死んだ”優介と生きている瑞希の距離感が絶妙でした。今回初めてシネマスコープサイズ(シネスコ。縦横比1:2.35)で撮影したのも、そういった効果を狙ったからですか。
そのようにおっしゃってくれればうまくいったのかなと思うんですけど、シネマスコープサイズは深く考えて選んだわけではありません。人間が1人だとスタンダードサイズ(同1:1.33)もいいのですが、2人だと、ビスタ(同1:1.85)が映画のサイズとして一番いいとかねがね思っていました。でも、いつの間にかビスタサイズがテレビのサイズになってしまったんですね。それで今、テレビでやらないサイズって何だろうと考えたら、スタンダードかシネスコしか選択肢はない。スタンダードは昔やったことがあり、それに戻ろうとは思わなかったので、どうなるか分からないけど勉強だということで、無理やりシネスコに突入していきました。ですから、ワンカット、ワンカット悩みながら、2人の距離感がこうなるのか、ビスタとだいぶ違うなと試行錯誤しながら進めていきました。
――深津さんと浅野さんの魅力はどのようなところですか。
最初から予想はしていたものの、このお二人、このぐらいの年齢の俳優、女優の中ではトップクラスでしょうね。本当にうまいんですよ。でも面白いのは、お二人の演技をする方向性は、たぶん180度違っていて、浅野さんは、基本的に浅野さんのままなんですね。まったく自然で、浅野さんの普段しゃべっている感じと何ら変わりない。だからほとんどアドリブで言っているようにしか思えないんですけど、脚本通りなんですよ。完璧に演じていらっしゃる。まったく特殊な方です。
深津さんは真逆で、おそらく相当考え、完璧に瑞希という人を理解して演じていらっしゃるんですね。例えばあるシーンで「怒ってください」とお願いすると、(深津さんは)怒って(せりふを)言うんですけど、「そこまで怒らなくても。半分くらいでいいんですけど」と言うと、次は本当に半分になっている。完全にコントロールしているんです。舌を巻きます。舞台とかの経験が非常にうまく生かされていらっしゃるのかなあと思いました。
――瑞希と、蒼井優さん演じる優介の不倫相手、朋子が対峙(たいじ)するシーンでは緊張感がビシバシ伝わってきました。
僕にしては珍しく、(宇治田隆史さんと)脚本を書いているときから、朋子役は蒼井さんにやっていただけたらとほとんど当て書きに近く、なんとしても蒼井さんに出ていただきたいということでお願いしたんですけど、撮影はいとも簡単でしたね。お二人がやっていることは座ってしゃべっているだけなんですけど、「これは格闘技ですから、ここでまず2人がリングに上がって、ここでゴングが鳴って、まず朋子のほうからジャブが来て、それを瑞希がかわして、このへんで瑞希も善戦するんですが、最後は朋子が圧勝しますから。ここは瑞希、KOされます、このようなバトルで」みたいなことを言いましたら、蒼井さんも深津さんも「分かりました」と。撮影そのものは2時間くらいで終わっちゃいましたね。撮影中は2人とも小さな声でしゃべっているので、僕もよく分からなかったんですけど、ラッシュを見て、これはやっぱりすごいわと。いやあ、思惑通りでしたね。
――改めて、この作品は黒沢監督にとってどのような作品になりましたか。
割と本気で「永遠」というものがちゃんと存在するかもしれないというのを表現してみたかったのですが、それはある程度できたのではないかと思っております。
――最後に、黒沢監督が初めてはまったポップカルチャーは? 以前、同じ質問をしたとき、本多猪四郎監督の「マタンゴ」(1963年)という映画を見てトラウマになったとおっしゃっていましたが……。
30歳に近かった頃ですが、テレビゲームに完璧にはまりました。どれも好きでしたが、「ドラゴンクエスト2」ですね。映画でもテレビでも、見ていて泣くなんていうことはほぼないのですが、「ドラゴンクエスト2」が終わった瞬間、号泣しました。今でも覚えています。2頭身ぐらいのキャラクターがずっと恐ろしい旅を続け、何度も死んでよみがえるんですけど、過酷ったらありゃしない。非常に難しい謎もあって、それで、最後に敵を倒すんですよ。それまでこっちは、彼の横顔と後ろ姿ばかりを見ながら彼になり切って何日もやり続けて、最後についにお城に帰って祝福が終わって、彼が1人になって、ジ・エンドというのが出る直前にくるっとこっちを向いて、そのとき初めて彼の顔を見るんです。その瞬間、号泣ですね(笑い)。ほんと、うまくできていました。すいません。まだまだ話せます……「ドラゴンクエスト2」についてなら。
<プロフィル>
1955年生まれ、兵庫県出身。立教大学在学中より8ミリ映画を撮り始める。80年度ぴあフィルム・フェスティバル入賞。92年、オリジナル脚本の「カリスマ」が米サンダンス・インスティテュート・スカラシップを受賞し渡米。その後、数々の作品を送り出し、97年には「CURE(キュア)」を発表、ロッテルダム国際映画祭で注目を集める。「回路」(2001年)、「アカルイミライ」「ドッペルゲンガー」(03年)「LOFTロフト」(05年)、「叫」(06年)などを発表。08年の「トウキョウソナタ」は、仏カンヌ国際映画祭“ある視点”部門・審査員賞を受賞した。ほかに、テレビドラマ「贖罪」(12年)、映画「リアル~完全なる首長竜の日~」(13年)、「Seventh Code」(14年)がある。西島秀俊さん、竹内結子さん共演の「クリーピー」が16年夏公開予定。
(インタビュー・文・撮影/りんたいこ)
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